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「マッドマックス:フュリオサ」

「マッドマックス:フュリオサ」2024 オーストラリア 監督:ジョージ・ミラー

出演: アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワースほか

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マッドマックス 怒りのデス・ロード」の前日譚。映画好きなのに節約のためにほとんど劇場に行かない私もこればかりはと公開翌日に観に行った。最高だった。

2015年の「怒りのデス・ロード」で確立した美術とアクションの様式を土台にフュリオサの物語を描いてゐる。「怒りのデス・ロード」は行って帰るだけの単純な構成で、説明も台詞も限界まで抑制されてゐた。そうした省略のために、砂漠の風景、巨大な改造車、行動する人間が、高度な抽象性と観念性を獲得した。

まさに神話という感じで、圧倒的なデザインとアクションがほとんど物理的な力で襲い掛かってくる映画だった。メル・ギブソン主演の過去三作から三十年も間が空いてゐるから、映像もアクションも別の水準に達してをり(もちろん過去作も面白い)、世界観の面でも、共通してゐるといえばいえるけれど、直接的な連続性は感じられなかった。

「フュリオサ」は「怒りのデス・ロード」の文字通りの前日譚であり、「怒りのデス・ロード」で省略されてゐた歴史や設定を説明する映画だといえる。説明的である。だから「怒りのデス・ロード」のような抽象性はなく、ビジュアル・ショックはない。それは「怒りのデス・ロード」が前提なのだから当然のことで、図式的にいえば抽象から具象への移行ということになる。

「フュリオサ」の冒頭で私はさっそく驚いた。地球を遠景から映し、カメラが寄って大気圏に突入し、オーストラリア大陸の中央の砂漠、そしてオアシスに照準し、どんどん寄って少女時代のフュリオサが映し出される。つまりオーストラリア大陸が舞台であるとが明示される。え、そういうことなの!?ってなった。

「怒りのデス・ロード」はそういう具体的な現実世界とのつながりが省かれてゐたからあの抽象性が達成され、だからこそのビジュアル・ショックだった。「フュリオサ」は違って、歴史に詳しい老人が聖書の一節を引用したり、覚えてないけどなんとか戦争となんとか戦争があってと我々の知ってる戦争の名前が出てきたりして、この世界との接続がなされてゐる。

その結果どういう感じをもったかというと、「フュリオサ」によって、まったく異質なものとして別次元に存在してゐた「怒りのデス・ロード」がメル・ギブソン版の旧三作とつながった。マッド・マックス・サーガの中にすべての作品が包括された気がしたんです。だから旧三部作を、もちろん「怒りのデス・ロード」も、もう一度観たくなった。

これはシリーズものの醍醐味で、新作が出ることで過去作の評価、位置付け、面白さが向上することがある。それに失敗する例がたくさんあるわけだけれども、「フュリオサ」は大成功だと思う。あくまで私の感覚にすぎないのだが、「フュリオサ」が具象に行ったことによって「怒りのデス・ロード」の抽象性がさらに際立ち、おまけにメル・ギブソン版との連絡がつくとしたら、これは凄いぢゃないですか。

フュリオサ役のアニャ・テイラー=ジョイは素晴らしかったですね。最高ですよ。シャリーズ・セロンも最高だったけど、アニャさんも最高でした。少女時代の子もよかったし、母親もかっこよかった。

中盤にフュリオサと警護隊長ジャックとの師弟関係が描かれ、そこにちょっとロマンスの香りがするでしょ。お、ロマンスあるぢゃんてここも驚いた。あの長い長いカーアクションは物凄い迫力で、仲間が一人また一人と倒れるなかで、フュリオサとジャックが協力して敵襲を退ける。あそこの黙劇が実にセクシーだった。

戦いながら、フュリオサの正体に気づき、彼女の能力と執念を知り、そして信頼する。その瞬間には惚れちゃってて、この子のために死んでいいと腹を決める。あ、この男、フュリオサのために死ぬなっていうのが見えちゃうんですよ。それがぜんぶ物凄いアクションのなかで、一切のセリフなく完全な黙劇で語られる。

ここはエクスタシーですわ。個人的には本作のベスト。おっちゃん、もう愛しちゃってるぢゃん!っていう。そしてかくいう私もおっちゃんですから、すっかり感情移入しちゃって、オレもフュリオサのために死ぬ!ってなるんだな。この種のエモさって過去作にありましたかね。ないのでは。

だってどの陣営についてどんな立場にあってもあの荒廃した世界では生きてゐていいことなんかないわけです。そんなら誰かのために死んだほうがよい。ウォー・ボーイズはイモータンのインチキ宗教のために死ぬ。ジャックは愛する女のために死ぬ。よかったね、あんたがいちばん幸せだよ。

ジャックは警護隊長にまでなってゐたわけだからイモータン勢力の内部でちゃんと出世してゐた、有能な人物。けれど彼らの信仰体系や権力システムに同意してゐたわけではない。他に行く場所がなかっただけ。そういう男の内面をジャック役のトム・バークさんはたたずまいで見事に表現してゐた。

それからディメンタス役のクリス・ヘムズワースもよかったですよ。人柄が良すぎるせいかマッド・マックスの悪役としては全然怖くないわけですけど、それはそれでいい。クリヘムさんかわいい。あれだけペラペラしゃべる軽い役柄は過去作にはなかった気がする。あれでは支配者になれそうもないですよね。「怒りのデス・ロード」とまったく違った雰囲気の映画になってゐる要因のひとつと思う。

いやあ、よかった。いますぐもう一度観たい!