手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

言葉

芥川龍之介の陰謀

もっとも典型的な陰謀論の語り口に「○○は死んでゐる/生きてゐる」というのがある。キム・ジョンウンは死んでゐるとか、マイケル・ジャクソンは生きてゐるとかいうもの。生を否認することで死を捏造し、逆に死を否認することで生を捏造する。否認することに…

なり

昨日のレッスンは生徒さんがわたし含めて5人しかゐなかった。はじまった時なんかふたりだった。そういうときもある。わたしはこの二年、週二回のレッスンを一度も休んだことがない。ヌータン先生が休みで他の方が代行するとき欠席者があからさまに増えるの…

「代替え」の勢力拡大について

みずほ銀行からのはがきに「代替え方法」と書いてあった。代替(だいたい)を代替え(だいがえ)と読む/書くことがあるのは知ってゐたが、銀行からの案内というきちんとした場面で出くわしたので驚いた。代替(だいたい)は代替え(だいがえ)に駆逐されつ…

前提ぬきで、いきなりアンティテーゼの中にのめりこんで行く。

さきほど「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」の読書ノートを書いた。日本は外国から取り入れた概念を十分に咀嚼し、その上で新しい概念を生み出す努力を怠ったと書いてあった。その箇所を筆写しながら、福田恆存の「私の國語教室」を思い出してゐた。 「私…

王と姫と関西のおばちゃん

王 ダンスクラスにラジャさんというひとがゐる。ラジャさんは日本が好きで日本語が上手で、ときどきメールの遣り取りをする仲だ。ヌータン先生はラジャさんを呼ぶとき「ヘイ、ラジャ」と言う。名前がラジャさんだから当たり前だ。 それは分かるのだが、ラジ…

中毒性

再生回数を稼いだり、沼らせたり、推し活動へ誘ったりするために、コンテンツ制作者は消費者を中毒にさせるべく様々な工夫を凝らしてゐる。受け取るほうも「すごい中毒性だ~」とこれを誉め言葉として使ってゐる。 私も優れたコンテンツに触れてしばしば中毒…

「本居宣長」吉川幸次郎

「本居宣長」吉川幸次郎 筑摩書房 1977 また雨が降り始めた。ちかごろ週末雨が多い。洗濯物が部屋干しになるので困る。犬の散歩ができないのもつらい。午後から錦糸町オリナスとかいう複合商業施設で映画を見る。それから靴と帽子を買う予定。だから朝の…

Dha dha Kida tak

いまチャッカル(回転、ターン、ピルエット)の熟達に照準した15の連続したトゥクラ(一定の様式を有する基本的なリズム単位)を習ってゐる。Tat Tat Thai Thai Tigdha Tigtig Thai みたいな音の連なり(bol: ボール)をまづ発音して覚え、次にそれに対応…

本ブログの表記法について

ぼくは「現代仮名遣い」と「常用漢字」に基づく表記法にはしたがってゐません。なぜなら敗戦直後におこなわれた国語改革は誤りであり、これを批判的に問い直す必要があると考えるからです。この考えは次のような認識にもとづきます。 日本は敗戦処理に失敗し…

手作り漢字表(日曜大工🛠️)

ちょっと検索すれば、何万もの漢字を表示できるソフトウェアや、異体字を網羅的に集めたウェブサイトを見つけることができる。国境を越えた文字コードの統一規格である Unicode は世界中の文字を吸収すべく拡張を続けてゐる。 この文章を書いてゐるパソコン…

芥川龍之介全集ノート

芥川龍之介全集 昭和2年 岩波書店 春に読み始める。 昔かなりの安値で見つけて購入して積読になってゐたのをわけもなくちょっと読んでみるかと思ったらしい。人間暇だと妙なことを考える。 全集は全七巻と別巻一冊。小説作品を収めた一巻から四巻まで頭から…

「戸締まり」と「戸締り」ー送り仮名はなぜ伸び縮みするかー

送り仮名いろいろ 送り仮名は価値中立的・非政治的 【漢字(意味)+仮名(読みを示唆)】=語 「示唆」ということ 手書きとワープロ書き 村上春樹の送り仮名 自然な感覚 送り仮名いろいろ 新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」が大ヒット公開中である。…

日本語表記と歴史意識

はじめに 背景 国語改革 歴史、アイデンティティ、言語表記 正統ということ 漢字 漢字全廃のための字数制限 表内/表外という構図 仮名遣い 仮名で語を書く 変わりゆく音、変わらない文字 つづりと時間 「日出づる国」か「日出ずる国」か まとめ 言葉や文字…

運と仕合せ

芥川龍之介全集を読んでゐる。 芥川は「幸せ」を「仕合せ」と書く。いまでは見られない表記だ。用法もまた現在とは異なる。ぼくたちがふつう「幸せ」といったら、良いこと、幸福、ハピネス、つまり誰もがそうなりたいと思うような肯定的な価値を認められた状…

自分があるから

近所で美容室を経営してゐるマダムが犬を飼ってゐる。マダム、と書いたのはその年長の女性を表すふさわしい和語がみあたらないからだ。高齢に見えるけれど老け込んでゐない。お洒落で華やかだ。おばさん、という感じではない。老婆、なんてとてもとても。 犬…

どうでもよしの春は来にけり

立春を迎えていよいよ春の兆しを感じる。風はまだ冷たいけれど、昼過ぎの日差しに春の匂いがする。花粉も飛び始めてゐる。目がかゆくなってきたら、あ、春だな、と思う。あ、春だな、と思ったら、大田垣蓮月の歌を思い出す。 死ぬもよし死なぬもよろし又ひと…

ありえない

「ありえない」という言葉を「認めない」とか「許さない」という意味で使う用法がこの5年ほどで急速に一般化したような気がする。完全にぼくの印象であり、てんで的外れなことを言ってゐるかもしれないけれど、少なくともぼくはそう感じる。代表的な例を二…

はったり怖い

「犬の科学」という本を読んでゐたら、犬のコミュニケーション、すなわち信号の交換について論じたくだりで、こんな記述にぶつかった。 信号が情報を送る手段として成立しているのは、送り手にも、受け手にも、その情報交換が何らかの役に立つからである。し…

「漢字伝来」大島正二

「漢字伝来」大島正二 2006 岩波新書 すべての人間集団は言語をもつが、そのうち文字を発明するのはわづかである。文字を発明した集団は「進んだ文明」を形成する。ここに権力構造が生まれる。文字をもつ「進んだ文明」がそうでない集団を征服する場合が…

「盲獣・陰獣」江戸川乱歩

「盲獣・陰獣」江戸川乱歩 河出文庫 2018 「めくら」「気違い」「女の腐ったような(ひどいな)」など、今だと炎上間違いなしの表現が盛りだくさんだ。ぼくは古い言葉が好きなので、ああ面白いなあと思って読んだけれど。 乱歩の「下品な品の良さ」みた…

中島敦の「李陵」

猛獣 中島敦の「李陵」を読み直した。なんど読んでも凄い作品だ。悲劇の武将李陵を中心に、武帝、司馬遷、蘇武の性情と運命を描く。 同じく中島敦の「山月記」に、 「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。」 という言葉があ…

Vaishnava Jana To

先日「ガンディー 平和を紡ぐ人」という本を読んだ。それによれば、ガンディーは塩の行進の際に「Vaishnava Jana To」という歌を歌いながら歩いたという。どんな歌だろうと思って調べてみると、実に美しい歌だった。 Wikipediaの「Vaishnava Jana To」の概要…

年齢を重ねると。

先日、ある人と電話をしてゐて「年齢を重ねると、いろんなことを断言できなくなってくるよね」という話になった。「断言」ではなく「判断」だったかもしれない。とにかく、なんであれ、物事や自分や他人について、これはこうだ、こういう意味だ、こういう人…

書きたいけど書けない。

書きたいけど書けないというのはいったいなんなんだろうか。いま、仮名遣いについての文章を書いてゐるのだけれど、机に向かうのが苦痛でしかたがない。頭のなかには書きたいものがフンダンにあるのだけれど、それをきれいに順番に出していくことができない…

夢の間に

夏目漱石の「道草」は主人公の、 「世の中に片付くなんてものは殆どありやしない。一遍起つた事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから人にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 という印象的なセリフで終わる。 「道草」の前に書かれた「ガラス戸の…

小林は自分でも知らぬ間に正直に答へてゐた。

夏目漱石の「明暗」に続いて、水村美苗の「続 明暗」を読みなおしてみた。初見時には見事な文体の模写、伏線の回収、痛快に面白い展開といった数々の長所に感嘆とするばかりで「これは最高だ!」と思ったものだったけれど、再読してみると自分の中の評価が正…

夏目漱石の「明暗」

夏目漱石「明暗」の何度目かの通読を終えたので、いまの気持ちを書いておきたい。最高にいい気分だ。たぶん、四度目か五度目かになるのだけど、今回が一番よかったかもしれない。「自然/天」が「人間/私」を動かしていく、その様を堪能した。 ぼくはこの小…

「日本語のために」池澤夏樹 編

「日本語のために」池澤夏樹 編 河出書房新社 2017 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集の第30巻 最近、じっくり通読する本と、テキトーに通読する本と、必要な箇所だけ読む本とをはっきり分けるようになった。これまで「通読せねばならぬ」という思い込み…

「私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬をしりぞけたいと思ふのです。」

夏目漱石「こころ」、第十四章。 「私」は「先生」に対して、近づきがたいような、しかしどうしても近づかなければならないと迫られるような、不思議な引力を感じてゐる。若い「私」には、教壇に立つでもなく、著述をなすでもなく、ただしづかに一人を守る「…

「細君から嬲られる時の軽い感じ」

漱石の「明暗」を読んでゐる。どこを読んでも見事な文章でひたすら感嘆してゐる。 第十二章、津田は手術のために会社を数日休む旨を伝えに上司の吉川の家へ行く。しかし吉川は不在である。津田は細君に言伝をたのむ。 細君は快く引き受けた。あたかも自分が…