するってぇとナニかい

ー半島情勢を中心にー

第三回南北首脳会談

 今年に入ってから信じられない速度で半島が動いてゐる。明らかにいい方向に進んでゐる。即ち半島の非核化と冷戦構造の解体である。

 この動きを作ったのは間違ひなく(これを認めるのが嫌な人が多いやうだが)キム・ジョンウンムン・ジェイン、即ち南北朝鮮の両指導者だ。半島は1910年から1945年まで日本の植民地だった。日本の敗戦後は統一国家を作ることができず冷戦構造に飲み込まれ、朝鮮戦争を経て分断状態が続いてきた。大国に翻弄されたきた近現代史だった。

 そして、今、「半島のことは半島が決めるのだ」といふ朝鮮人の民族エネルギーが南北分断を打ち砕き、東アジアの新秩序を形成しようとしてゐる(それを認められない日本は必死で邪魔をしてゐる)。

 まづ、普通に考へて米国が北朝鮮との対話に動き出したのは北朝鮮核兵器大陸間弾道ミサイルを完成させたからである。北朝鮮は冷戦後に中国とロシアの後ろ盾を失ひ孤立無援で米国と、そしてその軍事的従属国である韓国・日本と対峙することになった。韓国と日本には米軍が駐留し、両国は核の傘に入ってゐる。朝鮮戦争は停戦状態であり、終はったわけではない。だから北朝鮮は自衛のために核・ミサイル開発を行った。

 結果として、米朝対話の実現にまでこぎつけた。瀬戸際外交の勝利と言っていい。

 そして、北朝鮮の平和攻勢を後押しし、おそらくキム・ジョンウンに「今ならいける」と思はせたのがムン・ジェイン太陽政策だ。大統領就任後、彼がいかに高潔で倫理的なメッセージを国際社会に発し続けてきたかは前回の投稿に書いた。冷戦構造の解体と南北統一といふ大事業は容易ではないが「この人なら」といふ希望を抱かせる強い力が、この人にはある。

 パク・クネ前大統領をろうそくデモで倒しムン・ジェインといふ名君を生んだ韓国市民社会に対して、ぼくは深い敬意を抱くものである。

 日本人は今極度のアイデンティティ・クライシに苦しんでをり、何もかも無茶苦茶である。今日本がどんな社会を作ってをり、どういふ問題があり、その問題は何故おこったのか、どう解決するのか、そしてどんな社会を作りたいのか、現実認識も壊れてゐるし、ビジョンもない。これでは安倍政権が長期化するのも当然だらう。

 日本は沈んでいくだらう。処方箋はない。ただ、沈んでいくしかない現在の日本で自分がどれだけしっかりとしてゐられるかだ。

 ぼくは日本は「朝鮮半島の平和のために尽力することを通じて南北両国との信頼関係を築き、韓国と協働で米国からの独立を目指す」べきだと思ってゐる。それを新しい国民統合の物語として紡いでいくべきだ。

 日本人がアイデンティティ・クライシスを克服するためにはそれしかないと思ふ。必要なのは「勇気」だが、日本社会は「勇気」を人間が目指すべき美徳として認めてゐない。ただ「適応」することだけを美徳とする国になってゐる。何が正しいのか、どうあるべきなのかはどうでもいいといふわけだ。これではどうにもならん。

 以下、4月の半島情勢をまとめておく。

 

1日:韓米野外機動訓練「フォールイーグル」始まる。予定されてゐる南北会談と米朝会談を控へ規模を縮小して実施。

 

3日:中国外務省の耿爽副報道局長、河野太郎外相の「北朝鮮が新たな核実験に向けた準備と受け取れる動きをしてゐる」との発言について、朝鮮半島情勢の緊張緩和に向け各国が努力してゐる中で「足を引っ張ることのないやうに望む」と述べる。

 これには前段があり、河野外相は3月31日の講演で「北朝鮮の核関連施設の周辺での動きがいまだに続いてゐるのは、かなりはっきりしてゐる」「核実験の実験場でトンネルから土を運び出し、次の核実験の用意を一生懸命やってゐるのも見える」と言った。

 これに対して米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮研究グループ「38ノース」は2日、HP上で「北朝鮮が次の核実験を準備してゐるとの日本外相の発言は衛星画像とは異なる」「3月23日の画像は過去数カ月と比較して実験場での活動が著しく減少してゐる」と反論してゐる。

 

同日:平壌の柳京鄭周永体育館で韓国芸術団と北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団の合同公演が開催。1万2000人の観客を魅了。

 

7日:ロシアのラブロフ外相と北朝鮮の李容浩外相がモスクワで会談。ラブロフ外相の訪朝で合意。

 

10日:河野外相が韓国ムン大統領と電話会談。南北首脳会談での拉致問題提起を要請。 ムン大統領「拉致問題を含め、日朝の懸案解決、関係改善のため、韓日が引き続き協力していこう」「朝鮮半島の非核化、平和定着といふ目標達成のため、日本は建設的な役割を果たしてほしい」と述べる。

 

14日:朝鮮中央通信、安倍政権を批判。

http://www.naenara.com.kp/ja/news/?19+4852

専守防衛」を唱えながらも、中国などの「脅威」を口実にその内容を大きく変質させてきたのがまさに、安倍一味である。

安倍一味は、歴代内閣が堅持してきた現行憲法に対する解釈を変更して「集団的自衛権」行使を容認した。

最近は、「敵基地攻撃能力」へつながる長距離巡航ミサイルの導入計画に関する費用を2018年度予算案に含め、空母保有のための検討作業にも着手した。

こんにち、米国を後ろ盾にして日々本格化している日本の海外膨張策動は地域諸国をはじめとする国際社会の慎重な懸念をそそっている。

ロシアのあるインターネット・ホームページは、日本は中国を抑制するために「朝鮮の脅威」をしばしば利用してきたし、今になっては中国を圧迫し、米国と共にインド洋と太平洋で主たる役割を果たそうとしていると暴いた。

中国国防部報道官も、「専守防衛」を超越する攻撃兵器を発展させる日本の動向はより警戒する必要があると強調した。

平和と安定という前代未聞の情勢変化に直面したこんにちの世界で、海外膨張を狙った日本の旧時代的思考は必然的によくない結末を招くであろう。

世界は、日本の海外膨張策動に警戒心を高めなければならない。

17日:日米首脳会談。北朝鮮問題に関する発表は以下のとほり。

日米首脳会談要旨:時事ドットコム

 首相 米朝首脳会談を決断したトランプ氏の勇気を称賛したい。米国が世界一の軍事力を背景に圧倒的なレベルの圧力をかけた成果だ。核・ミサイル・拉致問題が解決に向かって進んでいく歴史的な会談となることを期待している。
 大統領 北朝鮮の非常に高いレベルと直接的な話し合いを既にしている。(会談場所の候補は)5カ所ある。6月の初旬かその前かもしれないが、うまくいくように願っている。もし、うまくいかなかったら首脳会談は行われず、これまでと同様、強い姿勢で臨む。
 首相 米朝首脳会談で拉致問題を取り上げるよう要請。
 大統領 われわれは拉致問題を取り上げる。今こそ諸問題を解決する時だ。日本のために最善となるようベストを尽くす。朝鮮戦争終結に向けた南北の話し合いを支持する。私たち抜きでは、南北の対話はなかった。
 両首脳 完全、検証可能かつ不可逆的な方法で北朝鮮に核・ミサイル開発を廃棄させるため、最大限の圧力を維持していくことを確認。 

18日:ロシア軍、クリール諸島(北方領土と千島列島)で軍事演習を開始。2500人以上が参加。

 

20日北朝鮮朝鮮労働党、中央委員会第7期第3回総会を開催。

核・ICBM実験を中止=北朝鮮、非核化は不透明-「並進」転換、経済建設に集中:時事ドットコム

 北朝鮮朝鮮労働党は20日、中央委員会第7期第3回総会を平壌で開き、「核の兵器化を実現した」と宣言、21日から核実験と大陸間弾道ミサイルICBM)の試射を中止することをうたった決定書を採択した。また、北部・豊渓里の核実験場の廃棄も決めた。朝鮮中央通信など国営メディアが21日、伝えた。27日の南北首脳会談や、6月初旬までに開かれる見通しの米朝首脳会談を前に、核開発と経済建設を同時に進める「並進」路線からの転換を表明。「経済建設に総力を集中する」新たな戦略路線を打ち出し、経済建設に有利な国際環境整備や、朝鮮半島の平和と安定に向け、「周辺諸国や国際社会との緊密な連携、対話を積極的に進める」方針を示した。
 金正恩党委員長は報告で、「もはや、われわれには、いかなる核実験も中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要がなくなり、北部の核実験場もその使命を終えた」と述べた。
 ただし、「非核化」には言及せず、決定書は「わが国家に対する核の脅威や核の挑発がない限り核兵器を絶対に使用せず、いかなる場合にも核兵器と核技術を移転しない」と強調。「核保有」を堅持する構えも見せており、金正恩氏が今後、核放棄に向けてかじを切るかどうかは不透明だ。 

22日:安倍首相、拉致被害者の救出を求める「国民大集会」に出席。「南北、米朝首脳会談の際に拉致問題が前進するやう、私が司令塔となって全力で取り組む」と述べる。挨拶終了後「政務のため」に退席。その後、私邸に直行。

 

27日:南北首脳会談。韓国政府の発表した報道資料を以下に全文引用。

http://japanese.korea.net/Government/Current-Affairs/National-Affairs/view?subId=641&affairId=657&pageIndex=1&articleId=3355

韓半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言

 

大韓民国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国金正恩国務委員長は、平和と繁栄、統一を念願とする全同胞の一致した志向を込めて、韓半島の歴史的な転換が起こっている重要な時期に、2018年4月27日に板門店の「平和の家」で、南北首脳会談を行った。

両首脳は、韓半島ではもはや戦争は起きず、新たな平和の時代が開かれたことを8千万の我が同胞と全世界に厳粛に闡明した。

両首脳は、冷戦の産物である長い分断と対決を一日も早く終息させ、民族の和解と平和繁栄の新たな時代を果敢に作り出しながら、南北関係をより積極的に改善し発展させていかなければならないという確固たる意志を込めて、歴史の地である板門店で次のように宣言した。

1.南と北は、南北関係の全面的で、画期的な改善と発展を成し遂げることにより、分断された民族の血脈を繋ぎ、共同繁栄と自主統一の未来を早めていく。 南北関係を改善し発展させることは、我が民族の一様な望みであり、これ以上、先送りできない時代の差し迫った要求である。

① 南と北は、我が民族の運命は我々自身が決定するという民族自主の原則を確認し、過去の南北宣言とすべての合意を徹底的に履行することにより、関係改善と発展の転換的局面を開いていくことにした。

② 南と北は、高官級会談を始めとする各分野の対話と交渉を早期に開催し、首脳会談で合意された問題を実践するための積極的な対策を立てていくことにした。

③ 南と北は、当局間の協議を緊密に行い、民間交流と協力を円滑に確保するために、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城地域に設置することにした。

④ 南と北は、民族の和解と団結の雰囲気を盛り上げていくために、各界各層の多様な協力と交流往来と接触を活性化することにした。

内においては6・15を始め、南と北の双方において意義のある日を機に、当局と国会、政党、地方自治団体、民間団体など各界各層が参加する民族共同行事を積極的に推進して和解と協力の雰囲気を盛り上げながら、外においては2018年のアジア競技大会を始めとする国際競技に共同進出し、民族の知恵と才能、団結した姿を全世界に誇示することにした。

⑤ 南と北は、民族分断により発生した人道的問題を早急に解決するために努力し、南北赤十字会談を開催し、離散家族・親戚の再会を始めとする諸問題を協議解決していくことにした。

当面の間、来たる8・15を機に離散家族・親戚の再会を進めることにした。

⑥ 南と北は、民族経済の均衡ある発展と共同繁栄を達成するために、10・4宣言で合意された事業を積極的に推進して行き、一次的に東海線および京義線鉄道と道路を接続して近代化し、活用するための実践的な対策を取っていくことにした。

2.南北は、韓半島で尖鋭な軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していくものである。

韓半島の軍事的緊張状況を緩和し、戦争の危機を解消することは民族の運命に関わるとても重要な問題で、我が民族の平和で安定した生活を保証するために要となる問題である。

① 南と北は、地上と海上、空中を始めとするすべての領域で軍事的緊張と対立の基となる相手に対する一切の敵対行為を全面停止することにした。

当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布を始めとするすべての敵対行為を停止し、その手段を撤廃し、今後の非武装地帯を実質的な平和地帯にしていくことにした。

② 南と北は西海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を確保するための実際的な対策を立てていくことにした。

③ 南と北は、相互協力と交流、往来と接触が活性化されることによる様々な軍事的保障対策を取ることにした。

南と北は、双方の間に提起された軍事的問題を遅滞なく協議解決するために、国防長官会談を始めとする軍事当局者会談を頻繁に開催し、5月中にまず、将官級軍事会談を開くことにした。

3.南と北は、韓半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく。 韓半島で非正常な停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立することは、これ以上先送りできない歴史的課題である。

① 南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないことについての不可侵合意を再確認し、遵守していくことにした。

② 南と北は、軍事的緊張が解消され、互いの軍事的信頼が実質的に構築されるのに従って、段階的に軍縮を実現していくことにした。

③ 南と北は、停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく。

④ 南と北は、完全な非核化を通じて核のない韓半島を実現するという共通の目標を確認した。

南と北は、北側が取っている主動的な措置が韓半島の非核化のために非常に意義があり、大きい措置だという認識を共にして、今後それぞれ、自己の責任と役割を果たすことにした。

南と北は、韓半島の非核化のための国際社会の支持と協力を得るために積極的に努力することにした。

両首脳は、定期的な協議と直通電話を通じて、民族の重大事を頻繁かつ真剣に議論して信頼を強固にし、南北関係の持続的な発展と韓半島の平和と繁栄、統一に向けた良い流れをさらに拡大していくため共に努力することにした。

当面して文在寅大統領は、今年の秋に平壌を訪問することにした。

2018年4月27日

板門店


大韓民国          朝鮮民主人民共和国
大統領           国務委員会委員長
文在寅           金正恩

 南北首脳会談を受けての安倍首相のコメントは以下のとほり。

【南北首脳会談】日本は蚊帳の外では…「それは全くない」と安倍晋三首相 - 産経ニュース

--共同宣言では朝鮮半島の完全な非核化を目指すとした。日本政府としての受け止めは

 首相 文在寅(ムンジェイン)大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が北朝鮮の非核化などを真剣に議論したことを、北朝鮮をめぐる諸懸案の包括的な解決に向けた前向きな動きと歓迎する。今回の会談を受け、そして米朝首脳会談を通じ、北朝鮮が具体的な行動を取ることを強く期待する。今後の動向を注視する。

 具体的な中身は文大統領から直接、電話で聞くことになっている。いずれにせよ拉致や核・ミサイル問題の包括的な解決に向け、そして、米朝首脳会談に向け、日米韓で緊密に連携していきたい。中国やロシアなど国際社会ともしっかり連携したい。

 --共同宣言では韓国と北朝鮮、米国、中国で会談を進めるという話もあり、日本が蚊帳の外に置かれる懸念はないか

 首相 それは全くない。先般も(日米首脳会談で)トランプ大統領と11時間以上にわたって話をし、今後の基本的な方針について一致している。文大統領とも日米で話した基本的な方向で一致している。

28日:朝鮮中央通信、日本政府を非難。

北朝鮮国営メディア 圧力維持の日本政府を非難 | NHKニュース

北朝鮮の国営メディアは、28日夜、日本についての論評を伝え、「朝鮮半島と地域に流れる平和の流れをまともに感知できない」と主張して、非核化に向けて具体的な行動を取るまで圧力を維持する姿勢を強調する日本政府を非難しました。

これは北朝鮮国営の朝鮮中央通信が28日夜、伝えたものです。
それによりますと北朝鮮による核実験などの中止の表明について、小野寺防衛大臣が「満足がいくものではない」と述べたことに触れ、「朝鮮半島と地域に流れる平和の流れをまともに感知できない」と主張しています。

また、「南北の同胞はもちろん、国際社会も地域の対話の雰囲気を害そうとする行為を決して許さない」として、非核化に向けて具体的な行動を取るまで、圧力を維持する姿勢を強調する日本政府を非難しました。

そして北朝鮮が南北首脳会談をはじめ、融和姿勢を強調していることを念頭に「日本は大勢に逆行すればするほど、勢いに乗った大河の流れで地域の外に永遠に押し出されることを肝に銘じなければならない」としています。

北朝鮮の国営メディアでは、このところアメリカ・トランプ政権や韓国のムン・ジェイン(文在寅)政権への批判がやんでいる一方、日本政府への非難が目立っています。

29日:安倍首相と韓国ムン大統領が電話会談。ムン大統領が「日本と対話する用意ある」 とのキム・ジョンウンの意向を伝へる。

「日本と対話する用意ある」 南北会談でキム委員長が発言 | NHKニュース

安倍総理大臣と韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領は、29日午前、電話で会談しました。韓国大統領府によりますと、この中でムン大統領は、27日の南北首脳会談の結果について「キム・ジョンウン金正恩朝鮮労働党委員長が『北もいつでも日本と対話する用意がある』と明らかにした」と日本側に説明しました。

安倍総理大臣と韓国のムン・ジェイン大統領は、29日午前10時から45分間、電話で会談し、ムン大統領は安倍総理大臣に27日の南北首脳会談の結果について説明しました。

韓国大統領府によりますと、南北首脳会談の中で、ムン大統領はキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長に「安倍総理大臣は北と対話する意思を持っており、特に過去の歴史問題の清算をもとに北と国交を正常化させることを願っている」と伝えました。

これに対して、キム委員長は「北も、いつでも日本と対話する用意がある」とムン大統領に述べたということです。
ムン大統領はこうした内容を説明したうえで、安倍総理大臣に対し「喜んで日朝の間の橋渡しをする」と伝えたということです。

ムン大統領は日本人の拉致問題についても取り上げたということですが、キム委員長がどのように返答したかは明らかにしていません。

同日:産経新聞、安倍首相のインタビュー掲載。

【安倍晋三首相インタビュー】詳報 「日本は蚊帳の外ではない」「日米の絆が北朝鮮を動かした」 (1/5ページ) - 産経ニュース

「まさに日本が国際社会をリードしてきた成果ではないですか。決して日本が蚊帳の外に置かれていることはありません。」

 

同日:ニューヨークタイムズ、半島の平和を妨害してばかりの日本を揶揄し以下の風刺画を掲載。

 30日:北朝鮮最高人民会議常任委員会、30分の時差がある南北の時刻を統一するため、5月5日から北朝鮮の標準時をソウルに合わせることを決定。

 

同日:キム・デジュン元大統領の妻イ・ヒホ氏、ムン大統領に南北首脳会談の成功をたたへて「ノーベル賞を取りなさい」との祝電を送る。ムン大統領「ノーベル賞トランプ大統領が受け取り、われわれは平和だけもらへればいい」と答へる。

 

5月1日:ヨルダン訪問中の安倍首相、ヨルダンが1月に北朝鮮の国交断絶したことを評価。

 

2日:ムン大統領、朝鮮半島平和協定の締結後も、在韓米軍が駐留する必要があるとの考へを示す。

 

3日:北朝鮮、核全廃に応じる姿勢を示す。

北朝鮮、核全廃に応じる構え 米朝事前協議で姿勢示す:朝日新聞デジタル

 6月初めまでに開かれる見通しの米朝首脳会談に向けた両国の事前協議で、北朝鮮が、米国が求める手法による核の全面廃棄に応じる姿勢を示していると米朝関係筋が明らかにした。また、北朝鮮核兵器の査察にも初めて応じ、大陸間弾道ミサイルICBM)の廃棄も行う意向だという。ただ、核廃棄に向けた期間や北朝鮮への見返りでは意見の違いが残り、協議や会談の行方によっては予断を許さない状況だ。

 同筋によれば、米中央情報局(CIA)当局者や米核専門家計3人が、4月下旬から1週間余り訪朝。北朝鮮側との協議で、首脳会談合意にこうした内容を盛り込む見通しになった。

 金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は南北首脳会談でも、米国が求める完全で検証可能、不可逆な方法によって廃棄に至る非核化措置を受け入れる考えを示したという。米国は国際原子力機関IAEA)を中心とした非核化措置を進めようと、すでにIAEAとの調整を始めているといい、日本にも協力を求める見通しだ。

 北朝鮮は2000年代に開かれた6者協議で、原子炉などの核関連施設や兵器用プルトニウムの生産量などを関係国に申告した。しかし、科学的な方法を使った査察を含む検証作業を拒み、廃棄に至らなかった。

 また、北朝鮮はこれまで、核兵器は軍事機密だとして申告自体を拒んできた。今回、北朝鮮は、すべての核施設と、日米韓が12個以上は保有しているとみる核兵器の査察に応じる構えをみせたことになる。

 廃棄までの期間については、米国は短い時間で非核化を達成したい考えを北朝鮮に主張。トランプ政権の残る任期中、21年初めまでの申告から検証、廃棄完了を念頭に置いている。一方の北朝鮮は「体制保証」「米朝国交正常化」「経済制裁解除」などを要求。段階的に非核化を進める度に見返りを受け取りたいとしている。

 米朝首脳がICBMだけの廃棄で合意した場合、日韓は北朝鮮の中短距離弾道ミサイルの射程内に取り残される。韓国はこうしたミサイルの脅威を念頭に4月27日の南北首脳会談で、「相手に対する一切の敵対行為を全面中止する」と合意した。日本にとっては、北朝鮮のミサイルをどう抑止するかが課題として浮上する可能性がある。

 非核化措置の手順や見返りとの関係などについて米朝は、首脳会談後の実務協議で詳細を詰める案を検討している模様だ。北朝鮮市民に対する人権侵害の問題や生物化学兵器原子力の平和利用などの問題は、首脳会談後に先送りされる可能性もあるという。

 また両国は首脳会談の開催地についても協議を続けている。トランプ米大統領は1日、ホワイトハウスで記者団に、「2、3日以内に開催地と開催日は発表されるだろう」と語った。(ソウル=牧野愛博)

躍動する韓国ムン・ジェイン外交と東アジアの新秩序形成から取り残される安倍政権。

 この一月、半島情勢を巡って大きな、あまりに大きな動きが連続して起った。この大きな動きは、場合によってはさらに大きな動き、韓国ムン大統領の言葉をかりるなら「世界史的大転換」に繋がるやうな歴史のうねり、その前兆であるやうに思はれる。

 南北首脳会談の開催が決定し、米朝首脳会談の開催に合意がなされたのである。

 前回の投稿は3月5日。ぼくはこんなふうに書いてゐる。

 嬉しいことに、五輪開催を機に朝鮮半島では南北の融和ムードが高まり、半島情勢は一時的にではあるが友好ムードを呈してゐる。五輪終了後には米韓軍事演習が再開されるだらう。それに対して北朝鮮はどう反応するのか。

 韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領は南北融和を継続させ、それを米朝対話につなげようと奮闘してゐる。正念場だ。

 ムン大統領の努力が稔り米朝対話が再開され、そこから更に多国間協議の場に進展するやうなことがあるのか。或いは、米朝が対話の前提に関して折りあはず、威嚇と挑発へと逆戻りするのか。再び、正念場だ。

 一月前は「正念場」だったのだ。4月に米韓軍事演習が再開され、その規模の如何によって、またそれに対する北朝鮮の反応如何によって、軍事的緊張が極限に達するのではないか。さういふ観測があった。

 だからこそ、ムン大統領は五輪を機に訪れた「奇跡のやうな機会」を平和的解決に結びつけるべく、粘り強い外交努力を展開し、結果「世界史的大転換」への端緒を開くことに成功した。

 4月27日に南北首脳会談が行はれ、5月中には米朝首脳会談が行はれる。今後の足場作りのためであらう、キム・ジョンウン委員長は3月25日から27日に中国を訪問し周近平国家主席と会った。2011年に最高指導者になって以来、キム・ジョンウンが外国の首脳と会ふのは初めてのことだ。

 この一月で半島情勢はここまで動いたのだ。

 もちろんこの祝福すべき展開をムン外交のみの功績に帰することはできないだらう。トランプ大統領のハチャメチャさや米国の国内事情、キムジョンウンの大胆さも大きな要因に違ひない。

 しかし、ぼくは以下のことをしっかりと確認しておきたい。

 即ち、昨年来の半島危機においてあるべき未来について、希望に満ちた力強い言葉を語ってゐたのはムン大統領だけだった

 核・ミサイル危機は米朝対立に起因するものである。朝鮮戦争が終はってゐないことに起因するものである。もちろん、韓国はその当事者であるが、日本と同じく軍事的には属国的立場にあり、そもそも北朝鮮は米国しか相手にしてゐない。

 従って核・ミサイル危機を収束させるために韓国ができることは、まず、米国の先制攻撃を思ひとどまらせることであり、第二に米朝を対話のテーブルに着かせるべく説得することだった。

 ムン大統領は昨年5月の就任以来、北朝鮮への圧力に同意を示しながらも、核・ミサイル危機の収束のために、また朝鮮戦争終結さらには南北統一のために、つまるところ「冷戦終結」のために、国際社会の共感と支援を得られる明確なメッセージを出し続けてきた。

 キム・ジョウンとトランプが威嚇し合ふ中にあって、チャンスの到来を逃さぬやう、それが来たときにはがっちりと掴めるやう、冷静に準備を続けてゐた。

 振り返ってみよう。

 2017年7月、彼は「ベルリン構想」を発表しそこで早くも南北首脳会談を提案してゐる。

「条件が整ひ、朝鮮半島の緊張と対立の局面を転換させる契機になるのなら、いつ、どこでも北のキム・ジョンウン委員長と会ふ用意がある」

「核問題と平和協定を含め、南北のすべての関心事を対話テーブルに載せ、韓半島の平和と南北協力のための議論をしよう」

大韓民国が地球上で冷戦を完全に終息させる国になるやう努める。私の次の誰かは統一韓国の大統領としてベルリンを訪問できるやう礎を築いていく」

文大統領「条件が整えば金正恩委員長に会う」 | Joongang Ilbo | 中央日報

文大統領「後任者は、統一大統領としてベルリンを訪れるようにする」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 8月には統一部に対して「今、北朝鮮の挑発で南北関係が膠着状態だが、統一部はこのやうな時こそ、落ち着いて内実を持って準備しなければならない。厳しい冬の寒さに耐え抜けば、春は必ず訪れるもので、春が来た時、種をまけるやうに着実に準備してほしい」と呼びかけてゐる。

文大統領「南北関係にも必ず春が訪れる…種まきに備えるべき」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 11月1日、ムン大統領は国会施政演説で、朝鮮半島の平和の実現に向けた以下の「5大原則」を発表した。

1.朝鮮半島の平和定着

2.朝鮮半島非核化

3.南北問題の主導的解決

4.北朝鮮の核平和的解決

5.北朝鮮の挑発には断固たる対応

 1番目の朝鮮半島の平和定着」に関してムン大統領は「私たちが達成しようとするのは朝鮮半島の平和」だとし、「いかなる場合でも朝鮮半島武力衝突を起こしてはならない」「朝鮮半島大韓民国の事前同意のない軍事的行動はありえない」と述べてゐる。

 そして2018年に入って新年の辞。

 ムン大統領は「韓国外交と国防の究極の目標は、朝鮮半島で戦争再発を防ぐこと」でであると述べ、「対北朝鮮4ノー(No)原則」即ち

1、対北朝鮮敵視政策

2、対北朝鮮先制攻撃

3、北朝鮮政権交代・崩壊

4、人為的統一の加速化

の4項目を推進しないことを強調した。

文大統領「任期内に北朝鮮核問題解決し平和強固にするのが目標」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 いづれにしても、極めて強く明確なメッセージだ。

 米日と共に圧力路線に参加し、トランプの支持を得るために米国製の武器を買ひながらも、北朝鮮に向けては「絶対に朝鮮戦争は起させない、敵視もしないし、政権の交代・崩壊も望まない。だから対話をしよう。朝鮮戦争を終はらせよう」と呼びかけを続けてきた。

 そして、ピョンチャン五輪が開幕。

 この間、米韓軍事演習が延期となり、韓国にキム・ジョンウンの妹キム・ヨジョンがやってきた。

 3月5日、返礼として韓国の特使団が訪朝しキム・ジョンウンと会談。ここで第3回南北首脳会談を行ふことが決まった。

 キムジョンウンは朝鮮半島の非核化は先代の遺訓といふ点に変はりがない」とし「軍事的脅威が解消されて、北朝鮮の体制安全が保障されれば、核を保有する理由がない」といふ点を明確にした。また、4月に再開される米韓軍事演習が例年レベルで行はれることに理解を示し「威嚇と挑発のループ」から降りることを明らかにし、更に対話が続く間は追加の核実験・弾道ミサイル試験発射など、挑発を再開しないことを表明した。

4月末、南北首脳会談…金正恩委員長「非核化は先代の遺訓」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 これによって(たった一度の会談で!)米朝対話実現のためのハードルをとっぱらってしまったのだ。

 これを受けてトランプ大統領は6日「必要があれば、どのやうな道でも進む用意がある。われわれは非常に良い対話を行ふことになると思ふ」と述べ、北朝鮮との対話に前向きな姿勢を見せた。

 中国の王毅外相は8日「この変化に戸惑ってゐる人もいるやうだ。五輪中、北朝鮮は新たな核・ミサイル実験を行はなかった。米韓も合同軍事演習を一時停止した。南北双方の努力を十分に肯定かつ支持する。米朝による早期の接触・対話を呼び掛ける。」と発表。

 「この変化に戸惑ってゐる人」とは日本のことだらう。

 日本政府は「対話は無に帰した。もっと圧力を」以外のことは言ってこなかった。硬軟取り混ぜた態度を示して来た米国と違ひ、見事な「一枚岩」だった。

 安倍首相は「対話のための対話は意味がない」と呪文のやうに繰返し、河野外相は諸外国に対して北朝鮮との国交断絶を呼びかけさへした。その態度を「米国と100%一致」してゐる、と国内向けに宣伝してきた。

 モリカケ問題の国会追求から逃げるために、半島危機を「国難」と称して解散総選挙を実施し、米国から高額の武器を購入し、一体化=従属体制を深化させてきた安倍政権。この危機を利用して憲法破壊を希求する安倍政権にとって緊張緩和は起ってほしくないことだった。

 起ってほしくないことが起った時のことは考へない・想定しない。

 それで実際にそれが起った時、安倍政権は面食らったらしい。

 3月9日、韓国の特使が米国に渡りトランプ大統領と会った。そして、キム・ジョンウンからのメッセージを伝へた。トランプは米朝対話の開催を快諾した。この展開がなかなかふるってゐる。ハンギョレから引用しよう。

トランプ大統領が金委員長との会談を決心した「歴史を変えた45分間」 : 日本•国際 : hankyoreh japan

 予告なしに執務室に呼ばれたチョン室長は「トランプ大統領と直接会って話をすると大きな成果を出せるだろう」という金正恩委員長のメッセージをトランプ大統領に伝えた。韓国側の説明を聞いていたトランプ大統領は「分かった、分かった。北朝鮮の彼(金正恩委員長)に『イエス』と伝えてください」話した。驚いたチョン・ウィヨン室長やソ・フン国家情報院長、(チョ・ユンジェ)駐米大使はトランプ大統領の言葉が信じられないかのように、互いに顔を見合わせた。

 トランプ大統領の発言は)同席した米国官吏たちにとっても衝撃だった。マティス国防長官とマクマスター安保補佐官は慎重になるべきだと話した。しかし、トランプ大統領は「(金委員長と会談を)やります、やります」と一蹴した。

 これを受けてムン大統領はまた素敵なコメントを出してゐる。

初の米朝首脳会談開催へ 朝鮮半島情勢の転換点となるか

 曰く「南北首脳会談に続き、トランプ大統領金正恩委員長が会へば、朝鮮半島の完全な非核化は本格的な軌道に乗る」

「(米朝首脳会談は)将来、朝鮮半島の平和を実現した歴史的な里程標として記録されるだらう」

 「難しい決断をした2人の指導者の勇気と知恵に深い感謝の気持ちを伝へる。特に、金正恩委員長の招待を快く受け入れたトランプ大統領指導力は南北の住民、引いては平和を願ふ世界の人々から称賛を受けるだらう」

「わが政府は奇跡のやうに訪れたこの機会を大切に扱っていく」

「誠実かつ慎重に、しかし遅くならないやう進展させていく」

  もちろん不安要素はある。米国のティラーソン国務長官が解任され、後任のポンぺオCIA長官はたいへんなタカ派であると言はれてゐる。

 北朝鮮問題担当大使や駐韓国大使も空席のままで、実務経験者が政権内にほとんどゐないらしい。「ほんとに開催できるのか」といふ疑問の声をあげる人もゐる。

 だから「誠実かつ慎重に、しかし遅くならないやう進展させていく」必要がある。

 これから半島を中心に極めて繊細な外交ゲームが展開されていくことになる。

 ムン大統領の視野は広い。彼は自身の任期間に恒久平和体制を定着させたいと言ってゐる。

 平和条約を締結し朝鮮戦争終結させ、南北融和を進め、朝鮮連邦を作り、半島の非核化を軌道にのせ、東アジアの多国間安全保障体制を構築する。

 つまり、米朝対立・米中対立を前提とした冷戦構造を解体し東アジア新秩序を作るといふことだ。

 本当ならば、日本は韓国と協働してこれをしなくてはならないはずだらう。

 が、安倍政権は今のところ、この世界史の流れを邪魔する役割しか果たしてゐない。冷戦構造にしがみつくことしか考へてゐないから、今何が起ってゐるのかがまったく見えてゐないやうだ。

 このひと月の急展開を受けて、政府筋から出てきた反応は、報道によれば「展開が速すぎる」「想定外」「このタイミングとは想像がつかなかった」といったものだ。

 確かに驚くべき展開だが、ごく一般的に言って最悪の事態も最良の事態も想定しておくのが基本ではないのか。

 蚊帳の外だとか、ハシゴを外されたとか言ふが、実際は自分から蚊帳の外に出て、自分でハシゴを外してどこかへ行ってしまったのだ。

 「仲間はずれ」の恐怖にかられた日本政府は日朝首脳会談を模索しはじめた。対話を否定し続けた日本政府が突如として対話に乗り出したのは「バスに乗り遅れたらどうしよう」といふ動機意外にない。何の構想ももたず、何を話すのだらう。

 3月15日、河野外相が訪米し「北朝鮮の中距離ミサイル放棄と日本人拉致問題の解決」を米朝首脳会談解散の前提条件とするやう要請した。結果、「現実性がない」といふ理由で難色を示されたといふ。

河野外相、米国に対し朝米会談に条件を付けようとしたが… : 日本•国際 : hankyoreh japan

 本当に現実性がないと思ふ。

 冷戦構造以外の思考回路がない安部政権はほんとにどうしたらいいのかわからず硬直してゐる感じだ。

 安倍首相も河野外相も相変はらず「日本と米国は100%一致してゐる」と繰返してゐるが、これは自分に言ひ聞かせてゐるのだ。「大丈夫だよね、おれたち見捨てられないよね」と。

 「米国と100%一致すること」が至上の目標である国が蚊帳の外におかれるのは当然だらう。

 安倍政権は「いつまでも冷戦構造が続き、中国と北朝鮮の軍事的脅威が高まり、韓国はあいかはらず慰安婦をうるさく言ってくるなかで、米国と一体化してやっていく他ないんだ。米国にはずっとアジアにゐてほしい。だから辺野古に基地を作ります」といふ発想だ。

 この発想もある程度は正しいと思ふ。しかしある程度正しいといふことは「さうでなければならない」のと全然違ふ。

 彼等に欠けてゐるのは「それでいいのか?」といふ懐疑であり、「かくあるべきだ」といふ理想であり、それを実現するための「勇気」だ。

 沖縄に基地を押し付けてゐる現状はいいはずがないだらう。米国から高額の武器を買ひ続け、中国と軍拡競争を続けるのはいいはずがないだらう。

 けれど、そこから抜け出す方法は、実はあるわけだ。

 韓国と協働して冷戦構造の解体と東アジア新秩序の形成に舵を切ればいいではないか。

 新秩序の構築のため「核無き世界はいかに可能か」「米中の覇権争ひをいかにバランスするか」について透徹したリアリズムに基づいてしっかりと考へるべきだ。

 が、安倍政権では無理だ。

 安倍政権は「朝鮮憎し」の排外主義的イデオロギーを日本に増殖させてしまった。彼等はそれを利用したつもりかも知れないが、このナチュラルに浸透した朝鮮蔑視は拭ひがたいものがある。

 日本はこれから長い低迷期に入るんだらう。失はれた20年どころではないゾ。

 安倍政権が1日長く続くと、そのぶん日本がダメになる。

 デモに行かう。

 デモに行かう。 

ピョンチャン五輪と南北融和。米朝対話は実現するか。

 ピョンチャン五輪が開催中だ。オリンピックは閉幕したが、9日からパラリンピックが始まる。

 嬉しいことに、五輪開催を機に朝鮮半島では南北の融和ムードが高まり、半島情勢は一時的にではあるが友好ムードを呈してゐる。五輪終了後には米韓軍事演習が再開されるだらう。それに対して北朝鮮はどう反応するのか。

 韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領は南北融和を継続させ、それを米朝対話につなげようと奮闘してゐる。正念場だ。

 ムン大統領の努力が稔り米朝対話が再開され、そこから更に多国間協議の場に進展するやうなことがあるのか。或いは、米朝が対話の前提に関して折りあはず、威嚇と挑発へと逆戻りするのか。再び、正念場だ。

 本来であれば日本の安倍政権はムン大統領と歩調を合はせて米国の説得にあたらなくてはいけないはずだらう。なぜなら戦争になれば日本にも大量の死者が出ることはほとんど確実であるからだ。

 しかし、安倍政権にそのつもりはないやうだ。

 安倍政権を駆動してゐるのは「憤怒」である。

 北朝鮮はミサイル飛ばしてけしからん、拉致してけしからん。

 韓国は慰安婦問題をむしかへしてけしからん。竹島を実効支配してけしからん。

 要するに「こんにゃろ」といふ憤怒で政治をやってゐる。この「こんにゃろ」感を国民のうちに広く醸成し朝鮮憎しの気分を高め、政権の求心力として利用してゐる。北朝鮮がミサイル実験をするほどに、韓国が慰安婦問題をもちだすほどに、安倍政権の支持率があがる。

 昨年来、安倍政権は半島危機を煽り続け、それを「国難」と称し、モリトモ・カケ問題から逃げるために解散総選挙を実施した。安倍は国会から逃げるために、そして戦時モードを醸成して憲法改正につなげるために危機を煽り続けてゐる。結果、朝鮮人あるいは彼等を連想させる人々及び団体に対するヘイト言説があたりまへになり、日本全体が「朝鮮憎し」の気分に覆はれはじめてゐるやうに見える。

 2月23日、その気分が具体的な人種差別的テロ行為として形となった。右翼活動家の男二人が東京都千代田区にある朝鮮総連本部に向けて発砲したのだ。

朝鮮総連本部に発砲=右翼活動家ら2人逮捕-警視庁:時事ドットコム

「許し難い暴挙」=発砲事件受け朝鮮総連会見:時事ドットコム

 恐ろしいことだ。

 安倍政権による憲法破壊、国会侮辱、虚偽の横行、事実の否定により、今日本では「現実」といふものが壊れはじめてゐる。国民が共通の事実に基づいて、共通の現実認識を行ひ、コミュニケーションを取る、といふことができなくなってきてゐるのである。

 まことに暗澹たる気分になる。

 が、その安倍政権も崩壊が近いのかもしれない。これを書いてゐる3月5日、半島関連ではムン大統領が北朝鮮に特使を派遣し、キム・ジョンウンと会ったといふのが最も重要な案件であるが、国内では朝日新聞がスクープした森友学園問題に関はる公文書偽造疑惑が最大の話題である。

 野党とメディアはしっかりと追求してほしい。安倍政権も自民党もきちんと法的な裁きを受けるべきだらう。

 2月27日、韓国検察はパク・クネ前大統領に対して懲役30年を求刑した。検察が重刑を求刑した理由をハンギョレから引用する。

検察、「国政壟断反省しない」朴槿恵前大統領に懲役30年を求刑 : 政治•社会 : hankyoreh japan

「被告人が憲政秩序を破壊し、国家権力に対する国民の信頼を損ねると共に、国家混乱と分裂を招いたにもかかわらず、真剣な反省や謝罪の意志がない」

「峻厳な司法部の審判を通じて、悲劇的な歴史が繰り返されてはならないというメッセージを、大韓民国の為政者たちに伝える必要がある」

 安倍晋三が弾劾され、日本の司法からかうした言葉を聞ける日が来ることを切に願ってゐる。

 2018年、1月&2月の半島情勢をまとめておく。

 

 1月1日、北朝鮮キム・ジョンウン金正恩労働党委員長が新年の辞を述べた。

Naenara-朝鮮民主主義人民共和国

 重要な箇所を抄録する。

 わが国家の核武力は、アメリカのいかなる核の威嚇も粉砕し、対応することができ、アメリカが無謀な火遊びをできないように制圧する強力な抑止力となります。

 アメリカは決して私とわが国家を相手にして戦争を仕掛けることはできません。

 アメリカ本土全域がわれわれの核打撃射程圏にあり、核ボタンが常に私の事務室の机の上に置かれているということ、これは決して威嚇ではなく、現実であることをはっきり知るべきです。

 核兵器研究部門とロケット工業部門では、すでにその威力と信頼性が確固と保証された核弾頭と弾道ロケットを量産して実戦配備することに拍車をかけるべきです。

 また、敵の核戦争策動に対処した即時の核反撃作戦態勢を常時維持しなければなりません。

 現下の情勢は、今こそ北と南が過去に縛られることなく、北南関係を改善し、自主統一の突破口を開くための決定的な対策を立てていくことを求めています。

 この切実な時代の要求に背を向けるなら、誰であれ民族の前に堂々と姿を見せることができません。

 今年は、朝鮮人民が共和国創建70周年を大慶事として記念し、南朝鮮では冬季オリンピック競技大会が開催されることにより、北と南にとってともに意義のある年です。

 われわれは、民族的大事を盛大に執り行い、民族の尊厳と気概を内外に宣揚するためにも、凍結状態にある北南関係を改善し、意義深い今年を民族史に特記すべき画期的な年として輝かせなければなりません。

 何よりもまず、北南間の先鋭化した軍事的緊張状態を緩和し、朝鮮半島の平和的環境を作り出さなければなりません。

 今のように戦争でもなく平和でもない不安定な情勢が持続したのでは、北と南が予定されている行事を成功裏に執り行うことができないばかりか、対座して関係改善の問題を真摯に論議することも、統一に向けて真っ直ぐに進むこともできません。

 北と南はこれ以上情勢を激化させるようなことをしてはならず、軍事的緊張を緩和し、平和的環境を作り出すために共同で努力しなければなりません。

 南朝鮮当局は、全同胞の運命とこの地の平和と安定を脅かすアメリカの無謀な北侵核戦争策動に荷担して情勢を激化させるのではなく、緊張緩和のためのわれわれの誠意ある努力にこたえなければなりません。

 この地に火炎を上げ、神聖な国土を血に染める外部勢力との一切の核戦争演習を中止し、アメリカの核装備と侵略兵力を引き入れる一切の行為をやめるべきです。

 アメリカがいくら核を振りかざして戦争挑発策動に狂奔しても、今ではわれわれに強力な戦争抑止力があるのでどうしようもなく、北と南が決心すれば十分朝鮮半島で戦争を防止し、緊張を緩和していくことができます。

 民族の和解と統一を志向する雰囲気を積極的に作り出すべきです。

 北南関係の改善は、当局だけでなく、誰もが願っている焦眉の関心事であり、全民族が力を合わせて解決すべき重大事です。

 北南間の接触と往来、協力と交流を幅広く実現して相互の誤解と不信を解き、統一の主体としての責任と役割を果たすべきです。

 われわれは、心から民族の和解と団結を願うなら、南朝鮮の政権与党はもちろん、野党、各階層の団体と個々の人士を含めて、誰にも対話と接触、往来の道を開くでしょう。

 相手方を刺激し、同族間の不和と反目を激化させる行為は断固終息させなければなりません。

 南朝鮮当局は、過去の保守「政権」の時期と変わることなく、不当な口実と法的・制度的装置を設けて各階層の人民の接触と往来を阻み、連北統一の気運を抑えるのではなく、民族の和解と団結を図るのに有利な条件と環境を整えるために努力しなければなりません。

 北南関係を一日も早く改善するためには、北と南の当局がいつにもまして民族自主の旗印を高く掲げ、時代と民族に対する自分の責任と役割を果たさなければなりません。

 北南関係はあくまでもわが民族の内部問題であり、北と南が主人となって解決すべき問題です。

 したがって、北南間で提起される一切の問題は「わが民族同士」の原則に基づいて解決するという、確固たる立場と観点に立たなければなりません。

 南朝鮮当局は、北南関係の問題を外部に持ち歩いて請託しても得られるものは何もなく、かえって不純な目的を追求する外部勢力に干渉の口実を与え、問題の解決に複雑さを招くだけであることを知るべきです。

 今は、互いに背を向けて自分の立場を表明する時ではなく、北と南が対座して「わが民族同士」で北南関係改善の問題を真摯に論議し、その活路を果敢に切り開くべき時です。

 南朝鮮で近く開催される冬季オリンピック競技大会について述べるなら、それは民族の地位を誇示する好ましい契機となるであろうし、われわれは大会が成功裏に開催されることを心から願っています。

 こうした見地からして、われわれは代表団の派遣を含めて必要な措置を講じる用意があり、そのために北と南の当局が至急会うこともできるでしょう。

 同じ血筋を引いた同胞として、同族の慶事をともに喜び、互いに助け合うのは当然なことです。

 われわれは今後も、民族自主の旗印を高く掲げてすべての問題を「わが民族同士」で解決していくであろうし、民族の団結した力によって内外の反統一勢力の策動を粉砕し、祖国統一の新しい歴史をつづっていくでしょう。

 これを受けて米国のトランプ大統領は以下のやうなツイートをした。

 「私も核のボタンを持っていて、それは彼のものよりはるかに大きく、はるかに強力だと。私のボタンは実際に作動する!」とのことだ。

3日、韓国政府は北朝鮮に対して9日の南北の高官級会談を提案。

5日、北朝鮮が南北会談の受入れを表明。

  これを受けて、トランプ大統領は韓国のムンジェイン大統領との電話会談で「南北対話の過程で我々の助けが必要ならいつでも言ってほしい。米国は100%文大統領を支持する」 と述べ、さらに五輪期間中の韓米合同軍事演習の延期に合意。そして「適切な時期に対話に参加する」として北挑戦との対話の可能性を匂はせた。

トランプ大統領は6日(現地時間)、キャンプデービッド山荘で共和党指導部などと会合した後に開いた記者会見で、「金正恩(キム・ジョンウン)と直ちに電話会談する意向があるか」という質問に対し、「もちろんだ。私はいつも対話を信じている。間違いなくそうするだろう。全く問題ない」と答えた。さらに、「適切な時期になれば、米国も(北朝鮮との対話に)参加する。しかし、(南北がまず)五輪について協議するのは良い考えだと思う。それは南北の間で行われること」だと述べた。南北高位級会談などを経て、条件が整えば、米朝対話にも乗り出せることを強く示唆したものと見られる。

 9日、板門店で南北会談が行はれた。2年1ヶ月ぶりのことだった。そこで3項目に関して合意が行はれた。

 南北が合意した3項目は、大きく分けて平昌五輪と南北関係の改善問題の二つの分野に関わるものだ。南北は、平昌五輪への北朝鮮の参加問題めぐる協議を、会談開始から急ピッチで進めた。南が平昌五輪への北側代表団の派遣▽開・閉幕式の南北合同入場▽共同応援に向けた応援団の派遣を提案したのに対して、北は高官級代表団、民族オリンピック委員会代表団▽選手団▽応援団・芸術団・参観団▽テコンドー示範団▽記者団まで派遣するという、予想をはるかに超える対応を示し、そのまま共同報道文に盛り込んだ。南北は、五輪を機に北朝鮮代表団が訪韓することで合意し、これに向けた後続会談の日程などは今後、文書で協議することにした。

 平昌五輪への参加問題とは別に、南側は今年2月の旧正月をきっかけに離散家族再会行事を開くための赤十字会談と、軍事境界線上の偶発的衝突を防止するための軍事当局会談の開催も提案した。昨年7月、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がドイツのケルバー財団での演説で示し、統一部がすでに北側に提案した内容だ。北側は当初「引き続き議論しなければならない。そのような環境が作られる必要がある」という反応を示したが、最終的に軍事当局会談には合意した。

 会談を控えた4日、韓米が電撃的に合意した合同軍事演習の延期について、北側がいかなる形で立場を明らかにするかも関心事だった。金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長が今月1日の新年の辞で、「民族の一大行事」と表現した平昌五輪の成功的開催を名分に、北朝鮮が五輪期間中に核・ミサイル発射実験の一時中断(モラトリアム)を宣言すれば、米朝対話に向けた暫定的な「双中断」(北朝鮮の核・ミサイル試験の中断と韓米連合演習の中断)状況が作られる可能性もあるからだ。チョ長官は「(演習の)延期と関連し、北側も評価するという立場を明らかにした。軍事演習関連問題について従来の立場を会談中に説明した」と伝えた。これに関する具体的な協議は、今後開催予定の軍事当局会談で行われるものとみられる。

 今回の会談を通じて、南北が平昌五輪への北朝鮮代表団の派遣の実務協議に向けた体育会談と軍事当局会談に合意する一方、南北高官級会談と各分野の会談も開催することで合意(第3項)したことで、今後の南北当局会談が相次いで開かれ、対話の動力を維持できるようになった。また、様々な分野で接触と往来、交流と協力を活性化(第2項)することにしており、民間レベルを含めた南北交流も活気を帯びるものとみられる。

  南北会談の2日後の11日、中国の習近平国家主席は文在寅と電話会談を行い、南北関係の改善を歓迎すると伝えた。

 新華社電によると、中国の習近平国家主席は11日、韓国の文在寅大統領と電話会談し、韓国と北朝鮮の閣僚級会談を受け、中国が南北関係の改善を支持する考えを示した。習氏は「中国は双方が南北対話と交流を推進し、徐々に朝鮮半島問題の解決を進めることを支持する」と表明した。
 文氏は閣僚級会談の成果を説明し、「朝鮮半島の平和と安定維持のための中国の努力」に謝意を伝えた。習氏は、2月の平昌冬季五輪について「(南北)対話の契機だけでなく、朝鮮半島情勢が好転する起点となるよう望む」と強調した。 

 ムン大統領は10日、新年の辞を発表した。

 文大統領は新年の辞で、「韓国外交と国防の究極の目標は、朝鮮半島で戦争再発を防ぐこと」だとしたうえで、「私は今すぐ統一を望んでいるわけではない」と明らかにした。彼はさらに、「任期中に北朝鮮の核問題を解決し、平和を強固にすることが目標」だと述べた。昨年6月の初の韓米首脳会談と7月のドイツ・ケルバー財団での演説で明らかにした、北朝鮮敵視政策▽対北朝鮮先制攻撃▽北朝鮮政権交代・崩壊▽人為的統一の加速化を推進しないという、いわゆる「対北朝鮮4ノー(No)原則」を再び強調した。

 また、文大統領は新年の辞で、「朝鮮半島の非核化は平和に向けた過程であり目標」だとし、南北関係の改善と北朝鮮核問題の解決の良循環を力説した。彼は記者会見でも「南北関係の改善と北朝鮮核問題の解決は切り離して考えられる問題ではない」としたうえで、北朝鮮核問題が解決されてこそ、南北関係が改善され、また南北関係が改善されれば、北朝鮮核問題の解決にも役立つだろう。ツートラックの対話努力が互いに良循環をもたらすものと見ている」と述べた。

 その日の夜、ムン大統領とトランプ大統領は電話会談を行った。トランプ大統領はその中で「南北対話が持続している間は、対北朝鮮軍事行動をしない」と述べた。

[ニュース分析]平昌発の「100日平和体制」…南北を越えて朝米対話の糸口まで触覚 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 これは重要な発言である。米国が先制攻撃を行へばほぼ確実に日本にも報復攻撃がなされる。原発が狙はれるかもしれない。ミサイル防衛は気休めにすぎない。とすれば、日本政府は全力で南北対話を支持し支援しなくてはいけないはずだが、やはり、安倍政権にその気はないやうだ。

 16日、カナダのバンクーバー北朝鮮核問題を議論するための外相会合が開催された。そこで日本の河野太郎外相は南北対話に言及し北朝鮮は核・ミサイル計画を継続するための時間稼ぎを意図してゐる」北朝鮮の『ほほ笑み外交』に目を奪はれてはならない」と述べた。

南北対話は「時間稼ぎ」 河野外相、圧力継続を訴え カナダで会合開幕 (写真=ロイター) :日本経済新聞

 さらに現地の記者会見では「対話ムード、融和ムードは一切なかった」と述べてゐる。これはウソである。米国のティラーソン国務長官は「対話するときになった」とはっきり言ってゐる。また、共同議長要約文では「南北対話とピョンチャン冬季五輪に参加するといふ北朝鮮の意志を歓迎する」として「朝鮮半島の緊張緩和と南北関係改善、非核化対話の進展につながることを希望する」と書かれてゐるのだ。

 レックス・ティラーソン米国務長官が「対話する時になった」として、北朝鮮との対話意思を再確認しつつも、核・ミサイル試験の中断と対話の場に出てこなければ軍事行動に直面するだろうと警告した。

 ティラーソン長官は16日、米国、カナダ、英国など朝鮮戦争参戦国、および韓国、日本など20カ国の外相がカナダのバンクーバーで開かれた「朝鮮半島の安保と安定に関する外相会議」後の記者会見でこのように明らかにしたとAP通信が報道した。

 ティラーソン長官は「北朝鮮は状況が悪化していることを悟らなければならない」として「対話する時になったが、北朝鮮は彼らが対話を望むということを示す措置を取らなければならない」と述べた。彼は、北朝鮮が自ら「信頼に値する交渉相手」であることを示す措置として、挑発行為の「一貫した中断」が必要だと明らかにした。さらに「北朝鮮は関与と対話、交渉の道を選ばないならば、自ら(軍事)オプションを触発することになることを認識しなければならない」と述べた。ティラーソン長官は、開会の辞では「信頼に値する交渉のテーブルに出てくるまで、北朝鮮政権がさらに大きな費用を支払うようにしなければならない」と明らかにした。

 これは、対話が望ましい解決法であるという立場と共に、北朝鮮が態度を変えなければ軍事行動の時期が迫っていると警告したものと見られる。しかし、報復攻撃の可能性を最小化し、北朝鮮に制限的打撃を加えるという“ブラッディ ノーズ”(鼻血)作戦が議論されているという一部の報道に関する質問には即答を避けた。「国家安全保障会議や大統領が決める事案には言及しない」と述べた。

「共同議長要約文」はまた、「南北対話と平昌(ピョンチャン)冬季五輪に参加するという北朝鮮の意志を歓迎する」として「朝鮮半島の緊張緩和と南北関係改善、非核化対話の進展につながることを希望する」と明らかにした。「制裁は交渉を通した解決の条件を用意しようとする外交的手段」、「北朝鮮の政権交替を追求しないという米国と韓国の立場を歓迎する」という立場も明らかにした。

 19日、かうした安倍政権の態度に対して、北朝鮮外務省の日本研究スポークスマンがいつものとほり、強烈な罵詈で攻撃した。前半は安倍首相が東欧を歴訪しそこで「北朝鮮の危機」を吹聴して回ったことについての言及である。

Naenara-朝鮮民主主義人民共和国

 最近、一部欧州諸国を行脚した日本首相安倍が各国との双務関係を協議する機会を借りて、毎回われわれの「核、ミサイル開発」と拉致問題を持ち出しこれらの国を反共和国圧迫共助に引き入れようと悪辣に策動した。

 安倍は「北朝鮮ビリニュスベオグラードも射程距離に入れる弾道ミサイルを開発した」、「ヨーロッパ全体においても重大な威嚇である」、「最大限の圧力を通じて北朝鮮の政策を変化させるべきである」と騒ぎ立てた。

 外相の河野もアラブ首長国とカナダを歴訪して「北朝鮮が核、ミサイル開発を続けるための時間稼ぎをしている」、「北朝鮮のスマイル外交に横目をふってはならない」とし、外交断絶など圧力を扇動した。

 安倍一味がわれわれの自衛的核抑止力を巻き添えにし反共和国圧力雰囲気を醸成する一方、国内で「国難」をつくりあげて全日本に恐怖の雰囲気をかもし出しているのはどうしてでも現行憲法を改悪して日本を戦争が行える国家にするところにその目的がある。

 この度、安倍が欧州諸国を行脚しながらわが共和国に対する圧力を執拗に説教したのは、自国の危険極まりない目的実現のためにどれほど狂奔しているかを如実に示している。

 圧力を強化すればわれわれが政策を変えることができると考えること自体が一国の首相としてはあまりにも愚かで幼稚な思考方式だと言わざるを得ない。

 悲しいことに、だいたい当たってゐるんだよなあ・・・

 同じく19日、米国国防省が2018年国家防衛戦略を発表し、北朝鮮とイランを「ならずもの国家」と規定するとともに、中露の軍事力への対抗を最優先課題として位置づけた。

 実際、同報告書は「中国が近い未来にインド太平洋地域の覇権を目指し、世界的レベルでも米国にとって代わる優位を達成するため、軍の現代化を引き続き追求するだろう」と見通した。これを根拠に「中ロとの長期的かつ戦略的な競争が国防総省の最優先政策課題」だとしたうえで、陸海空軍合同力量の強化▽インド太平洋地域の同盟と協力国家の拡大▽北大西洋条約機構同盟の強化などを提示した。

 この記事の最後に、「冷戦的思考とゼロサムゲームの考え方に基づいて世界を見ると、結局、軋轢と対決に向かうしかない」といふ駐米中国大使館の反応が紹介されてゐる。ぼくはこの見方に賛成する。中国の脅威がまったくないとは言はないが、米国の言ふ中露との対抗は結局のところ冷戦構造の継続にしかならないやうに思ふ。

 そしてその米国と一体化して中国包囲網を形成したいといふのが安倍政権の方向性なのだが、それは時代錯誤ではないだらうか。歴史の必然に逆行してゐるやうに思へてならない。

 安倍が登場してきたときに提唱したのは「戦後レジーム」からの脱却だったが、「戦後レジーム」とは冷戦構造に基づく米国追従モデルのことであって、その意味では安倍はむしろ戦後レジームの権化のやうな人だ。そして彼とその支持者達は米国に「押し付けられた」憲法を改正して、「米国と共に戦争する権利」を獲得することを通じて、「日本人の誇り」を取り戻すと言ってゐる。重症である。

 25日、米国の上院軍事委員会聴聞会においてヘンリー・キッシンジャー国務長官が発言を行った。曰く「朝鮮半島の非核化を進める最善の経路は既存の6カ国フォーラム(協議)の復活を通じた合意」であり、「それが失敗した場合は、米国と中国による合意が行はれるべき」である。

 キッシンジャー元長官は「(ドナルド・トランプ政権の)北朝鮮に対する昨年の圧迫攻勢は成果をあげたように見える」としながらも、「問題の本質と関連しては、いかなる突破口も開けなかった」と批判した。彼はその理由として、「歴代の米国政府は、北朝鮮への(石油)供給の遮断を通じて問題を解決するため、中国に訴えてきた。しかし、中国は北朝鮮の崩壊を引き起こしかねないそのような措置を取らなかった」とし、「中国役割論」の限界を指摘した。 

 キッシンジャー元長官は6カ国協議の復活と「失敗時には米中合意」を朝鮮半島非核化のための手段として提示し、「完全な非核化に向けた中間段階が交渉の一部になりうる」と述べた。彼は「しかし、これは現存する北朝鮮核兵器の解体という究極的目標を向けた段階でなければならない」と強調した。

 米中で何を合意するのかがぼくにはよくわからないが、「完全な非核化に向けた中間段階が交渉の一部になりうる」との見解には全面的に同意する。

 2月2日、米国が「核体制の見直し(NPR)」を発表した。

米、核戦略を大転換=軍縮放棄、新型兵器開発へ-「核態勢の見直し」公表:時事ドットコム

 トランプ米政権は2日、今後5~10年間の核政策の指針となる「核態勢の見直し」(NPR)を公表した。政権が掲げる「力による平和」を反映し、歴代大統領が進めてきた核軍縮方針を大きく転換。爆発力の小さい低出力核弾頭(小型核)や核巡航ミサイルの新規開発を表明した上、米国や同盟国のインフラなどに対する非核攻撃にも核で報復する可能性を明記した。

NPRの策定は、オバマ政権下の2010年以来。中国やロシアによる急激な核戦力増強や北朝鮮による核開発など、安全保障をめぐる環境が大きく変貌したとの認識を土台とし、今日のさまざまな脅威に対応するには「柔軟かつ多様な核戦力」が必要と訴えた。
 具体的には、潜水艦発射弾道ミサイル搭載用の核弾頭を改良し、爆発を小規模に抑える機能を付加すると明記。長期的には海洋発射型の核巡航ミサイルを開発する方針を示した。新兵器を導入し、中ロや北朝鮮に対する抑止力を高めるとともに、核の傘を含む同盟国のための「拡大抑止」を強化するのが狙いだ。
 また、「米国と同盟国の死活的国益を守る極限の状況でのみ核使用を検討する」と記し、前政権が示した核の使用条件を原則として踏襲した。一方で「極限の状況は米国や同盟国の国民、インフラ、核施設、指揮統制、警戒システムに対する重大な戦略的非核攻撃も含む」と追記。解釈を大幅に拡大することで使用条件を事実上緩和した。

  ピョンチャン五輪開幕の前日である2月8日、北朝鮮は人民軍創設の70周年を記念する軍事パレードを行った。

新型ICBM数発公開=北朝鮮が軍事パレード-建軍70年、韓国配慮も:時事ドットコム

 パレードに出席した金正恩朝鮮労働党委員長は「米国の敵視政策が続く限り、祖国と人民を守り、平和を守護する宝刀としての人民軍の使命は絶対変わらない」と演説。軍事パレードでは初公開となる新型大陸間弾道ミサイルICBM)「火星15」も数発公開し、米国との対決姿勢を鮮明にした。 

 2月9日、ピョンチャン五輪が開幕。開会式に先立って安倍首相とムン大統領が会談を行った。安倍首相はそこで「北朝鮮の微笑み外交に惑はされてはいけない」と述べ米韓軍事演習を延期すべきではないと伝へた。 それに対しムン大統領は「内政に関する問題だ」と返した。

文大統領、韓米訓練の進行を主張した安倍首相に「内政干渉」と一針 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 ユン・ヨンチャン大統領府国民疎通首席はこの日、記者たちと会い、前日の文大統領と安倍首相の非公開会談の内容を紹介した。ユン主席は「安倍首相が『オリンピック以後が峠だ。非核化に対する北朝鮮の真摯な意志と具体的行動が必要だ。韓米軍事演習を延期する段階ではない。韓米合同軍事演習は予定通りに進めることが重要だ』と話した」として「これに対して文大統領は『安倍首相のお言葉は北朝鮮の非核化が進展する時まで韓米軍事演習を延期するなという言葉と理解する。しかし、この問題は私たちの主権の問題で、内政に関する問題だ。首相がこの問題を直接論じてもらっては困る』と話した」と明らかにした。

 2月10日、ムン大統領はキム・ジョンウンの特使として来韓したキム・ヨジョン(金与正)労働党中央委員会第1副部長 とピョンチャン冬季五輪高位級代表団長のキム・ヨンナム(金永南)最高人民委員会常任委員会委員長に面会した。キム・ヨジョン特使はムン・ジェイン大統領に早期に会う用意がができている。都合の良い時に北を訪問して下さることを要請する』といふキム・ジョンウン招請意志を伝へ、ムン大統領は「条件を整へて成功させよう」と応へた。

 キム・ウィギョム大統領府報道官はこの日ブリーフィングで「文大統領は今日、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の特使資格で訪韓した金与正(キム・ヨジョン)鮮労働党中央委員会第1副部長と平昌(ピョンチャン)冬季五輪高位級代表団長の金永南(キム・ヨンナム)最高人民委員会常任委員会委員長に会った」として「キム・ヨジョン特使は、金正恩国務委員長の南北関係改善意志を込めた親書を伝達し『文在寅大統領に早期に会う用意がができている。都合の良い時に北を訪問して下さることを要請する』という金正恩国務委員長の招請意志を口頭で伝達した」と話した。これに対し文大統領は「今後条件を整えて成功させよう」と答えた。文大統領は特に「南北関係発展のためにも、朝米間の早期対話が必ず必要だ」として「米国との対話に北側がより積極的に出てほしい」と頼んだ。これに対し北朝鮮側高位代表団は「傾聴した」と、大統領府関係者が伝えた。ある大統領府関係者は、文大統領が朝米対話を強調したことに関して「南北関係改善にスピードを上げることが重要だが、それは南北関係だけでなされることではない」として「(南北関係と朝米関係という)二つの車輪が同時に回らなければならないという意味の言及のようだ」と話した。

 文大統領と北朝鮮高位級代表団は、平昌五輪の成功的開催に関しても力を集めようと話した。金永南委員長は「平昌冬季五輪の開会式が成功裏に行われたことに対し南北が共に祝おう」と話し、これに対し文大統領は「北朝鮮代表団の訪韓で平昌五輪が平和の五輪となり、朝鮮半島の緊張緩和と平和定着、および南北関係を改善させていく契機になった」と答えた。キム報道官は「文大統領は、北朝鮮高位級代表団と友好的な雰囲気の中で、南北関係と朝鮮半島問題全般について幅広い議論をした」とし、「南北は今回の平昌五輪をきっかけに用意された朝鮮半島の平和と和解の良いムードを継続し、南北間対話と交流協力を活性化して行こうとの認識を共にした」と話した。

 これを受けて米国も歓迎の意を示した。ペンス副大統領が、なんと「南北対話の進展次第では条件無しの対話を行う用意がある」といふ見解を示したのだ。

米、北朝鮮と対話の用意 副大統領「圧力は維持」

 米紙ワシントン・ポスト電子版は11日、ペンス米副大統領が同紙とのインタビューで、北朝鮮が非核化に向けた行動を取るまで米国は「最大限の圧力」を維持する一方、南北対話の進展次第で前提条件なく直接対話を行う用意があるとの見解を示したと報じた。北朝鮮が非核化の意志を示すまで対話に応じないとしていたトランプ政権の方針の「重要な転換」と指摘した。

 当然のやうに中国も歓迎を示すなかで、ただ日本だけが南北の友好ムードを「牽制」した。

[ニュース分析]北朝鮮、制裁脱する“変化”模索…米国「韓国と接触し一致した対応」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 日本側は、南北首脳会談の実現の可能性を大いに警戒している雰囲気だ。小野寺五典防衛相は10日「過去日本も韓国も北朝鮮の和解政策に応じたが、結果的には、北朝鮮が核とミサイル開発を続けた」とし、「韓国政府が確実な対応をするものと思う」と述べた。日本は今後、米国と連携して南北の対話ムードをけん制する可能性が高いとみられる。

 一方、中国側は、朝鮮半島情勢に肯定的な信号だとして歓迎した。官営の「新華社通信」は11日、論評で「依然としてある人たちは、現状況を皮肉ったり、圧迫の強化を煽っており、軍事演習の再開を図っている」としたうえで、「朝鮮半島で対話と談判の門が開かれるかどうかは、南北双方が引き続き善意を持って対応できるかどうかと、各国の支持や協力、対話の促進にかかっている」と指摘した。さらに、楊潔チ中国外交担当国務委員が9日(現地時間)、ワシントンのホワイトハウストランプ大統領と面会し、北朝鮮の核問題と関連して米国と中国の協力強化を求めたと、中国外交部が11日に明らかにした。

 日本の河野外相はどうしても「対話」が嫌なのだらう。ペンス副大統領の発言について「対話」ではなく「接触」と訳すべきだといふ奇妙な持論を述べ、さらに「対話には得るものがない」といふ認識は日米間共通であるといふウソを披露した。

河野外相、北朝鮮との対話「得るものないと共通認識」:朝日新聞デジタル

(日本政府としては、米国と北朝鮮の本格的な交渉前の「予備的協議」にも慎重であるべきかとの記者の質問に)北朝鮮に対して今、圧力をかけるというのが大事なことだ。ただ、北朝鮮に対してきちんと核とミサイルを放棄して、対話のテーブルにつけということを伝える、あるいはそれに対する北朝鮮の反応を聞くという意味で「接触」というのは大事だと思う。

 ペンス副大統領が「talk」と言ったものを、「対話」と訳したメディアがあったが、正確には「接触」というふうに訳すものだと思う。そういう接触を否定するものではないが、今、対話をすることに得るものはないというのが日米韓共通の認識であることで変わりはない。(訪問先のドイツミュンヘンで記者団に)

 2月25日ピョンチャンオリンピックが閉幕した。閉会式に先立ってムン大統領は北朝鮮キム・ヨンチョル(金英哲)労働党中央委員会副委員長兼統一戦線部長と面会し米朝対話を促した。キム・ヨンチョルは「米国と対話する十分な用意がある」と述べた。

文大統領に会った金英哲「米国と対話する十分な用意ある」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 文大統領は特に「南北関係改善と朝鮮半島問題を本質的に解決するためにも、朝米対話が速やかに行われなければならない」と強調した。キム報道官は「北朝鮮代表団も朝米対話を行う十分な用意があるとし、南北関係と朝米関係が一緒に発展しなければならないということで、意見の一致を見た」と伝えた。

 さらにこの会談において、ムン大統領は朝鮮半島問題の本質的解決」について強調したといふ。

[ニュース分析]「米国は対話へのハードル下げ、北朝鮮は非核化への意志示すべき」 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 これに先立ち、文大統領は前日、金英哲(キム・ヨンチョル)労働党副委員長兼統一戦線部長をはじめとする高官級代表団と面会した際、「南北関係改善と朝鮮半島問題の本質的解決のためにも、朝米対話が速やかに行われなければならない」と強調した。特に、文大統領は非核化という原則を明らかにしただけでなく、そのためにいかなる方法を選ぶべきかまで具体的に言及したと、大統領府関係者は伝えた。朝鮮半島情勢の安定に向けて北側がより積極的に取り組むことを求めたのだ。

 文大統領が強調した「朝鮮半島問題の本質的解決」は、非核化▽朝米、朝日関係の正常化▽平和体制▽北東アジア多国間安保協力体制などを通じて、朝鮮半島で冷戦体制を終わらせることを意味する。これは、北朝鮮の核問題が朝米敵対関係の産物として作られたという認識に基づいたものだ。実際、1990年代初頭に南北が国連に同時加盟した後、南側はソ連(ロシア)、中国と国交を樹立したが、北側は米国、日本との関係を正常化できず、第1次北朝鮮核危機(1993年)の原因になった。

 同日、チョン・ウィヨン大統領府国家安保室長が金副委員長など北側代表団と昼食を共にしながら、文在寅政権発足後、(韓国政府が)朝鮮半島の平和定着に向けたムードづくりに努力を傾けてきたことを積極的に説明したのも、このような脈絡からだ。米中日ロなど朝鮮半島情勢に影響を与える周辺国家との関係回復を通じて、朝米対話に進むための「環境」が整ったことを強調し、北朝鮮が朝米対話に向けてより可視的な処置を取ることを求めたのだ。これに対し、金副会長は韓国政府の努力を「評価する」としたうえで、前日に続き「米国との対話の扉は開かれている」と再度確認した。

 ムン大統領が強調したといふ「本質的解決」は極めて重要な認識である。それは冷戦体制を終はらせることが最大の課題であるといふことだ。日本政府はこの認識を共有しなくてはいけないはずだらう。

 そして冷戦体制を終はらせることが日本の独立のためにどうしても必要であるといふことが国民の共通認識とならねばならない。

 冷戦構造にしがみつき、沖縄に基地をおしつけ、中国封じ込めを目指し軍拡競争に乗り出し、米国との一体化をすすめるといふのでは、もうどうにもならないだらう。ただ米国に都合のいい使ひ捨ての属国になるだけだ。使ひ捨てだよ。

 3月1日、韓国では光復節(三・一節)を記念した式典が開かれた。1919年3月1日に始まった三・一独立運動の99周年を記念する式典だ。ここでムン大統領は演説を行ひ、

「平和共同体」へのビジョンを示した。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は1日、三・一節記念式典での演説で、南北関係について具体的には言及しなかった。その代わり、「三・一運動大韓民国建国100周年を、恒久的平和体制の構築と平和に基盤した繁栄の新しいスタートラインにする」として、「今後、光復100年へと向かう間、朝鮮半島平和共同体、経済共同体を完成しなければならない」と強調した。 

 また、文大統領の発言は、建国100周年を控えた1年間、分断の現実が朝鮮半島の平和と繁栄に障害にならないよう、南北関係はもちろん、米朝対話などで具体的な成果を出すことを約束すると共に、国民の支持を訴えたものと見られる。実際、文大統領はこの日「分断がこれ以上私たちの平和と繁栄の障害にならないようにすべきだ」と強調し、「今日国民にこの目標を共に遂げて行くことを提案する」と述べた。大統領府関係者は「文大統領が三・一節100周年となる来年を恒久的平和の出発点とし、解放100周年(2045年)までは分断の克服と朝鮮半島平和・経済共同体の完成を目標にするという考えを示した」と説明した。 

  3月5月、ムン大統領の特使団が訪朝。使命はもちろん「米朝対話のための環境づくり」だ。

[ニュース分析]文大統領の「非核化論」に対する金正恩の応答の確認が対北特使の任務 : 政治•社会 : hankyoreh japan

 ユン・ヨンチャン大統領府国民疎通秘書官が明らかにした特使団の主要任務は「朝鮮半島における平和定着と南北関係の発展に向けた北朝鮮高官との対話」だ。ユン首席は「特に朝鮮半島の非核化に向けた朝米対話の環境づくりと南北交流の活性化など、南北関係の改善問題を包括的に協議する予定」だとして、これを具体化した。このうち、中心となるのは「朝鮮半島の非核化に向けた朝米対話の環境づくり」であり、特使団は北側の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長から、非核化を前提にした朝米対話に応じるかどうか、それと関連した金委員長の構想は何かを直接確認しなければならない。ドナルド・トランプ米大統領が、非核化を朝米対話の前提として掲げているうえ、文大統領も朝米間の対話ムードが作られなければ、南北首脳会談など南北関係も進展できないと明らかにしたからだ。

 キム・ジョンウンはどんな対応をするのだらうか。

 引き続き、注視。

 

キム・ヨナの芸術

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   目次 

  • はじめに
  • 様々なる舞踊
  • 傷だらけの雲雀
  • ヨナの覚醒
  • 珠玉
  • 哀しみの芸術
  • 結び

 

                はじめに

 

 昨年来の朝鮮半島危機はおそらく、90年代初頭から繰り返されてきた北朝鮮核・ミサイル危機の中でも最大のものであらう。2017年、北朝鮮は6度目の核実験を行ひ、十数発のミサイルを発射し、着実にその技術を向上させ「国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現された」と宣言した。

 その間、米国のトランプ大統領北朝鮮キム・ジョンウン最高指導者は互ひに罵詈雑言を浴びせあった。その応酬の一つ一つはまさに戦争に近づく足取りのやうにみえた。中国・ロシアは両者に自制を促し、韓国のムン・ジェイン大統領は「朝鮮半島で二度と戦争があってはならない」と言ったが、日本の安倍首相は憑かれたやうに「対話のための対話には意味がない、もっと圧力を」と繰り返した。憲法破壊を願ふ安倍首相にとっては東アジア情勢が緊迫してゐたほうがよい。だから危機を煽ってゐるのだ(積極的平和主義!)。

 危機収束の兆しが見えぬまま2018年になった。と、北朝鮮は突如として態度を軟化させた。南北対話を受け入れ、韓国で行はれるピョンチャン五輪への参加を表明したのだ。米国もこれを歓迎し五輪期間中の合同軍事演習延期を決定した。韓国政府はこれを機に南北融和を深化させ、米朝対話に結びつけたいと考へてゐる。

 昨日、ピョンチャン冬季オリンピックが始まった。

 半島危機は今小康状態にある。

 聖火リレーの最終走者を務めたのは韓国の至宝、キム・ヨナ。彼女は4年前のソチ大会で銀メダルを獲得して引退。その年のアイスショーを最後にリンクから離れ、ピョンチャンオリンピック広報大使を務めてきた。

 ソチ五輪の競技終了後、「バンクーバー金メダリストとして記憶されることを願いますか?」との質問に対してヨナはかう答へた。

 「ただ何の大会で金メダルを取った選手としてでなく、キム・ヨナという選手として記憶して欲しい」

http://japan.hani.co.kr/arti/culture/16766.html

 素敵な言葉だ。

 フィギュアスケートはスポーツと芸術が一体となったものだ。スポーツを芸術化したものとも言へ、芸術をスポーツ化したものとも言へる。点取り競争のゲームに一喜一憂することもできるが、エキシビションアイスショーのやうに芸術及びエンタテインメントに特化した形式もある。

 「キム・ヨナといふ選手」はスポーツと芸術、その両面において突出したパフォーマンスを示した選手だった。主要四大会(グランプリファイナル・四大陸選手権・世界選手権・オリンピック)に全て優勝し、出場した全ての競技会で表彰台にのぼった。アスリートとしてこれ以上無理だといふくらいの成功だ。

 けれどかうした記録は彼女の偉大さを証明するものであっても、それは単に過去の記録であり事実に過ぎず、今生きているぼくらを感動させるものではない。

 が、彼女の芸術はさうではない。ぼくらはアーカイブの時代を生きてをり、幸ひなことにヨナの滑ったほとんど全てのプログラムはネット上で繰返し見ることができる。ヨナのスケートは今生きてゐるぼくらの魂を揺さぶり、熱狂させ、癒しを与へてくれるものだ。

 それはアスリートの勝利が与へる感動ではなく舞踊芸術が与へる感動である。

 ぼくはこの「キム・ヨナの芸術」において、彼女のスケートから芸術的側面を抽出し、その驚くべき豊穣と、それを見ることの愉悦について語りたい。

 だから、どの大会で世界記録を出し、誰に勝ち或いは負け、メダルの色は何色だったかといった類の事柄は必要最小限の言及にとどめる。

 勝ち負けも記録も重要ではない。大切なことは彼女のスケートからいかに多くの芸術的滋養を引き出せるかだ。

 いったい舞踊芸術がもつ魅力、又はそれが与へる本質的な感動とは何だらうか。踊る喜び、それを見る喜びの一番深いところには何があるのか。

 以下「様々なる舞踊」では、まづ、フィギュアスケートとは似てもにつかぬダンスを見ていく。似てはゐないが疑ひやうもなく全て舞踊芸術である。文字通り様々な舞踊を材にとり、舞踊芸術とはぜんたい何であるか、その本質に迫りたい。

 ヨナさんに辿り着くまでがけっこう長いですが、是非、みんな読んで、動画は大画面で見て頂きたいと思ひます。最高の舞踊を、ぼくは選んだ。(読んでられないよといふ方は「傷だらけの雲雀」からお読みください)

 なほ、仮名づかひは歴史的仮名づかひ(の変則形)、ニュース記事・書籍からの引用及び翻訳は現代仮名遣いで書いてゐます。

 

               様々なる舞踊

 

 人類は言葉を獲得する以前から踊ってきた。

 それは「踊り」ではなかったかもしれない。或いは「蠢き」や「ゆらぎ」であったかもしれず、無闇に踏ん張ったり跳ねたりするだけであったかもしれない。とにかく、そこに身体があった。

 おそらく声を発したらう。それはやがて「歌」と呼ばれることになる何かで、きっと「うー」とか「あー」といふ呻きに似た音の連続だった。

 言葉がないのだから、当然「喜び」も「哀しみ」もなく「怒り」も「祈り」もなかった。「この哀しみを表現しよう」といふ記述可能な思考そのものがなかった。

 はっきりしてゐるのは人間がゐて世界があったといふことだけだ。

 森の中を歩いてゐたら清水が湧き出てゐた。飲んだらうまくて飛び上がった、とか。猟に行く前、恐怖を鎮めるために仲間みんなで大地を踏み鳴らした、とか。なんでもいい、そんなとき、言葉を持たぬ古代人はその肉体を緊張させたり解放したりして内なる衝動を昇華させたのだらう。

 人が生きてゐて自然に生じる情念が、肉体を通して表出されること。人間が世界と衝突することによって生まれる化学反応。それが踊りの「原型」だ。

 つまり踊りとは人間と世界が出会ひ交はることで生まれる子供のことなのだ。

 舞踊に必要なのは「人間」と「世界」であり、それはつまりどんなものでも舞踊になりうるといふことであって、さうした性質が舞踊の定義付けを困難なものにしてゐる。といふよりも「純舞踊」なるものを取り出すことはほとんど無理だと言っていい。

 だから舞踊芸術は、その表現の力点をどこに置くかによって、容易に他ジャンルに接近し、また、越境したり融合したりする。或いは融合して出来上がった形式それ自体を何とか舞踊とか、何とかダンスと呼ぶ。

 舞踊と最も相性がいいのが「音楽」と「物語」だ。誰でも知ってゐるやうにオペラにもバレエにも歌舞伎にも、音楽と物語がある。

 言ふまでもなくフィギュアスケートは舞踊とスポーツの融合体であるが、振り子の振れ方次第で、又鑑賞の立場によってその性格を大きく変へる。

 選手みながもっとバレエレッスンに精を出せば、フィギュア全体がより芸術的なものになるだらうし、ジャンプ重視の結果誰もが4回転を飛ぶやうになり、しまひ5回転に挑戦といふことになればフィギュアはサーカスに近づくだらう。

 「人間が生きてゐて生まれる情念が、肉体を通して表出されること。人間が世界と衝突することによって生まれる化学反応。それが舞踊の原型だ」とぼくは書いた。

 その観点から見ると、全ての赤ん坊はダンサーだといふことができる。

 赤ん坊は一瞬一瞬、新しい現実に直面するわけだが、彼等はそれを「解釈」したり「分析」したりしない。手足をばたつかせたり、声をあげたり、不器用に肉体的な反応を示すだけだ。そこに原初的な人間と世界との衝突を見ることができる。

 赤ん坊はやがて言語を習得し、それにより世界を文節化し認識し始める。それに伴ひ世界は完全に外部となり、自意識が生まれ、かつては意識することもなかった自分の身体さへもが認識の対象となる。

 知らぬまに、彼の育つ文化特有の歩き方や走り方を覚える。さうした身体作法は生活の全領域、即ちくしゃみや咳、性愛時の喘ぎ声に至るまである民族・文化特有の型があり、一度身についてしまふとそれ抜きにはいかなる表出も不可能なものである。

 赤ん坊を見てゐると、こちらの体も緩んできて不思議な多幸感に包まれる。その時ぼくらは見るといふ行為を通じて自己を拡張し、その輪郭を打ち解き、赤ん坊と一体となってゐるのである。そして赤ん坊の感覚、言語も身体作法も獲得する以前の、世界と未分化であったときの感覚を思ひだす。だからあんなに気持ちがいいのだ。

 舞踊を「見る」際にはそんな風に見なくてはならない。ダンサーの動きを「見る」といふことは、それを通じてぼくらがそのダンサーに「なる」といふことなのだ。

 選ばれたダンサーは、赤ん坊のやうに生命力に溢れた肉体を持ち、生命そのものの輝きを放つ。

 例へばインド最高の女優マードゥリー・ディクシット(Madhri Dixit)はそんなダンサーの一人だ。

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  マードゥリー・ディクシットはそのダンスの見事さからインドではダンシング・グイーンと呼ばれてゐる。このパフォーマンスは2012年のテレビショウのもので、彼女がこれまで出演した映画のダンスシーンから特に有名なものを繋ぎ合はせたものである。

 ここで彼女が踊ってゐるのは完全なボリウッドダンスであって「芸術的」な要素は皆無と言っていい。ボリウッドダンス特有のコミカルな動きが多く、それら一つ一つの振り付けは並外れた筋力や柔軟性が必要とされるものではない。形を真似するだけならばさう難しいやうには見えない。

 ところがどうであらうか。彼女の肉体が放つ生命力、神々しさ、しなやかさ、気品は圧倒的だ。それは彼女が絶世の美女であるからではなく、踊ることを通じてより高次の美の世界に繋がってゐるからだ。

 あまりに完璧に、そして楽しさうに踊ってゐるから技術的な巧さなどちっとも感じさせないが、つぶさに見れば、彼女がいかに全身を精密にコントロールし、精妙な動きを構築してゐるかがわかるはずだ。

 とりわけ表情のダンスの素晴らしさは特筆に値する。彼女はパフォーマンスの最初から最後まで、口角のあげ具合、目を伏せるタイミング、眉の角度、視線、そして空間のどの一点をどの程度の凝縮力で見つめるか、その全てを完璧に統御してゐる。

 もちろん表情だけではない。バックダンサーと比べてみればよくわかるが、彼女はまったく異質の動きをしてゐる。

 後ろで踊ってゐる若く逞しいダンサーたちの動きからは「筋肉」や「骨格」の動きが見てとれ、いかにも「ダンサーが音楽に合はせて自分の体を動かしてゐる」といふ印象を受ける。つまりダンサーの意識と身体と音楽が別個のものとして存在してゐるといふ感じがする。

 一方マードゥリーはどうだらう。彼女の肉体からは「筋肉」や「骨格」といったごつごつした物体感は一切感じられない。全身を構成する60兆の細胞がキラキラと輝いて生きることの喜びに震へてゐるかのやうだ。

 彼女の肉体は赤ん坊のやうにしなやかで豊かだ。

 肉体がそこにあることの快。ぼくらが肉体を持って生きてゐることは、気持ちがいいことなんだといふことを感じさせる。これは舞踊芸術が与へてくれる喜びの中でも最大のものの一つだ。

 また、彼女はどんな振り付けでもそれに最高の解釈を与へ命を吹き込むことができる。「振り付けを自分のものにする」とは彼女が振り付けと、そして音楽と一つになってゐるといふことである。

 マードゥリーを見てゐると「肉体」と「振り付け」と「音楽」が一体となって迫ってくる。つまり彼女が音楽を聴き、それに合はせて体を動かすといった具合に、ダンサーが客体としての音楽と振り付けを自らのうちで融合させてゐるのではなく、あたかも、初めからひとつのものとしてこの世界に生まれたかのやうな印象を受けるのだ。

 そこではマードゥリーといふ人間の個性は消えてゐる。

 個性を超越した人間の美が宿ってゐる。舞踊芸術は自己表現ではないといふことがよくわかる。

 人間は美しい。生きてゐることは素晴らしい。

 マードゥリー・ディクシットはその踊りによって人間と、そして世界を祝福してゐるのだ。

 ところで、彼女のダンサーとしての才能はいかにして開花したのか。あの見事な表情のダンス、しなやかな動き、素晴らしいリズム感はどうして養はれたものなのか。

 実は彼女は三歳の頃からカタック(kathak)といふインドの伝統舞踊を習ってゐた。彼女の動きの秘密はそこにある。

  一つ、彼女が踊ったカタックを見てみよう。2002年公開の映画「Devdas」より。

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  豪華絢爛とはこのことだ。

 まづ、これほど整った顔の人がゐるといふことにぼくは驚くが、それはどうでもいいとして、まことに荘厳たる美の世界だ。

 伝統舞踊とはある民族、ある人間集団の美意識の結晶であり、そこにはその民族や集団が何を美しいと感じ、何を崇拝したか、どのやうに座ったり立ったりしたか、又、どのやうに女が男を誘惑し、男が女に愛を告白したか、即ち文化=生き方全体が息づいてゐる。

 このシーンでは女が自身の美しさを示し、男を誘ひ、じらし、いなし、また、誘ふといふことが繰り替へされてゐるが、それを表現するための振り付けは繊細を極める。

 カタックを見たことがある人は多くないだらう。けれど、その驚くほど洗練された表現に心が打たれるはずだ。なぜなら、幸ひなことに、人類には感受性と想像力といふたいへん有難い能力があるから。 

 ある民族、ある文化が洗練させた様式に触れることを通じて、その美意識を理解し、さらに普遍的な美にまでアクセスすることができる。

 この素晴らしい振り付けを行ったのはインドの生きる伝説、史上最高のカタックダンサー、ビルジュ・マハラジ(Birju Maharaj)。

 ここでは彼の「孔雀の舞」を紹介しよう。

 短いものだから出来るなら二度三度見て欲しい。ビデオからでも舞踊芸術がもつ最も根源的な「あるもの」が感じとれると思ふ。

 その「あるもの」とは何か。

 ずばり、聖性。

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 これほど聖性に満ちた表現を、ぼくは他に知らない。

 変な言ひ方になるが、およそ人間味といふものを感じさせない表現だ。見てゐるあひだ、彼の性別、年齢、体型、技術はもちろんのこと、これがカタックといふ伝統舞踊であるといふことさへ意識させない。

 カタックの身体運用を基に孔雀の形態模写を行ひ、それを舞踊に昇華させてゐるわけだが、それを通じて、彼自身が聖なる世界と俗なる世界を繋ぐ回路となり、彼のゐる時空を変質させてゐる。

 まさに具象化された聖性。聖性がたまたま人間の形になったといふ印象を与へる。

 舞踊は動物を模倣することから始まったといふ説があるが、これを見ると、きっとさうなんだらうなあと思ふ。繰返し見てゐるうちに、自分の中の原初的な感覚が呼び醒まされてくるのがわかる。

 それは例へば、万葉集の名歌を繰返し読んでゐるうちに、あるとき、ぞっとするほど理解が深まって、古人に繋がり、彼等と同じ世界に触れたやうな気がするのに近いだらうか。

「私自身は、踊ってゐるつもりはないんです。神が踊りを見たくて、私に宿ってゐるんです。私は、神のお気に入りだから」

 マハラジはかつてこんな風に語ったことがあるが、これは本心だらうと思ふ。

 彼の踊りを見ると、舞踊は本質的に神への捧げ物であり、舞踊家は聖職なのだと認識させられる。

 伝統舞踊でも、それがエンタテインメント化してくると、捧げ物としての意味あひが遠のき、聖性は薄らいでくるものだが、続いて、それとは正反対に、安易な「わかりやすさ」にまったく歩み寄らない、頑なに「儀式」としての形式を守ってゐるラーンナー王朝(現在の北タイ)の伝統舞踊&武術、フォンジューン(fonjerng)を紹介しよう。 

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  フォンは「踊り」、ジューンは「武術」を意味してゐる。フォンジューンはその名の通り、祝福と鎮魂の業である舞踊と、殺傷の術である武術が融合したものだ。

 この逞しい青年の動きはまさに、踊りと武術のあはひにゆれながら、自由自在だ。限りなく大地に近づく低い重心と、空中にゆったりと八の字を描く腕と手が、東洋的な一如の世界を作り出してゐる。

 さりげなく、手先の動きで花をつくり、糸を紡ぎ、布を晒す。子供達はかうした舞踊・演舞を見て、自分達の先祖がどんな生活を営んできたのかを知るだらう。

 いやいや、それだけではない、彼の肉体はもっとスケールの大きいものを示してゐる。具象的な表現とは関係なく、彼はまことに山のやうに力強く、水のやうにしなやかで、花のやうに美しい。華麗で、優雅で、威厳に満ちてゐる。

 それはつまり、人間の可能性であり、理想であり、美徳である。

 舞踊はある民族の美意識を示すとともに、その理想や美徳を示すものだ。これは舞踊の大切な仕事である。自分達の先祖が何を大切にしてきたのか、何を美しいと感じ、男或いは女がどうあるべきだと考へてきたのか。ぼくらはそれを知らねばならない。そしてそれを大切にせねばならない。

 なぜなら第一に、ぼくらのアイデンティティとは過去と繋がってゐるといふ意識によって支へられてをり、それを失へば自己を喪失してしまふからである。

 第二に、理想や美徳、そしてそれを大切にせねばならぬといふ規範が失はれた途端、人間はいとも簡単に堕落し、社会が壊れてしまふからだ。

 舞踊は、不思議なことに「勇気」とか「威厳」といった抽象的な観念をもはっきりとこの目に見える形で示すことができるのである。

 ここらへんで時間を現代に進めよう。

 伝統舞踊を通してぼくらは古人と繋がることができるが、結局のところ我々は現代人である。ほとんどの人が都市で暮らし、今様の服を着て、職場にでかけ、寝るために帰ってくるのだ。

 現代には現代の恋があり、男らしさや女らしさがあり、口説くマナーと口説かれる作法が必要になる。そこには当然新しい様式を持った舞踊が生まれなければならない。 

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 20世紀はアメリカの世紀だった。アメリカ文化の影響から完全に自由であった国や民族を探すことは難しい。

 自由・平等といふ理念のもとに建設されたアメリカは、大量の移民と資本を吸収し、史上類のない繁栄を達成した。彼等はその富を、これまた20世紀最大の芸術たる映画につぎこんだ。

 古き良きアメリカとはおそらく、ハリウッド最大のスターであるフレッド・アステアジンジャー・ロジャースが体現してゐた気品と優雅さのことを意味するのだらう。

 アメリカ独立宣言には、人間には「幸福を追求する権利」が与へられてゐると書いてある。

 幸福とは例へば、たくさんお金を稼いで、大きな家に住み、カッコイイ車に乗って郊外のレストランにランチを食べにいく、とかさういふことである。

 けれどもっと大切なことがある。「誰と生きていくのか」といふこと。

 人間の幸福は結局のところ、誰と出会ひ、誰と結びつき、誰と生きていくかにかかってゐる。

 そのためにぼくらは想ひを寄せる相手に言ひ寄り、気持ちを伝へ、自分が何者であるかを示し、また、相手を知り、相手にふさはしい人間にならなくてはいけない。

 つまり、恋愛、ダナ。

 アステアとロジャースは都市文明に生きる男女が、社交の場で出会ひ、互ひが想ひを寄せ合ふ様、「綺麗だ」と言ひ「ステキよ」とこたへる様をダンスによって示した。

 都会人の恋はかくも素敵で、優雅で、知的である。

 二人のダンスは、一応のところ男がエスコートするといふ形式はとってゐるものの、決して男が主で女が従といった、黙って俺についてこい式の古臭い関係性ではない。

 自立した二人が、互ひに敬意を抱き、節度を保ちながら、関係を深めてゆく有り方が示されてゐる。

 アメリカに敵対する国においてもハリウッド映画は大いに受け入れられ、アステアとロジャースのダンスを見て「素敵だ」と思った。それはつまり、二人が示す男らしさや女らしさ、男女関係、恋愛の形式を受け入れたといふことだ。

 「素敵だ」と感じてまったらもう引き返せない、「憧れ」といふ感情はしばしば、ぼくたちを今とは全然違ふ場所につれていくものだ。

 もちろん、彼等の形式を受け入れたと言っても、さう簡単に消化できるものではない。少なくとも本邦においては、ぼくらは洋服を着こなすやうには、うまく「恋愛」できてゐないやうに思へる。

 それはおそらく、日本人がまだ「自立した個人」といふものにピンときてゐないからだ。そして、人間は平等であるといふ観念が浸透してゐないからだ。

 さて。

 話をダンスに戻そう。

 アメリカ中西部インディアナ州のゲーリーといふ町に、アステアのミュージカル映画が大好きな少年がゐた。

 20世紀後半、彼は成長して「ポップ・ロック・ソウルの真の王(The true king of Pop,Rock and Soul)」と呼ばれることになる。

 ご存知、マイケル・ジャクソンだ。

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 ウィキペディアによれば、カッコイイといふ意味の「cool」はもともと、アフリカ系アメリカ人ブルーカラー層が使ってゐたスラングで、それが20世紀末になって非英語圏以外にも広がっていったものださうだ。

 日本語でも普通に「クール」と言ひ、中国語でも「酷(クー)」と言ったらカッコイイといふ意味だ。かなり一般化してゐる。

 私見では、といふかぼくの妄想では、「cool」といふ語感でしか表せない種類のカッコヨサを提示したのがマイケル・ジャクソンだった。つまり、こんなかっこいい奴を誰も見たことがなかったのだ。そして、彼のカッコヨサを表す語が必要になってしっくり来たのが「cool」だった。

 80年代、マイケルが「Off The Wall」「Thriller」「Bad」によって世界を制覇する過程はまさに、「クール」といふ語が非英語圏に浸透していく過程だった(根拠はありません!)。

 「ポップ・ロック・ソウルの真の王」である彼の音楽を聞くと、からだが勝手に動いてしまふ。踵でリズムを刻み、腰を振り、頭をゆらし、ああ、いい気持ち。うん、つまり誰もが踊り出してしまふのだ。

 人をして否応なく踊らしめてしまふ音楽の力。

 これを「グルーヴ」といふ。

 マイケルは、彼自身の音楽がもつグルーヴをその肉体で表現することができた。

 彼はグルーヴを視覚化してみせたのだ。

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  マイケル・ジャクソンは耳なじみのいいベースラインをひたすら繰り返すことでグルーヴを作った。

 「Billie Jean」において、ドラムスは最初から最後までシンプルな8ビートを繰返し、フィルらしいフィルも入らない。その上にベースがのり、これまたシンプルに「ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン」と決まったフレーズを繰り返す(二つ目の太字、裏拍のアクセントが効いてゐる)。ときどきギターが別のリズムを刻み、キーボードが和音を導入する。

 そして、さらにその上に、子音を強調したマイケルのボーカルと、「ダ!」「ウ!」「ア!」等のボイスパーカッションをのせることで、多層的なグルーヴを作り出し曲全体のテンションをあげてゆく。

 ベースラインに揺られながら、少しづつ、少しづつ、ちょうど、螺旋階段でも上がっていくやうに、聴衆のテンションもあがりはじめる。

 やがて、聴衆はエクスタシーに達し、何度も「イク」ことになるわけだが、彼等が一番感じてゐるのはどこだらうか、彼等は何をきっかけにイッてゐるのか。

 それはターンである。マイケルがクルっと回ってピタっととまる。そのあまりに完璧なターンに痺れてしまふのだ。

 シンプルな曲だから、聞いてゐる者はすぐに曲の構造を把握し一体化する。だから、マイケルのターンがいつやってくるのか、こちらも予想をしてゐる。

 くるぞくるぞ、回るぞ、と思って見てゐる、そこへ、今だ、ここしかない、といふタイミングでマイケルが完璧なターンを決める。そこでイっちゃう。これはたまらない。

 観客を自身の肉体に共鳴させ一体化させることにより、マイケルはターン一つで彼等を昇天させることができた。

 死の直前まで準備してゐたコンサート「This Is It」のリハーサル映像の中に、素晴らしい「Bellie Jean」を見ることができる。

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 1983年に初めて「ムーン・ウォーク」を披露して以来、「Bellie Jean」は、そして彼のダンスは進化し続けてきた。

 「This Is It」のとき、マイケルは50歳。当然のことだが、筋力は落ち、若い時分の瑞々しい肉体はない。が、それによりむしろ、彼のダンスの核のやうなもの、そしてその凄みが露になってゐる。

 リハーサルだから、ここで彼は何よりも音楽を聞くことに集中してゐる。いつどこに移動して、どんなステップを刻むのか、まだ厳密には決めてゐない段階だらう。そこで彼は自分が創造した音楽に没入し、体を揺らし始める。そのシンプルなノリ方やステップの何といふカッコヨサ。神々しさ。

 まさに、音楽と身体が出会ふ瞬間、グルーヴが具象化される瞬間だ。

 もしマイケルが生きてゐたら、本番でどんな「Bellie Jean」を見せてくれたのだらうか。われわれは繰返しこのリハーサル映像を見て、彼の目指したもの、彼が見せるはずだったものを想像するほかない。

 ところで、マイケルが世界中を熱狂させてゐた1980年代、「コンテンポラリーダンス」といふものが生まれた。その定義付けは難しい。

 先に、舞踊とは「人間と世界が出会ひ交はることで生まれる子供のこと」、「人間が世界と衝突することによって生まれる化学反応」であると書いたが、コンテポラリーダンスはその原点回帰といふべきものと言へるかもしれない。

 つまりかういふことなのだ。

 人類はこれまでに様々な舞踊を生み出し、それを「型」として誰もが学べるやうに形式化してきたわけだが、世の中がどんどん複雑になり、変化が早くなり、グローバル化とか言はれる世界に一人放り出された時に、もうこれまで創造されてきたいかなる「型」によっても、今生きてゐる人間が感じてゐる、この、のっぴきならないリアリティを表現することができなくなってきたのだ。

 そこで誠実なダンサーたちは、型をとっぱらって、生の肉体で世界と切り結ぶことにしたのである。

 例へばアクラム・カーン(Akram Khan)はたった一人でその絶望的なまでに孤独な戦ひに挑み、「人間以前」とか「生命の根源」といふ言葉でしか言ひ表せないやうな、深い深い場所に下りていく。

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 アクラム・カーンはバングラディシュ人の両親のもとに生まれたイギリス人。7歳から先に取り上げたカタックを始め、大学時代にコンテンポランリーダンスに出会った。2000年に自身のダンスカンパンニーを立ち上げ、2012年にはロンドンオリンピックの開会式でパフォーマンスを行ってゐる。現代を代表するダンサー・振付師だ。

 これは「Nameless(名前のない/名づけられない)」と題する彼の短いソロ作品。

 椅子から立ち上がった彼は、すっと音も無く舞台に伏す。と、そこから先、ぼくらはいかなる解釈も拒絶する、見たことのない動きの連続に驚くことになる。

 彼は肉体のあらゆる部位、普段人間が行ってゐるあらゆる動作、動きから、「意味」を丹念に剥ぎ取り、動きの「型」を見事に解体してゆく。

 ぼくらの意識にある「人はこんな風に立ちあがるものだ」とか「腕はこんな風に動かすものだ」と言った予断を全て砕ひてしまふのだ。

 彼の肉体が「人間ではないもの」に見えてくる。大きな一つの細胞でできた軟体の生物のやうでもあり。蠢いてゐる、わけのわからぬエネルギーの塊のやうでもある。

 ぼくはこれを見たとき「動的平衡」といふ言葉を思ひだした。動的平衡とは分子生物学者の福岡伸一博士が提唱する生命の原理である。即ち、生命は動的=流れのなかに平衡を作り出してゐる時間的存在だといふのだ。

 「Nameless」におけるアクラム・カーンはまさにそれだ。彼の肉体は安定と崩壊とのあはひにゆれながら、そのゆれてゐる姿そのものが平衡をつくり出してゐる。

 彼はここで「人間」を解体して「生命」そのものになってゐるのだ。

 続いて、彼の別の作品を紹介しよう。43分から48分過ぎまでを見てほしい。前段、スキンヘッドにペイントをすることで「父になる」のだと言っゐる。

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 第一印象でこれを「美しい」と思ふ人はゐないだらう。頭部に目と鼻らしきものをぞんざいに描き、前かがみになり、左手で自身の顔を隠す。と、人らしきものになった。ノートルダムのせむし男を思はせる、無様な造形だ。このひどく抽象的な「人」ははっきり言って、とても醜い。

 手をバタバタさせて舞台を左右に動きまわり、床に倒れ、身悶え、必死に何かを懇願してゐるやうに見える。なんだか惨めな奴隷のやうだ。

 ところが、この不恰好な「人」の切迫した、必死な姿はとても崇高なのだ。そして醜いと同時に崇高な姿に慣れはじめたとき、ぼくらはかう感じるのだ。「これは自分だ」と。

 人生は誰にとっても苦しいものだ。生きていくためには、意にそはぬことをせねばならない、自分を殺さねばならない。不当に虐げられることもあるだらう、それをただ甘受する他ないこともあるだらう。

 そんな惨めさに耐えながら、人は「明日はきっとよくなる」と思って生きてゐる。そして子が生まれ親になると「この子には幸せになって欲しい」と願ひ、さらに必死になって生きるのだ。

 アクラム・カーンは不恰好で醜い造形と、惨めで哀れなマイム表現により、生きることそのものの哀しみを表現してみせた。しかも彼は「父になって」それをやったのだ。結果、その哀しみは愛への道を見出したのだ。

 アクラム・カーンをもう一つ。

 これは上の二つのやうに「深刻」なものではない。彼のダンサーとしてのバックグランドであるカタックの動きを自由に拡張し、変化させて出来上がった、清らかなパフォーマンスだ。

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 ぼくの感覚では、「身体の使ひかたの見事さ」に関してこれほどの人は他に思ひ浮かばない。ちょっと飛び抜けて凄い人だと思ってゐる。

 もの凄く速く動いてゐるのに、すべての動線が驚くほどクリアで、一つ一つの動きに宿ってゐるイメージもまた、極めて明確だ。

 そして何より素晴らしいのが、彼の肉体含めた作品全体に横溢する澄明の気だ。 陳腐な言ひ方になるが、心が洗はれるやうだ。彼が大地を蹴り鈴を鳴らすたびに、又、勢ひよく腕を左右に広げるたびに、邪気が祓はれ、善きものが召喚されてくるのがわかる。

 「伝統を現代に生かすとはかういふことなんだ」といふお手本のやうな作品だ。かうした表現が大事なのは、それがぼくらの生き方に極めてポジティブなビジョンを示してくれるからだ。

「伝統を現代に生かす」それは舞踊においてとても大切なことであり、文化にとって、即ちぼくらの生き方にとってもまた、重要な課題だ。

 現代において、文化のない人々が「伝統」を捏造し、それによりかかり他者を排斥し、安物の一体感を作り出すことのいかに多いことか。「伝統」を盛んに連呼する人たちの内に、実際「伝統」が生きてゐたためしはない。彼等にとって「伝統」とは他者を操るための道具でしかないのだ。

 移民の子であるアクラム・カーンはそのダンスによって「伝統を生きる」とはどういふことなのかを教へてくれる。

 彼が自身のルーツであるカタックを発展させて優れた表現を生み出したやうに、ぼくらは過去に学び、伝統を生き、一人一人が自分の人生を創造せねばならないのだ。

 さて。

 「様々なる舞踊」は上掲の動画において、下手に座ってアクラム・カーンのソロを見てゐる女性、シルヴィ・ギエムのソロ「Two(Rise and Fall)」を紹介して終はりにしよう。

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 踊ってゐるのも振り付けたのもバレエの人だが、ここではバレエを連想させる動きは排除されてゐる。ここではバレエ的な動きを崩したり応用して新しい表現を生むといふことは指向してをらず、バレエの訓練でつくりあげた肉体によってそれとは関係のない、別種の肉体言語を創造しようとしてゐるやうに見える。

 例へるなら、日本語とか英語を使って何かを表現するのではなく、オリジナルの言語を創造しようといふ試みだ。

  作品半ばまで、動きの少ない状態が続くが、ここでダンサーは肉体が自律的に動きだすのを待ってゐるのだ。新しい言語の萌芽を捉へるべく意識を研ぎ澄まし、内なるエネルギーが凝縮するのを待ってゐるのだ。

 ぼくの感覚では、タイトルのTwo(Rise and Fall)とはこの内なるエネルギーの源泉、二つ相反する指向性を示してゐる。要するに、陰と陽だ。

 低音が細かなリズムを刻みはじめるとともに、ダンサーはエネルギーの源泉に近づき肉体を同調させることに成功する。打ち込みのドラムスとスネアが入ってくると、一気に加速し、固有のスタイルのやうなものが表れはじめる。

 まっすぐ伸びた手足が空間を切り裂く様が鮮烈だ。股関節・肩関節の可動域の広さに驚く。

 奇妙な動きに見えるかもしれないが、注意深く見ると「自律的な運動」が行はれてゐるのが見てとれると思ふ。かういふ動きをしたら、今度はかう動く他ない、といふ感じ。全ての動き、ポーズが必然性に貫かれてゐる。

 ビートが高まり、はっきりとしたモチーフが展開され、繰り返される。自信に満ちた、迷いのない決然たる動き。茫漠たる世界に一人立つ一個の人間。そこに孤独の影は露ほどもない。

 この時、この場所、この肉体に固有の言語が生み出されたのだ。

 先にコンテンポラリー・ダンスとは何かを説明する際に、ぼくはかう書いた。

 「世の中がどんどん複雑になり、変化が速くなり、グローバル化とか言はれる世界に放り出された時に、もうこれまで創造されてきたいかなる「型」によっても、今生きてゐる人間が感じてゐる、こののっぴきならないリアリティを表現することができなくなってきた」と。

 現代人は程度の差こそあれ、誰もがアイデンティティ・クライシスに苦しんでゐる。世の中の変化があまりにも速く、上の世代を見ても生き方のモデルがない。親が生きてきたやうなスタイルで、今日を生きることはできないのだ。

 アクラム・カーンの項でぼくは「伝統を生き、一人一人が自分の人生を創造せねばならない」と書いたが、それができる人、自身の内に帰るべき伝統が生きてゐる人はとても幸福だ。

 われわれの多くは過去から切り離された根無し草だ。どこかに答へがないかとキョロキョロと彷徨って、いろいろつまみ食ひしてみても満足しない。

 どうしたらいいのか。

 シルヴィ・ギエムがこの表現で行ってゐることをする他ない。内なるエネルギーが凝集してくるのを辛抱強く待ち、ここぞといふ時に、それをしっかりと掴み取るのだ。そのためには、自分の感受性を研ぎ澄ましておかなくてはいけない。

 この作品で彼女が固有の言語を創造したやうに、われわれは、手探りで自分のスタイルを見つけなくてはいけない。一人毅然として立たなくてはいけないのだ。

 ここまで、様々な舞踊、様々なダンサーを取り上げ、舞踊芸術とは何であるか、その見方、魅力、社会的意義について語ってきた。

 どうであらうか。

 ここまで読み、動画を見てきた読者が舞踊を見る眼を獲得し、その感受性がうるうると盛り上がってゐると、ぼくは信じたい。

 よろしいですね。

 はい。

 どうやら、やうやく、キム・ヨナについて語る段に来たやうだ。

 もう一度、お願ひいたします。動画は是非、大きな画面で見てください。

 どうぞご堪能ください。

 キム・ヨナの芸術。

 

             傷だらけの雲雀

 

 土曜日、家族でオリンピック公園に行ってアイスショー「アラジン」を見た。二つの部分に分かれていた。

 メガネをかけて行ってよかった。わたしは眼が悪いから、ぼやけてしまったらいけない。ショーが終わってわたしは心に決めた。がんばって練習して韓国代表選手になる。

                   1997年、小学一年時の日記

     キム・ヨナキム・ヨナの7分のドラマ』、中央出版社2010 

          (本邦未訳、引用は中国語訳から林が訳したもの)

 キム・ヨナは1990年9月5日、韓国プチョン市に生まれた。初めてスケート靴を履いたのは5歳の時。バレエもバイオリンも退屈で続かなかった彼女だったが、スケートの楽しさには夢中になった。

 小学校にあがり、上級クラスを修了した時、コーチはヨナの母にかう言った。「ヨナには天賦の才がある。フィギュア選手になれるかもしれない。」

 フィギュアはとても金のかかるスポーツだ。恵まれた経済状況にはなかったが、スケートの虜になってゐるヨナの姿を見て、両親はコーチの提案に従ふことに決めた。ヨナはフィギュアスケーターとなるべく特別指導を受け始める。

 1998年、長野オリンピックが開催された。ヨナはミシェル・クワンの演技に他の選手にはない特別なものを感じた。

 「わたしもあんな風に滑りたい!」

 ヨナはクワンの演技をビデオに撮り、繰返し見た。さうしてクワンの振りを覚え、表情を真似し「オリンピックごっこ」をして遊んだ。幼いながらの表現力は周囲を驚かせた。

 クワンはヨナよりちょうど10歳年長、伸びやかな滑りと豊かな表現力を持ち味とし、イリーナ・スルツカヤと共に一時代を築いた偉大なスケーターだ。

 幼いヨナが自らの資質に自覚的であったはずはない。しかし彼女に与へられた感受性は、確かに、やがて開花する自身の才能を呼び起すのに最も相応しいスケーター、クワンを見いだしたのだ。

 ヨナはこの後も、出会ふべき時に出会ふべき人に出会ひ、その巨大な才能を存分に開花させていくことになる。

 が、その前段、幼少期・ジュニア時代のヨナにとって、厳しい練習はただただ辛いものだった。引退後、ヨナは「選手生活17~18年のうち辛かった記憶が80%~90%」「幸せだと感じた記憶は数パーセントもない」と語ってゐる。

http://japanese.joins.com/article/709/203709.html

 2010年のバンクーバー五輪直前に出版された彼女の自伝を読むと、当時がいかに辛かったがよくわかる。スケート後進国であった韓国には専用の練習場がなく、彼女は朝早くか夜遅く、寒いリンクで厳しい練習に励んだ。

 結果、睡眠が不足する。休養が不足する。

 肉体が成長するためには十分な休息が必要だ。技術的はどんどん進歩する。が、過度の練習は、骨も筋肉も未熟である彼女の肉体が許容できる範囲を超えてゐた。足首が、膝が、腰が、悲鳴をあげる。

 かういふ場合、われわれ東アジア人はたいがい根性で乗り切ろうと考へる。痛みに耐えて精神を鍛へようといふのである。ヨナの母はさういふ教育方針だった。

 思春期には多くの人が自殺を考えるものだと思う。練習がうまくいかないとき、わたしも考えることがあった。けれど、それはとてもデリケートな言葉で、実際、死ぬのはとても怖かった。やはり生きたいと思った。はは!

 「もし、わたしが自殺しようとしたら母はとめるだろうか。きっととめない。死んだらすっきりする、くらいのもので、むしろ喜ぶかもしれない」あの頃のわたしは、愚かにも、こんな風に思ったりしたものだ。

                           ヨナ、前掲書

  国際競技会に出場するやうになり、ジュニアグランプリにも参戦し、好成績をおさめるが、彼女のスケートに少女らしい天真爛漫のきらめき、みたいなものはない。痛みに耐え、孤独とともに生きることに慣れた女の子の姿がそこにある。

 映画「ムーラン・ルージュ」から「One Day I"ll Fly Away」。

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I follow the night

Can't stand the light

When will I begin

To live again?

わたしは夜に生きている

光に耐えられなくて

いつになったら始められるの

新しい人生を もう一度

One day I'll fly away

Leave all this to yesterday

What more could your Love do for me?

When will Love be through with me?

いつか飛び立つの

すべてを昨日に残して

これ以上 あなたの愛は望まない

いつかわたしは自由になる あなたの愛から

 丁寧なすべりだ。一つ一つの動作を、振りを、愛ほしむやうにすべってゐる。肩の力の抜け方が見事で、腕全体の動きが常にしなやかで優雅だ。どこかで断絶が起こるといふことがない。ジャンプも大柄で着氷もやはらかい。

 One Day I"ll Fly Away

 自殺を考へるほどに、彼女が抱へてゐた痛みと孤独は巨大だった。しかしこの歌のとほり、彼女はやがて飛び立つことになる。苦しみや寂しさを作品の内に昇華させる日が来る。

 そのためには、まづ、稀代の名振付師デイヴィッド・ウィルソンとの出会ひが必要だった。シニアに上がった2006年~2007年シーズンから引退まで、ウィルソンはヨナのほとんど全てのプログラムを手がけることになる。

 ウィルソンは愉快な男だ。写真のとほりの、表情豊かなこのご機嫌ナイスガイが、おそらくヨナに最も影響を与へ、その芸術的才能を開花させた人物だ。

 2006年5月、15歳のヨナは新シーズンのプログラム作りのため、カナダのトロントにウィルソンを訪ねた。

 ウィルソンは前シーズンに振り付けを担当してゐたジェフリー・バトルから、ヨナについてこんな風に聞かされてゐた。

「彼女はとても才能があるけれど、幸福なスケーターとは言えないよ」

Choreographer Wilson regrets 'transformative' Kim's early retirement | The Japan Times

 当時のヨナは内気でおとなしく、笑はず、練習中も泣いてばかりゐた。ウィルソンは反対に、陽気で楽しいジェントルマンだ。

「はじめの三ヶ月、最も注力したのは彼女を笑顔にすることだったよ。毎日、どうしたら彼女を笑顔にできるか、いや、笑わせられるかって考えていたんだ」

 やがてウィルソンの努力は実を結び、ヨナは変はりはじめる。自伝にはかうある。

 ウィルソンのたゆまぬ努力のおかげで、わたしは少しずつ、心を開くことができるようになり、彼に会うと自然と笑顔がこぼれるようになった。彼と一緒にいてわたしの内向的な性格がゆっくりと変わり始めたのだ。彼は一度としてわたしに大げさな表現を求めたり、あるいは内気な性格を克服するようせまったりしなかった。ただ、静かにわたしの練習を支えてくれた。

 いつのまにか、わたしはごまかさず、自信を持って表現ができるようになった。わたしの心の深いところにある、恥ずかしくて表現できないものを、動きと表情に変える仕方を教えてくれたのは、たしかにデイヴィッド・ウィルソンだ。

 練習がうまくいかなかったり、傷ついたりすると、きっとウィルソンが微笑みながら現れた。彼に会うとわたしは安心した。ウィルソンはこんなことを言ったことがある。「毎日完璧ってわけにはいかないよ。ヨナ、うまくできるって自分でわかってるはずだよ。そこに自信を持っていればそれでいいのさ」

                           ヨナ、前掲書

 自伝の中でウィルソンに言及してゐる部分が一番いきいきしてゐる。ヨナが彼のことをどれだけ好きかがよくわかる。

  ではウィルソンは彼女の才能をどう評価してゐたのか、上のインタビューから拾ってみよう。

 「ヨナは生まれながらの表現者なんだ。カメレオンみたいだよ。ぼくは素晴らしいスケーター達と長いこと仕事をしてきたけれど、その学ぶことの速さときたらまずトップだね。こちらが見せたものを即座に真似できてしまうんだ」

「彼女は普通の人とは別の次元で音楽を聞いているようだよ。音楽から離れることがない、決してね。彼女の本能みたいなものなのかな。」

 ヨナとウィルソンが初めてタッグを組んだ記念碑的作品が、美しい、「揚げひばり(The Lark Ascending)」だ。

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 まだ身体ができあがってゐない。筋力も十分ではないし、脂肪が少なく女性的な肉体の美に乏しい。体力もまだまだで後半疲れてゐるのがよくわかる。明らかに腰を痛めてゐて、足が高くあがらず特に腰の反りが甘い。

 ヨナも自伝に「この曲を聞くと、当時の身体の痛みを思いだす」と書いてゐる。「一番辛かった頃のプログラムで、まっさきに思い浮かぶのが全身傷だらけだった記憶だ」と。

 彼女はまだ、この音楽が表現する雲雀の軽やかな飛翔を自分のものにできてゐない。しかし、確かに、きっと飛翔するであらう、大空を自由に飛ぶだらうといふ「予兆」を感じ取ることができる。

 ウィルソンの言ふとおり、ヨナは一瞬たりとも音楽から離れない。加速のための一歩にも、毎度お決まりの冒頭のジャンプにもしっかりと音楽が宿ってゐる。

 腕を上から下に、或いは下から上に移動させる、その時の動線のやはらかさ、肩肘手首がいかに一体的に動き、いかに優しく空間に触れてゐるかに注意しよう。かういふのを「ギフト」といふのだらう。

 5分22秒頃、また、5分40秒頃を見てほしい。ヨナが両手を胸の前で合はせて、ゆっくりと前方に押し広げる振りがある。ぼくの感覚では、ヨナが最も美しく見え、そして最も豊かな情感が宿るのがこの動作をするときだ。

 この振りに何を感じるかと言ったら、やはり「祈り」だと思ふ。祈りの姿は清らかで美しく、言ふまでも聖性に道を通じた営みだ。

 このモチーフは後に紹介するプログラムに繰返し、何度もでてくるから、是非覚えておいてほしい。

 さて。

 ヨナはウィルソンに会ひに行ったトロントで、もう一人重要な人物と出会ふ。やがて「金メダル請負人」と呼ばれことになるブライアン・オーサーだ。

 オーサーは84年(サラエボ)と88年(カルガリー)の2度オリンピックに出場しともに銀メダルを獲得、87年の世界選手権では金メダルに輝いた世界チャンピョンで、引退後はアイスショーを中心に活躍してゐた。

 2006年春、オーサーは友人トレイシー・ウィルソン(カルガリーオリンピック、アイスダンスの銅メダリスト)の誘ひを受けてトロントクリケット・クラブでヘッドコーチになることに決めた。彼はスケーティング・スピン・振り付け等それぞれの分野のプロフェッショナルを呼び集め「チーム・ブライアン」の結成にとりかかった。

 しかし、コーチ業に専念といふのではなく、プロスケーターとしてショウへの出演は続けてをり、彼自身、コーチとしてのスタイルを模索してゐる時期だった。

 そこへ、ヨナがやってきた。

 当時のオーサーにとっては、名前を聞いたことも、顔を見たこともない小さなアジア人の15歳の少女だった。

 ところが、ちょっと滑ってもらったとたん、私は腰を抜かしました。生まれ持っての才能、天賦の才というのはこれを言うんだなと思いました。しかし、彼女は不幸そうに見えました。笑顔がなく、とても辛そうにスケートをしていました。

     ブライアン・オーサー『チーム・ブライアン』講談社、2014年

  ヨナはオーサーの指導が気に入った。

 指導を受けてみて、彼と練習するのはとても心地がいいなと思った。彼は自分の優れた技術を相手に押し付けることはしなかった。ただ、わたしが失敗したときにそれを修正してくれた。また、彼は口数が多いばかりで生徒を混乱させ集中力を殺ぐタイプではない。

 わたしは彼の落ち着いた性格がとても好きだ。わたしの力を信頼してくれていて、次の進歩に必要な要素を見つけだしてくれる。

                           ヨナ、前掲書

 夏の間オーサーの指導を受けた彼女は、母にかう言った。

「オーサーと一緒にトレーニングできたらいいと思う。お母さんはどう思う?」

 母は同意した。そしてオーサーに、プロスケーターを引退しコーチとして専任で教へてくれるやう依頼した。最初は断ったオーサーだったが、ヨナ側のたっての願ひに、とうとう承諾することに決めた。

 オーサーは2007年4月の公演を最後にショーから引退しコーチ業に専念することになる。

 「腰を抜かすほどの才能」が「未来の名コーチ」をその気にさせたのだ。ヨナはスケーターとして、オーサーはコーチとしてそれぞれがダイヤの原石だった。ここからバンクーバーで金メダルを獲得するまで、才能と才能が互ひを触発しながら高めあってゆくといふ幸福な関係が続く。オーサーは自らのコーチングスタイルを確立し、ヨナはそれを吸収し、才能を開花させる。

 しかし私はいまだに不思議なのです。コーチとしての実績がまるでない私に人生を託すとヨナは決めたのですから。私たちは彼女たちに誠実に接し、彼女たちは私たちを信頼しました。そして彼女たちはチャンスをつかみ、私の人生を変えました。

                         オーサー、前掲書

 先に2006年~2007年シーズンのFSプログラム「揚げひばり」を見たが、ここで、SPを見てみよう。2001年の映画「ムーラン・ルージュ」から「ロクサーヌのタンゴ(El Tango de Roxanne)」。振り付けはトム・ディクソン。

 ちなみにヨナは2005年~2006年も同じ曲で滑ってゐる。「この曲をやることで、初めて表現力の重要性に気がついた」と自伝にある。

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 「揚げひばり」とは対照的な、情熱的な音楽だ。彼女のリズム感がいかに優れてゐるかが見てとれる。シニアデビューした初めてのシーズンだが、ここでもう彼女のトレードマークである冒頭の三回転×三回転ジャンプが完成されてゐるのがわかる。

 助走時のスピード感、無理のない踏み切り、空中時の安定した軸、着氷の美しさ、それらを総合して見てときの「大柄さ」。

 「大柄」とはのびのびとしてゐるといふことであって、窮屈さがないといふこと、「セーノ、エイ!」的な必死さがないといふこと、余裕があるといふこと、要するに見てゐて気持ちよく、大らかなな気持ちになるといふことだ。

 余裕があるから、踏み切りも着氷も音楽から乖離することなく、「表現」になってゐる。

 二年続けてこの曲で滑ったことでヨナは「どうしたら観客、審判との一体感を作り出すことができるか」がわかったと書いてゐる。

 素晴らしいプログラムだが、16歳の少女にタンゴが要求する官能を表現することはできない。 しかし、幸ひなことに、ヨナは2012年のアイスショーにおいて、更に洗練された技術と成熟した肉体をもってこの傑作プログラムを再演してゐる。それは後に紹介するので、是非、少女ヨナのタンゴを覚えておいてほしい。

  続いて2006年~2007年シーズンのエキシビション、1998年の映画「ムーラン」の主題歌、クリスティーナ・アギレラのボーカルが素晴らしい「Reflection」。

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 傑作だ。ヨナにはバラードがよく似合ふ。

 ぼくの感覚では、SP・FS・EXの全てが傑作であるシーズンはシニアにあがった2006年~2007年、バンクーバー五輪の2009~2010年、ソチ五輪の2013~2014年の3シーズンある。かうした節目の年に自分に相応しい傑作を揃へてくるあたりがヨナの凄いところであり「もってる」ところだ。 

Look at me

You may think you see

Who I really am

But you'll never know me

Every day

It's as if I play a part

わたしを見て

あなたはこれが本当のわたしだと

思うかもしれないけれど

それは違う

わたしは毎日

役割を演じているだけ

Now I see

If I wear a mask

I can fool the world

But I cannot fool my heart

気づいたの

仮面をつければ

世界を欺くことはできる

けれど 自分は欺けない

Who is that girl I see

Staring straight back at me?

When will my reflection show

Who I am inside?

わたしをまっすぐ見つめ返す

この少女は誰?

本当のわたしに

いつ出会えるの?

「揚げひばり」の項で紹介した「両手を胸の前で合はせて、ゆっくりと前方に押し広げる振り」またはそれに類する動きが何度も登場したがお気づきになられたであらうか。

 もう一つ、それに近い動きにも言及しておきたい。右手か左手、どちらか片手を頭の後ろ、或いは首の横あたりにもってゆき、体に触れるか触れないかといふ距離で輪郭にそって這はせながら胸の前におろし、優しく握りしめ、前方の空間に開放する、といふ動き。これがまた素晴らしい。本当に優雅だ。

 例へば1分4秒、2分18秒あたりに右手で、3分8秒秒あたりに左でこの動きをつくってゐる。これもまた以降のプログラムで何度も出てくるモチーフだ。

 ヨナはこんなシンプルな動作に舞踊の美を宿すことができる人だった。ウィルソンはヨナと組んだ初めてのシーズンで早くも、彼女が最も美しく輝く所作を発見したのだ。

 ヨナが本格的にオーサーの指導を受けるやうになったのは2007年に入ってからのことだ。オーサーによれば、ヨナの唯一の欠点は「練習をしすぎること」だった。

 私が引き受けたとき、ヨナは15歳でした。オリンピックを19歳で迎えるという、まさに成長期です。私から見るとヨナはスケートのしすぎでしたし、彼女がいつもケガを抱えているのは、まちがいなくこのためでした。

                         オーサー、前掲書

 オーサーは「苦しくて辛い練習が多いほうがよい」と考へる東アジア的なガンバリズムからヨナを解放し、スケートを滑る喜びを伝へようとした。

 そのためにはとにかく「痛みに耐えることが常態」といふこれまでの量を重視した練習から、短時間でも質のよい練習をするといふやり方に方向を変へる必要があった。

 しかしその際、オーサーは決して自分の考へを押し付けることはしなかった。オーサーはヨナとの間に主従関係を作らなかった。いつもヨナの気持ちを尊重し、話し合ひ、彼女にあったスタイルをつくっていった。

 小さかった頃の韓国での練習と、ブライアン・オーサーコーチとの練習にはたくさんの違いがある。一番の違いは、コーチが選手に教える、選手がコーチから習う、という関係ではないことだ。わたしたちはいつでも互いの考えをもちよって話しをする。表現したいこと、感じたこと、意見をあわせて、共に道を歩いてゆく。わたしの英語力は少しずつ、そうした話ができるくらいにまで上達してきた。子供のころのやり方はその時の自分には合っていたかもしれないけれど、今のわたしにはブライアンのスタイルがいい。彼はわたしの気持ちや状況を理解し、わたしの意見を聞き、わたしと一緒に今後の方針を決める。だから信頼も深くなって、楽しさも増す。こんなあたりがブライアンの素晴らしいところで、わたしの好きなところだ。

                           ヨナ、前掲書

 練習量を減らすといふオーサーの方針が、すぐにヨナに理解されたわけではない。

 ヨナは長時間の激しい練習をやめなかった。疲労が蓄積されて筋肉はパンパンになる。十分な休息をとらぬままに、また、滑って転ぶを繰り返す。当然、痛みは消えない。

 さうして向かへた2007年~2008年シーズンはオーサーによれば「ヨナが一年間泣き続けていたことしか印象にないシーズン」だった。腰痛が悪化し、2008年の2月には世界選手権の直前に三週間の休養をとらなくてはならなかった。

 このシーズンのプログラムは、前シーズンが傑作揃ひだったのに比べるとずいぶん見劣りする。

 SPの「こうもり(Die Fledermaus)」,FSの「ミス・サイゴン(Miss Saigon)」ともに、正直に言って退屈な作品となってゐる。続けて見てみよう。

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 ヨナはとてもキュートだし、丁寧に振り付け通りに滑ってゐるけれど、作品としてはつまらない。

 一番はやはり音楽だ。SP、FS両方とも、ヨナに合ってゐない以前にスケートに合ってゐないのかも知れない。さう思ひたくなるほどに、曲想に統一感がなく、ひどくまとまりを欠き、散漫だといふ印象を受ける。デイヴィッド・ウィルソンの振り付けも精彩を欠いてゐる。それは音楽がいまいちなのだから当然のことではあるけれど。

 以下の言葉から明らかなやうに、コーチのオーサーもこの二つのプログラムにはさしたる評価を与へてゐない。

 いつも課題になるのは、毎シーズン違うタイプの曲をやってみることでした。オリンピックシーズンに最高のプログラムにたどり着くためには、さまざまな方向をすべて経験する必要があったからです。第一印象で気に入らないと思ったものでも、こんな曲は難しすぎると思ったものでも挑戦の時期が必要です。振り返ってみれば、2007-2008年シーズンのショート「こうもり」のワルツやフリーの「ミス・サイゴン」、2008-2009年シーズンの「シヘェラザード」を経験していたからこそ、何がやりたいのか、何が最適なのかが見えていったのです。

                         オーサー、前掲書

 怪我が完治せぬままに、ヨナは世界選手権に出場した。銅メダルを獲得したものの、世界チャンピョンのタイトルが欲しかったヨナにとっては満足のいく結果ではなかった。この時の悔しさがヨナを変へ、次の2008~2009年シーズンにヨナは覚醒する。

 その前に、2007~2008年シーズンのEXプログラム、映画「ウォーク・トゥ・リメンバー」の挿入歌「Only Hope」をどうぞ。

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There's a song that's inside of my soul   

It's the one that I've tried to write over and over again

I'm awake in the infinite cold

But you sing to me over and over and over again

わたしの心の中に歌があるの

何度も繰返し 書きたいと思った歌

果てしない寒さの中に わたしは目を覚ます

でもあなたは 何度もわたしに歌いかけてくる

So I lay my head back down

And I lift my hands

And pray to be only yours

I pray to be only yours

I know now you're my only hope

だからわたしは横たわり

両手をのばして祈るの

あなただけのものになりたいと

あなたはわたしの唯一の希望だから

 前シーズンに続いてEXはバラード。ヨナは本当に内省的な祈りの表現が得意だ。腕の動きのしなやかさは言ふにおよばず、スピンや足下の技術に顕著な向上が見てとれる。技術が向上したことによって、自然とそこへ舞踊的な美が、情感が宿ってゐる。

 例へば、1分30秒頃のつま先を左右180度に開いて足下に円弧を描くモーション。これなどは氷上でなければ絶対につくることのできない動線であるが、体重を氷に落とし、すっとスピードをつけて弧を描き、氷から帰ってきたエネルギーを全身に行きわたらせて次の動きにつなげる。そこに緩急が生まれリズムがうまれる。

 この振りもヨナが得意としたもので、後のプログラムで多様されることになる。もちろん、その精度を驚くほど向上させて。
 それから3分15秒あたりのレイバックスピンも素晴らしい 。このあたり、チームブライアンでスピン専門のコーチから受けた指導がはっきりとした成果として出てゐる。本当に、息を呑むほど美しい。

  が、ヨナはこんなものではない。

 ヨナの才能は彼女自身が「自分のスケート人生で最も大事なシーズン」と語る2008~2009年シーズンに爆発する。

 

                                       ヨナの覚醒

 

フィギュアスケートは誰かと戦いではなく、

国同士の戦いでもなければ、選手と選手の戦いでもない。

果てしなく孤独な自分との戦い、ではなおさらない。

わたしの考えるフィギュアスケートとは、

舞台上で、音楽と観客と一つになることで生まれる映画のようなものだ。

その短い時間に、わたしは自分の全てを表現する。

演技を通して、喜びや幸せを観客と共有する美しいスポーツだ。

                           ヨナ、前掲書

 2008~2009年シーズン。ヨナは怪我に悩まされ続けた前シーズンの反省から、やうやくオーサーの言を聞き入れる。練習量を減らし、質を重視した1日に2時間程度の集中した練習に切り替へた。

 結果、成長期である18歳のヨナの身体は大きくなり、体力がつき、痛みが和らいでいった。臀部から背中の筋肉が見違へるほど発達し、女性らしい脂肪がそれを覆った。力強く氷を踏むことができるやうになり、スピードが格段にアップし、ジャンプはさらに大柄になる。

 もう一つ、或いはもっと重要なことはチーム・ブライアンの指導を受けはじめてから2年が経過し、コーチ陣達との関係が親密になったことだ。チームとヨナとの間に信頼感が生まれ、オーサーによれば2008年末頃には「何も言わないでも意思が通じる関係」になった。

 かつては泣いてばかりゐたヨナから自然に笑顔がこぼれるはじめた。

 チーム・ブライアンがヨナの心をほぐし、ストレスをやはらげ、自信をつけさせるために行った努力は実に感動的だ。

 才能は努力だけでは開花しない。

 おそらく何よりも「自信」をつけなくてはならない。自信は一人では獲得できない。周囲の人間の、長期間にわたる、丁寧なサポートが必要だ。

 チーム・ブライアンの全メンバーがヨナの孤独を埋めました。振付師のデイヴィッド・ウィルソンもジェフリー・バトルも、他のスタッフもみんな、ヨナは特別に可愛い生徒なんだと、つねに伝えていました。「あなたの帰る場所があるのよ」と言ってあげることが、厳しい戦いを続けている選手にとって必要なのです。それを私は現役時代に痛いほどわかっていました。どんなことがあっても、結局最後はそこに帰ってくる、という安心感が大事なのです。

 そのためには、みんながヨナのありとあらゆることに気を配りました。ジャンプだけでなく、ヨナの手の振り方、膝の使い方、目線の使い方など、あらゆる細部について、全員が意見を出しました。「私がこのリンクの主役なのだ」と感じることがヨナにとって必要だったのです。

 私たちは4年間かけてヨナの喜びを彼女の外に引き出そうとしましたが、それはタマネギをむくようなものです。真ん中にたどり着くまでに、すべての皮をむかなければならず、結局、3年近くかかったのでした。文化の変化やトレーニングの違いに適応し、ヨナが完全に変化するには、それだけの時間が必要だったのです、でもそれは興味深いプロセスでした。私はそのすべてを楽しみました。私たちは素晴らしい関係を築きました。シーズンを追うごとに彼女はうまくなり、私たちもコーチとしての腕を上げたのです。

                         オーサー、前掲書

 2008~2009年シーズンのSP「死の舞踏(Dance Macabre)」は歴史的傑作だ。

 この曲は振付師のウィルソンがもってきた。ヨナはすぐにこの曲を気に入り、一発でこれに決めたといふ。オーサーによれば、この曲に出会ったときに、自分達がオリンピックの金メダルに向かって大きな角を曲がったと確信したのださうだ。

 この作品によって、そして体力、意気ともに最高度に充実した状態で迎へた2009年の世界選手権によって、ヨナは完全にこれまでとは別の次元に飛躍する。こんなことがあるのか、と絶句するほどの、とてつもない飛躍を。

 ヨナは真夜中の墓地、激しく、怪しく、踊り狂ふ、死神になる。 

 「死の舞踏」

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  古代におけるシャーマンとか、巫女とかいふ人たちはひょっとしたらこんな感じだったのではないだらうか。彼女は完全に異界への扉を開く依り代となってゐる。ここでヨナが到達した音楽との一体感、そして憑依力は、まことに、空前絶後だ。何度見てもあまりの完成度の高さに衝撃を受ける。

 表現力は感じる力と、イマジネーションと、技術により生まれる。

 第一に感じる力とは、まづ音楽をきちんと理解してゐるかといふこと、リズム・メロディ・ハーモニーを全身で感じとる力。そしてその音楽と自分の身体に合はせて作られた振付を内面化する力。

 第二にイマジネーションとは、音楽と振付と身体、衣装、メイク、そして観客、それら全てを一体のものとして具象化するための構想力。自分は今、この瞬間、このやうに動かねばならない。そこに美が宿り、それが舞踊になるのだ、といふ確信。

 第三に技術とは、イマジネーションと身体を結びつける触媒であり、才能を表現へと導く道のことである。

 ヨナはこれら全てを十全に兼ね備へた、疑ひやうのない天才だ。

 フィギュアスケートのプログラムは高い点数を取って勝つために、計算づくで作られる。だから毎度冒頭には三回転×三回転のジャンプを入れて、スパイラルはこれで、スピンはこれで、できたら後半にもジャンプを・・・ごにょごにょごにょ、といったシロウトにはよくわからないモロモロとイロイロがあるのだらう。ぼくもよくわからん。

 ヨナのスケートの凄いところは、さうした点取り競争的背景をまったく感じさせないところだ。

 冒頭のコンビジャンプも、最後のスピンも、いつも同じことをやってゐる。しかしヨナは同じムーブメントを様々な表現にすることができる。それぞれのプログラムに合はせて一つ一つの要素を全体の構想の中にはっきりと位置づけ、また、意味づける。バラバラのまま提出する、といふことがない。それはヨナのイマジネーションが強力だからだ。

 音楽が、振付が、身体が、衣装が、メイクが、すべてが強烈に主張しながらも、それらが渾然一体となって一つの世界を作ってゐる。

 「死の舞踏」はおそらく、作品の完成度といふことに関しては、これがヨナの最高傑作だらうと思ふ。何もかも完璧で、どこか取り出してここがすぐれてゐる、などと言ふことが野暮に感じる。再び、空前絶後の奇跡的パフォーマンスだ。

 続いてFSの「シェヘラザード」を見てみよう。

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  先に引用したオーサーの言葉にもあった通り、「シェヘラザード」は取り立てて言ふところのないプログラムで、「こうもり」「ミス・サイゴン」と同じく、どういった曲がヨナを最も輝かせるのかを知るための試験的な作品としては見る価値があるかもしれないが、実際、その程度のものであり、たいした作品ではない。

 オリンピックシーズンに最高のプログラムを作り出すためには、どうしてもこれらパッとしない作品が必要だった、といふことだらう。

 さて、ヨナは2009年の世界選手権で優勝し、悲願であった世界チャンピョンの座を手に入れた。

 オーサーは世界選手権後のヨナについて面白いことを言ってゐる。

 2009年3月の世界選手権で優勝したあと、突然、ヨナが少女から女性に成熟しました。いまでもそのときのことをはっきりと覚えています。世界選手権が終わって、韓国で行われたショーに行ったときのことです。デイヴィッドと私はホテルのロビーで彼女が来るのを待っていました。ヨナはスポンサーについている会社の講演会があったのです。彼女はビジネススーツを着て、髪をおろし、歯列矯正器を外していました。自信にあふれ、堂々と歩いてきた美女を見て、デイヴィッドと私は顔を見合わせて言いました。

「ああ、僕たちの小さな女の子はすっかり大人になってしまったね」

 彼女は完全な自信を手に入れ、世界女王の貫禄を身につけたのです。歯列矯正器を外したとたんに、突然といってもいいほど美しい女性になりました。しかも性格まで変わってしまったのです。とてもくつろいだ、柔らかい笑顔が見られるようになりました。

                         オーサー、前掲書

  世界女王となり完全な自信を手に入れたヨナに死角はなかった。チーム・ブライアンの布陣は磐石であり、相互の信頼も厚い。体の痛みは完全に消えた。

 そして、最高のプログラムを用意して2009~2010シーズンに突入した。

 ヨナが落ち着いて、普段通りのパフォーマンスをすれば必ず金メダルがとれる。オーサーはそのために綿密なスケジュールを組んだ。

 いつ、どの程度の力を入れてどの競技会に出るのか。どこで休息をとるのか、何日前に会場に入り、どのやうな準備をしたらいいのか。2月のオリピック本番に最高のコンディションに持っていくために、チーム・ブライアンとヨナは完璧な準備をした。

 バンクーバーにいる間中、彼女はとてもリラックスしていました。私はずっと彼女を見ていましたが、気になる部分はなく、問題が起こる気配はりませんでした。彼女は「そんなに緊張もしなかった」と後になって言いさえしました。彼女はとても落ち着いていた。

                         オーサー、前掲書

 最高のプログラム、最高のスケジュール、最高の人間関係に囲まれて、ヨナは、最高のコンディションで本番を迎へた。ヨナには自分が完璧な演技をする、その様がはっきりと見えてゐたに違ひない。ありありと見える明確なビジョンを、自分は現実化できる。不安要素はない。失敗するわけがない。

 果たして、ヨナは本番でSP・FSともに完璧な演技をし、ともに世界最高得点を更新し、金メダルを獲得する。

 まづ、SPは「007ジェームズ・ボンド・メドレー」。YouTubeで見てください。

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 ヨナが滑った全プログラムのなかで一番楽しく、痛快な作品だ。女性として成熟したヨナが持ち始めた色気、怪しさ、大胆さ、ずる賢さ、小憎らしい感じ、ひっくるめて小悪魔的な魅力が存分に発揮されてゐる。ウィルソンの振付が憎らしいほど素晴らしい。2分10秒頃の足下から銃を取り出す振りなど、本当に秀逸だ。

 いつものことだがヨナのリズム感、緩急のつけかたには唸らされる。例へば、2分24秒頃、曲調が変はってスパイラルに入る瞬間、それから3分8秒頃にステップシークエンスに入る瞬間。ここしかない、といふタイミングで足をあげ、テンションを変へてゐる。かういふタイミングの取り方が出来るかどうかで観客との一体感が決まってくる。

 つまり世界感がどこかで中断することがないから、観客はずっとヨナの表現に没入してゐることができ、一瞬も「醒めた」状態にさせない。

 ちなみに、自伝によれば、ヨナはウィルソンから007の映画のDVDをプレゼントされて見たのだが、字幕がなくて筋がわからず、雰囲気を知ることはできたが、あまり面白くなかった、とのことである。

 続いて、FSはガーシュウィンの「ピアノ協奏曲(Concert in F)」。

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 「キム・ヨナと言へばこれ」といふプログラムで、おそらく多くの人の記憶に一番強く残ってゐるのがこれだらう。テレビでヨナがとりあげられるときにちょっと流れるVTRなどもたいがいこのオリンピックパフォーマンスだ。それほど鮮烈で完璧で、あるスポーツライターは「わたし達の世代のコマネチ体験だった」などと書いてゐる。

The Sad, Perfect End of Kim Yuna's Figure-Skating Reign - The Atlantic

 ヨナも自伝のなかで「これまでで一番すぐれたプログラムだと思う」と書いてゐる。確かにこれは他の作品とは違ってゐる。たいへん、不思議な、異色のプログラムだ。

 何がこのプログラムを他とは違ふ傑出したものにしてゐるのか。その特殊さはどこからくるのか。

 それはおそらく、この作品が、他の全作品がもってゐるあるものをもたないないことによる。あるものとは「物語」「情念」「キャラクター」、即ち「テーマ」だ。

 SP・FSを問はず、他の作品は、はっきりとしたわかりやすいテーマを持ってゐる。オペラや映画の曲であれば当然その物語とキャラクターをなぞることになるし、物語がなくても、求愛であったり、祈りであったり、空翔るヒバリであったり、必ず何かを演じたり、情念を表現をするといふテーマがある。

  そしてヨナは憑依の名人であるから、キャラクターになりきったり、情念に共鳴するのが得意なのだ。

 ところがこの「ピアノ協奏曲」にはそれがない。キラキラした感じ、豪快な感じ、しっとりした感じ、チャーミングな感じ。等々、あるのは、ピアノとオーケストラがポコポコポコと提出する断片的なモチーフの数々。ヨナは何も演じてゐない、いかなる情念も代弁してはゐない。

 だからこのプログラムを見ると一種不思議な感じに囚はれる。一瞬、どんな風に見たらいいのかな、と戸惑ふのだ。ひょっとするとコンテンポラリー・ダンスを見る感覚に近いかもしれない。

 このプログラムほど「生のヨナ」が全面に出てゐるものはない。10代最後、とびっきりの女の子が放つ輝き、何にも奉仕しない完全に無意味なエネルギーの放出がこのプログラムの魅力だ。

 このオリピックでの演技において、ヨナの身体には自身の才能、チーム・ブライアンの情熱、そして韓国国民の夢が宿ってゐる。ヨナはそれらを完全に受け止めて、この4分間に一気に昇華させた。神々しく凄烈な光を放ち、しかも最高にエレガントだ。

 あまりに偉大な達成に、溜息をつくほかない。

 EXプログラムは「タイスの瞑想曲」。敬虔な祈りに満ちた、解説不要の傑作。

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  シーズンを終へた2010年春。ヨナは悩んでゐた。

 四大大会(グランプリファイナル・四大陸選手権・世界選手権・オリンピック)で全て優勝し、SPの最高得点もFSの最高得点も自分が持ってゐる。

 ヨナは目標を失った。辛い練習に耐えられたのは明確な目標を持ってゐたからだった。

 彼女は今後の進路を考へながら、のんびりと練習してゐた。

 引退も考へた。けれどまだ19歳、引退するには早過ぎる。もう少し負担の少ないやうな形で選手を続けてみよう。

 5月末、ヨナは会見を開いて現役続行を宣言した。

 「これからは負担なく競技を楽しむのが目標になりそうだ。シェヘラザードから007まで多くの演技をしてきたが、まだ見せられなかったものが多い。今後もさまざまなキャラクターを演じたい」

<フィギュア>キム・ヨナ「選手生活を続ける」 | Joongang Ilbo | 中央日報

 そして8月、トロントで次のシーズンのための準備を始めてゐたヨナは、謎めいた決断を下す。

 ブライアン・オーサーとの決別である。

 

              珠玉

 

 ヨナと一緒にいた3年半で、私は彼女に何を与えることができたのか。彼女がこう答えてくれたら嬉しいですね。「スケートを滑る喜びを、ブライアンが発見させてくれた」と。金メダルなどよりも、そのほうがずっと大切な宝物になります。もし彼女がそう感じられたなら、私もデイヴィッドもトレーシーも、彼女の人生を豊かにしたことになります。光栄なことです。彼女がどう答えるかわかりませんが、でも私はヨナにスケートを滑る喜びを贈ったのだと信じています。

                         オーサー、前掲書

 ヨナとオーサーとの決別は2010年の夏、さかんにメディアを賑はした。とても唐突で、不可解で、その経緯は素直に言って、見てゐて気分のいいものではなかった。

 オーサーによれば、8月2日、ヨナの母から「これ以上ヨナを教へないで欲しい」と言はれ、契約解雇通知を受けた。理由を聞いたが教へてくれなかった、とのことだ。

 一方、ヨナのマネージメント会社によれば、「オーサーが浅田真央サイドからコーチの依頼を受け、思案中」といふ報道があった5月頃から関係が不穏になりはじめ、ヨナは一人で練習してきた。ウィルソンと新プログラムの準備を進めてゐたが、8月23日にオーサーから、これ以上ヨナのコーチはできないといふ通告を受けた。

 二人は同じトロントクリケット・クラブにゐながら直接話をすることなく、メディアを通じてそれぞれの主張を繰り返した。 

 ヨナは自身のホームページに「その経過を公開したくもないし、公開する必要もない。あくまでも我々だけの問題だ」と書いた。

「もう我慢できない」金妍兒、オーサー・コーチを批判 : 東亜日報

 本当のことはわからない。

 いろいろと憶測を述べることはできるが、それは「キム・ヨナの芸術」の趣旨から逸れることになるから何も書かない。

 とにかく、ヨナとオーサーは決別し、振付師ウィルソンとの関係は継続することになった。もし二人が決別することなく、ヨナ&オーサーのコンビがソチ五輪まで続いてゐたら彼女のスケートはどのやうなものになっただらうか。

 ぼくにはまったく想像ができない。

 なぜなら、決別後、引退までに発表する彼女のプログラム、彼女の成熟した表現があまりに素晴らしく、これ以上の達成がまったくイメージできないからだ。

 オーサーと決別した後のヨナの成熟を思ふと、遅かれ早かれ、いづれ別れはきたのだらうと感じる。方向性を共有することが、どこかの時点でできなくなったはずだ。

 冒頭に「バンクーバー金メダリストとして記憶されることを願いますか」といふ記者からの質問を紹介した。ヨナはそれに「否」と答へたが、やはり、そこはメディアの宿命、フレーズとしては「バンクーバーで金をとったキム・ヨナ」と紹介されることが多いし、その時の映像や写真が出る、といふことになってゐる。

 それは仕方のないことだが、ぼくの考へでは、ヨナが本当に凄いのはバンクーバー以後である。少なくとも「キム・ヨナの芸術」の観点から言へば、断然バンクーバー以後である。

 ぼくはほとんどこの一事を言ひたいがためにこの長い文章を書いてゐる。

 フィギュアスケートはスポーツと芸術が融合したものであり、二つの側面を持ってゐる。と先に述べた。

 融合してゐるから、なかなか截然と分かつことのできないものではあるが、便宜的に「スポーツ的な発想」と「芸術的な発想」があると仮定しよう。

 スポーツ的な発想とは数値化可能な目標を重視する。大会を連覇すること、メダルを一つでも多くとること、一点でも高い点数をとること、ジャンプの回転数をあげ、回数を増やすこと・・・等である。

 芸術的な発想は動きの質、表現の豊かさを重視する。それはここまでに繰返し述べてきたことだ。肉体があることそのものの喜び、聖性、美、人間の理想や可能性、音楽との一体感。点数は重要ではない、ジャンプの回転数も重要ではない。三回転ジャンプより四回転ジャンプが偉い、とは考へない。スピンは速いほうがよい、とは考へない。

 ヨナはバンクーバー五輪で金をとるまでは両方をバランスよく持ってゐた。どうしても優勝したいと思ってゐた。金メダルが欲しいと思ってゐた。当然のことだ。競技会に出るのだから。

 もしヨナがスポーツ的発想の強い人、或いはほとんどスポーツ的発想しかない人であれば、バンクーバー後の目標は「オリンピック連覇」であったらう(或いはあっさり引退か)。しかしヨナにとってそれはモチベーションにならなかった。

 ヨナはスポーツ的発想の分かりやすさが誘発する人々の期待に辟易してゐた。大会に出るたびに世界記録を期待され、ライバルと同じ大会に出ると、メディアは勝った負けたを大騒ぎしてナショナリズムの捌け口にされる。

 ヨナはそれが嫌だった。

 ヨナは芸術的発想の強い人だからだ。

 かと言って、引退してアイスショーに専念しようとも思はなかった。なぜなら、韓国国民がヨナの引退を望んでゐなかったからである。ヨナ自身にも他にやりたいことがあったわけでもない。彼女にはスケートしかなかった。ヨナは国民の期待に背くことができなかった。

 同時に、スケート後進国である祖国にスケート文化を根付かせたいと思ってゐた。自分の子供のころのやうな劣悪な環境を次世代には経験させたくないと願ってゐた。後進世代のために、ヨナは現役続行を決めた。

 ソチオリピックまで現役は続ける、しかし連覇が目標ではない。金メダルは目標ではない。

 競技会には出るがどうしても優勝したいといふわけではない。これは矛盾だ。どうもしっくりこない。だからヨナは最後までモチベーションの維持に苦しんだ。

 面白いことに、結果として、まさにこの矛盾を抱へ続けたことが引退まで傑作の数々を生むことにつながる。

 即ち、競技会といふ舞台、スポーツといふ枠組みにおいて芸術性を極限まで高めることに成功する。

 図らずも、である。

 彼女はおそらく、ぼくがここに書いてゐるやうにスポーツと芸術を分離させて考へてはゐなかった。「ようし、記録はもういいから、これからは芸術面に専念するぞ」などと割り切ってはゐなかった。

 高得点が出たら嬉しいし、金メダルがとれたらいいけれど、かつてのやうな闘志はない、バンクーバーの時は「死んでもいい」と思へるほどの狂気に近い情熱があった。けれどそんな状態には戻れない。

 そこで何が起こったか。アスリート的な闘志が喪失したところに、図らずも、ヨナの芸術的側面がこれまで以上に強く湧き出ることになったのである。

 闘志をなくしたヨナの表情はまったく別物になる。選ぶ曲も、表現の質もまったく別物になる。

 その作品群はまさに、珠玉、といふほかない。

 では、能書きはこれくらいにして、2010~2011年シーズン以降の作品を一気に見ていこう。

  2010年10月、オーサーの後継コーチはミシェル・クワンの義兄、カルガリーオリンピックの銅メダリスト、ピーター・オペガードに決定した。

 FSはアリランをはじめとする韓国の伝統音楽を編曲した「オマージュ・トゥ・コリア(Homage To Korea)」。ファンと祖国に対する感謝の気持ちを込めた作品だ。

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  このシーズン、出場した競技会は世界フィギュア選手権のみであり、引退するまでグランプリシリーズには出なくなる。大会に出るのは最小限に抑へて、オフシーズンにアイスショーに出演する、といふスタイルを引退まで貫く。

 この「オマージュ・トゥ・コリア」はその挨拶状だ。どう考へても試合で勝つためのプログラムではない。

 この曲はスケートに合ってゐないし、振りを付けるのはかなり苦労しただらうと推測する。朝鮮の民族音楽にバレエ系統の動きを合はせるといふ試みは見事に失敗に終はってゐる。ヨナも作品をまとめるのに苦労してゐるやうに見える。

 優れたプログラム、とは言へない。

 が、「勝つ」ことだけを基準にしてプログラムを選ぶのはやめましたといふ宣言として、そして、ここで分かりやすい形で祖国への感謝を示すことにより、ナショナリズムを呪鎮し、そこから距離をとる試みとして、たいへん意義深いプログラムだと思ふ。

 FSは「ジゼル(Giselle)」。

 病弱な村娘ジゼルは村人になりすましたアルブレヒト伯爵に恋をする。彼が婚約者のゐる貴族の息子だと知ったとき、ジゼルは正気を失ひアルブレヒトの剣で自死する。

 アルブレヒトの前にウィリ(幽霊)となったジゼルが現れ、死に誘ふ踊りを踊る。ウィリたちは通りがかった男達を死ぬまで躍らせるのだ。

 しかしアルブレヒトを愛してゐたジゼルは彼を励まし守ろうとする・・・

 やがて夜明けを告げる鐘が鳴り、ウィリたちの魔力は消えアルブレヒトは助かるのだった。

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 ヨナのジゼルは心臓が弱そうにはまったく見えないが、気のふれた狂乱演技は凄い迫力だ。アルブレヒトは真っ青だらう。

 彼女の憑依力が遺憾なく発揮された傑作だ。

 EXプログラムはラ・ルー(La Roux)の「Bulletproof」。

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 民族音楽、バレエの古典、ときて・・・エレクトロポップ!

 その表現の幅の広さは驚くばかりだ。この「Bulletproof」でヨナはアニメーションダンス系、ロボットダンス系の振りに挑戦してゐる。器用なもので、こんなものちょちょいのちょいヨってな感じだらう。

 ヨナの感受性がいかにどんな音楽にも対応できるか、そしていかに体の使ひかたがうまいかがよくわかるプログラムだ。

 2011~2012年シーズン、ヨナは競技会には出場せず完全な休息にあてた。この時点ではまだ選手生活を続けるかどうか悩んでゐた。

 その中で、とても素敵なEXプログラムを一つ発表してゐる。

 ビヨンセの「Fever」。

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 10代から色気のある人だったが、大人になり、競技のストレスから解放されたヨナはどんどん艶っぽさを増していく。臀部の肉付きが素晴らしく、匂ひたつやうな女体の美を表現してゐる。

  ウィルソンの振付けが実にエロティックだ。

 2012年7月、ヨナは記者会見を開き「有終の美のために新たに挑戦をする」と述べ、2014年のソチオリンピックまでの現役続行を発表する。

<フィギュア>キム・ヨナ「ソチ五輪まで現役続行」 | Joongang Ilbo | 中央日報

 10月には新コーチとしてシン・ヘスクと、リュ・ジョンヒョンの二人が発表された。ともに小学生時代のヨナを指導してゐた人だ。

 2012~2013年シーズンは嬉しいことにEXプログラムを3曲も見せてくれた。

 まづ、シニアデビューした2006~2007年シーズンのSPで使用した「El Tango de Roxanne」。少女ヨナのタンゴを思ひだしてほしい。あの頃はまだ体もできてをらず、腰も悪く、思ふやうな表現ができなかった。

 あれから6年たち22歳になったヨナは円熟の表現を見せる。

 これが、タンゴだ。

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 眼福である。 

 続いてマイケル・ブーブレの「All of me」。粋なジャズナンバーに合はせて、ヨナは男装の麗人を演じる。ぼくはこの作品から感じられるヨナの「含羞」が大好きだ。素敵すぎる。

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  当たり前のことを今更言ふが、スケートは氷の上を滑るわけだから、氷の上でしかできない表現が魅力なわけだ。つまり地上では出せないスピードを出せたり、くるくる回り続けたりできるといふ特性をいかして表現する。

 さて、そこでだ。滑るといふのは、スーと流れていくわけだから、当然滑らかさであったりしなやかさの表現に向いてゐると言へる。滑るから、突然加速したり突然止まるといふことには向いてゐない。

 何が言ひたいのかと言ふと、スケートではリズム表現が難しいといふことだ。だって「滑る」のだから。

 したがってスケーティングの巧さはリズムがどれだけ表現されてゐるかに如実に現れる。

 「All of me」はジャズである。「ザンガ、ザンガ、ザンガ、ザンガ」と三連符の跳ねたリズムの曲だ。このザンガザンガでルーズな感じ、瀟洒な感じを出してゐる。お洒落で知的で、ちょっとドレスアップしてワインでも飲みますかってな具合だ。

 ヨナはこの感じを実に見事に表現してゐる。

 例へば1分20秒からのスピン、立ち上がって速度をあげて、今度は段階をふんで速度を落とすところ。この速度の落とし方など天下一品であって、その変化の付け方によってジャズの洒脱さをはっきりと形にしてゐる。

 それから1分47秒からのステップ。ステップと言っても氷から足をあげず、氷上に円を描きつつ、回転しながら進んでいく。その弧を描く際の緩急と重心の転換によりザンガザンガを表現してゐる。

 どちらももの凄く繊細な身体コントロールが必要なはずだが、ヨナはそれをいかにも軽やかにやってゐる。エレガントだ。

 もう一点指摘しておくと、このプログラムにはジャンプが一度も出てこない。ジャンプがフィギュアの華のやうに言はれることが多いが、ジャンプがなくてもこれだけ素晴らしい作品ができあがる。ジャンプ偏重はフィギュアの発展を偏頗なものにする、とぼくなどは思ふ次第である。

 「All of me」は大変な傑作だと思ふ。

 と、書いたところで、実は次に紹介する作品がぼくの考へるヨナのEX最高傑作だったりする。

 アデルの名曲「Someone Like You」。

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  ぼくは繰返し「体の使ひ方がうまい」といふ表現をしてきたが、この作品はその極致とも言ふべきもので、その超絶的なうまさによって現出する美の世界に恍惚となるばかりだ。

 ここでヨナは完全に氷と一体化することに成功してゐる。自身の手や足の延長のやうに「氷を感じてゐる」のがはっきりわかる。ここまで身体の拡張に成功してゐる作品は他にない。

 「身体の拡張」といふ言葉がわかりにくいかもしれないが、そんなに難しい話ではない。例へば、料理人にとっての包丁、野球選手にとってのバットはあきらかに身体の拡張である。

 水泳選手にとっては水が、武術家にとっては相手の身体が、ダンサーにとっては大地がそれにあたる。

 そして、言ふまでもなくスケーターにとっては氷だ。

 「Someone Like You」は全篇にわたって、氷と身体が一つになることで生まれるエネルギーの受け渡し、ヨナと氷との交感が視覚化されてゐる。

 身体には重さがある。重さとはエネルギーである。ヨナはそれを氷に伝へる。ここに一つ動きが生じる。今度は氷からエネルギーが返ってくる。ヨナはそれを足の裏から膝、股関節、背中、を通し頭、腕、指先にまで伝達する。その入力・出力の微細な変化によってヨナの動きが変化する。

 どこを取り出したらいいのか困るが、例へば35秒~45秒にかけてのシークエンス、それから1分31秒~1分50秒にかけてのシークエンスなどは特にわかりやすい。

 ある動きが次の動きを生み、その動きがまた次の動きを呼び込む。恐ろしく高度で精妙な動きが自律的に生成してゐる。

 もはやここではヨナが主体的に自分の体を動かしてゐるやうには見えない。さうではなくて、かういふ動きをするエネルギー体がたまたまヨナの身体といふ形をとってゐるといふ感じを与へる。

 おそらく、フィギュアスケートが到達しうる美の極北がここにある。

 天衣無縫の境地である。

 さて。

 2012~2013年シーズンのSPとFSプログラムをまだ紹介してゐない。FSの「レ・ミゼラブル」は次の「哀しみの芸術」で取り上げるので、ここではSPの「吸血鬼の接吻(KIss Of The Vampire)」をどうぞ。

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 これは明らかな駄作であり、10代の「こうもり」「ミス・サイゴン」「シェヘラザード」と同じく残念ながら退屈な作品だ。言ふべきことは何もない。

 続いてこれは2014年、ソチオリンピック後の最後のアイスショーで発表した作品だが、これも「珠玉」の中で紹介しておきたい。

 プッチーニのオペラ、トゥーランドットから「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」。

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 圧巻である。

 ヨナが本当に凄いのはバンクーバー以後である。と、書いた意味がお分かり頂けたと思ふ。

 まだ紹介してゐない作品が4つ残ってゐる。

 2012~2013年シーズンのFS「レ・ミゼラブル」。

 2013~2014年シーズンのSP「哀しみのクラウン(Send in th Clowns)」、FS「アディオス・ノニーノ(Adios Nonino)」、EX「イマジン(Imagine)」だ。

 ぼくは次に最後の「Imagine」を除いた三作品をとりあげ、それらが「キム・ヨナの芸術」の粋であり最大の達成であることを述べたいと思ふ。

 

 

             哀しみの芸術

 

「点数や結果に関心が偏る雰囲気が続いていて、私の涙の理由もその方に解釈されているようですけど、100パーセント正直言って、私の涙に悔しさとか心の痛みとかいうことは全くありません。信じて下さってかまいません」

          ソチオリンピック競技終了後の涙の理由を問はれて

             http://japan.hani.co.kr/arti/politics/16803.html

 バンクーバー以後の珠玉の作品の中でも、ここから紹介する三作品は突出した傑作であり、また共通の主題を扱ったものであるため別枠を設けてしっかり見ていきたい。

 共通の主題とは見出しの通り「哀しみ」である。哀しみに打ちひしがれた人間の姿、人がいかに哀しみと付き合ふのか、をヨナは引退直前の2シーズン・3作品かけて追求した。

 まづ、2012~2013年シーズンのFS「レ・ミゼラブル」。

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 「レ・ミゼラブル」は、ぼくにとっては「ああ無情」の題が馴染み深い。最近あまり使はれなくなった気がするが、なかなかいい邦題だと思ってゐる。原題は「悲惨な人々」「哀れな人々」を意味するさうだ。この文豪ユーゴーの大長編は題名の通り、悲惨な運命に翻弄される哀れな人々の物語だ。

 けれどただ悲惨で哀れなだけではない。ユーゴーは、悲惨で哀れな生を生きる彼等が、高貴な精神を失ふまいとする健気な姿を英雄的に描いた。

 そして、ヨナの「レ・ミゼラブル」は人間の英雄性を、気高い精神を完璧に表現してゐる。荘厳である。

 われわれはフランス革命の時代を生きてはゐないが、人生の苦しさについては誰でも知ってゐる。

 われわれは弱く、脆く、貧しく、孤独であり、人生の大半は負け戦を強いられ、幸福は長続きせず、苦労はさかんに降ってくるのだ。油断してゐるとすぐに卑屈になって、幸福に見える人間を妬んでは彼等をひきずり下ろすことに熱中しはじめる。

 平凡人はそんなものだ。

 しかしどんな平凡人の中にも「それぢゃ嫌だ」といふ気もちがあるだらう。「善く生きたい」「もっと自分を好きになりたい」といふ気持ちがあるだらう。

 苦しみの中にあってさういふ気持ちを持ち続けることができるかどうかに人間の品位が現れる。気高い精神を守るための戦ひに、勇気を出して挑まねばならない。それは美しく英雄的な営みである。

 「気高い精神」「勇気」などと書くと、すぐにポエム化してしまふのが冷笑の時代である現代の哀しさだが、はっきり言って、さうした美徳が失はれたら、或いはそれらが美徳であるといふ認識、何としてでも守らなくてはいけない態度であるといふ認識が失はれたら、世界は闇だよ、ホントに。

 続いて引退を決めて望んだ2013年~2014年シーズンのSP「Send in th Clowns」。

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 天上的な美しさだ。

 4年前「ボンド・ガール」で最高のエンタテインメントを披露し観客を熱狂させた彼女は、最後のオリンピックにこのしっとりと美しいバラードを選び、静謐で聖性に満ちた宗教的作品に仕上げてきた。

 「レ・ミゼラブル」では哀しみに打ち勝つ英雄的な人間を描いたが、ヨナはこの「Send in th Clowns 」では哀しみに対する全く別のアプローチをしてゐる。

 哀しみに寄り添ひ、哀しみと共に生き、そしてその生を愛ほしむ。そんな人間のありかたを表現してゐる。

 「レ・ミゼラブル」とは反対に「英雄的な精神」や「勇気」を守りきれない人間の弱さ、気高い精神を売り飛ばしてしまふ人間の弱さに、優しく寄り添ってゐる。

 それにしても、何といふ美しさ。この美しさは「優しさ」の美しさだ。哀しみに寄り添ふ心の美しさだ。

 最後。

 FSはアストル・ピアソラのタンゴ「アディオス・ノニーノ」。ノニーノはピアソラの父の愛称で、この曲は亡くなった父に捧げられたものだ。さようなら、ノニーノ。

 競技生活の最後にヨナが選んだのは情熱的な鎮魂曲だった。

 ぼくはここまで「空前絶後の傑作」とか「美の極北」とか、法外な賛辞を連発してきたが、一番好きな作品は何かと聞かれたら、迷はず「アディオス・ノニーノ」と答へる。

 愛する人を失った哀しみ、激情、愛が主題だ。

 ヨナ個人にとっては、これが自分のスケート人生との別れでもある。選手生活の間、辛い時間がほとんどだった。幸せな記憶は数%もなかった。けれど、やはりそれが自分の人生だった。自分にはそれしかなかったし、さういふ人生を生きると自ら決めた。運命を受け入れ、それを主体的に選びとった。辛かった選手生活を確かに自分は愛してゐる。

 そして、必ず別れはやってくる。ヨナはこの4分間に、これまでのスケート人生を思ひかへし、さよならを告げる。

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 「死の舞踏」、バンクーバー時代のヨナとはまったく違ふヨナがここにゐる。10代後半のヨナはそれこそ神がかって、強烈な巫女性をまとってゐた。韓国国民の期待を一身に背負ひ、完璧な演技を行ひ、巨大なカタルシスとともに歓喜を生んだ。

 しかし今は違ふ。ヨナは普通の人だ。脆く、弱く、傷つきやすい肉体をもった普通の人になってゐる。普通の人として、彼女は「愛と別れ」といふ普遍的な主題をこれ以上ないほど優雅に表現してゐる。

 2分50秒頃のイナバウアー直後の表情、また、2分58頃の三連続ジャンプ直後の表情を見て欲しい。間違ひなく、ヨナ史上最も美しく、柔和で優しさに満ちた表情をしてゐる。穏やかな「至福」の微笑みだ。

 演技終了後、ヨナは控へ室で泣いたといふ。多くの人はそれが疑惑の採点のために銀メダルに終はってしまったことに対する悔し涙ではないかと想像した。

 しかしそれは全然違ふ。

 涙の理由をヨナは「これまであまりにも辛かったので、ずっと溜まってきたものが一度に噴出した涙だった」と説明してゐる。

 これまで書いてきたやうにヨナがソチオリンピックに出場したのは五輪連覇といふ栄光のためではない。彼女は「終はらせるため」に来たのだ。

 競技後のヨナの言葉をいくつか拾ってみよう。

 「再び五輪に挑戦する時、最も難しかったのは、明確な目標がなかったことだ。バンクーバー五輪は金メダルのために自分の命をかけることができたが、金メダルを取った後は当時のような切実さはなかった。練習でモチベーションが十分でなかったのが難しかった」 

本当に、終わったということに満足しています」

私は2連覇には全く関心がない。ただ私の最後の競技をうまく終えたかっただけであり、結果はどのように出てきても後悔しないようにしたい」

「私が準備してきた全てのものを見せることができて満足だ」 

「ひたすら金メダルを取るために来たのではないので気にしなかった 」

「私は本当にかまいません。自分が満足しているのでそれで十分です。より切実に望んでいた人に金メダルがいったと思います。すべての荷物を下ろしたということだけで幸せです」

「気が楽だ。苦労したものをすべてお見せした。終わってとても幸せ」

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/16803.html

http://japanese.joins.com/article/071/182071.html?servcode=600&sectcode=670

http://japanese.joins.com/article/103/182103.html?servcode=600&sectcode=670

http://japanese.joins.com/article/138/182138.html?servcode=600&sectcode=670

http://japan.hani.co.kr/arti/culture/16766.html

 ヨナは繰返し「終はり」といふ言葉を使ひ、「終はらせかた」が問題であったと言ってゐる。いかにきれいに終はらせるか、さういふ問ひの立て方ができるといふことがとても立派だと思ふ。

 これはスポーツに限らず、何においても大切な視点ではないだらうか。いいかげんな終はらせ方をして、きちんとした省察を経ぬままに、安っぽい美談として消費してしまふことのいかに多いことか。さういふ態度は結局のところ過去を冒涜することになり、結果として未来をけがすことになる。愛とは正反対の態度だ。

 ヨナがモチベーションに苦しみながら、悩み続ける中で問題にしたのは、結果ではなく「終はらせかた」だった。その過程で、ヨナは先に紹介した珠玉の作品群を生んだ。そして最後に見せたのが、「哀しみに寄り添ふ優しさ」と、「愛と別れ」だった。

 ぼくはその人生に対する誠実な姿勢、自分との向き合ひ方に深い敬意を抱く。人として本当に尊敬する。

 同時に、その芸術的な成熟に感動する。疑惑の判定も金メダルを逃したことも、正直言ってどうでもいい。ヨナはソチでの二作品においてオリンピックを連覇することよりも、もっと偉大なことを成し遂げた。ヨナは哀しみの表現によって、舞踊芸術としてのフィギュアスケートを完成させたのだ。

 キム・ヨナの芸術は哀しみの芸術。

 哀しみを表現すること、そしてそれを感じとることが何故大切であるのかと言ったら、それは、人は一人では生きていけないからだ。

 人と人はいかにして結びつくのか。

 「哀しみの共有」によって、である。当然ではないか。哀しみや痛みを共有できたときに人と人は結びつくのだ。

 ヨナは競技スポーツの枠の中で、人間生活の根底に横たはるこの哀しみといふ問題をとりあげ、芸術的に昇華させたのだ。これ以上の「終はらせかた」はない。

 彼女はなぜ哀しみに辿り着いたのか。なぜ哀しみが彼女に宿ったのか。

 それはヨナが朝鮮人だからだ。ヨナの感受性が、朝鮮半島の人々が背負ってきた哀しみに反応しないわけがないではないか。

 1910年、日本は韓国を併合し植民地化した。半島の人々は名前を奪はれ、言葉を奪はれ、強制的に「日本人」にされた。そして「日本人」として「大日本帝国」のために働かされた。兵士となって戦場で死んだ男がゐた。従軍慰安婦として性奴隷にされた女がゐた。日本人は今でもその歴史と向きあはず、歴史を捏造し戦前を賛美する者達が最大の権力を握ってゐる。在日韓国・朝鮮人の人たちは今でも差別されてゐる。

 日本が戦争に敗れ半島から去ったあとも、半島の人たちは統一朝鮮をつくることができなかった。悲惨極まる朝鮮戦争が行はれ、結果、南北に分断された。一時休戦から65年経過した今も半島では「冷戦」が終はってゐないのだ。

 バンクーバーにおいて、ヨナは韓国人の期待を背負ひ、見事に金メダルを獲得した。四年後、彼女が体現してゐたのは半島の人々がかつて経験し、今も終はらない、この哀しみだったのだ。

 だから最後のEXプログラムは「イマジン」なのだ。

 

               結び

  

「風前のともし火を守るように、対話を守って発展させていくのに、力を添えてほしい」

        ピョンチャン五輪を控へたムン・ジェイン大統領の言葉

             http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29575.html

 冒頭に戻ろう。

 ピョンチャン冬季オリンピックが始まった。半島危機は今小康状態にある。

 開会式では約180人の南北共同選手団が統一旗を掲げて入場し、ムンジェイン大統領はかう述べた。

「この機会を使って、コリアの人々から歓迎と友好のメッセージをお伝えしたい。1988年のソウル夏季五輪は、冷戦の壁を壊し、東西和解の道筋を開いた。あの夏季五輪の開催から30年たって、平昌五輪は世界中の人の平和の希望と共に始まる」

「世界で唯一分断された民族、コリアの人間は、冬季五輪の主催を熱望していた。平和の追求はオリンピック精神を鏡のように映し出す」

http://www.bbc.com/japanese/43007498

 トーマス・バッハ国際オリンピック委員会委員長は演説で「共同入場は平和を知らせる強力なメッセージ」と延べ平和五輪の開催を祝福した。

 更に式典には、北朝鮮からキム・ヨンナム北朝鮮最高人民会議常任委員長とキム・ジョンウン労働党委員長の実妹であるキム・ヨジョン労働党第1副部長が参加し、ムン・ジェインと笑顔で握手を交はした。

 北朝鮮の五輪への参加が決定して以降、日本の政界から出てくる反応、大手メディアの論調は否定的なものがほとんどだった。南北対話の再開を歓迎するどころか、「北朝鮮の時間稼ぎだ」「五輪の政治利用だ」「日米韓の連携を破壊するものだ」といった台詞を冷笑的な口調・文体で伝へてゐた。

 小池百合子東京都知事は「平昌大会というより平壌大会になりつつあるのではないかというくらい、北朝鮮の攻勢が巧みという印象を受けている」と揶揄した。

https://this.kiji.is/327007871706023009

 開会式には安倍首相も参加し、式典の前にムン大統領と会談を行った。安倍首相はそこでムン大統領に何を伝へたか。安倍は「対話のための対話には意味がない」「微笑み外交に惑はされてはいけない」「米韓合同演習は延期すべきではない」と言ったのだ。

http://japanese.joins.com/article/502/238502.html?servcode=A00&sectcode=A10&cloc=jp|main|top_news

 メディアの論調、小池都知事の言葉、安倍首相の発言を総合して見たとき、日本人が半島の人々に抱いてゐる嫌悪と侮蔑がはっきとわかる。今日本を風靡してゐるこの「朝鮮憎し」の感情は劣等感の裏返しである。他者を貶めることで相対的に自らを優位に立たしめようといふ心理操作だ。しかし、誰かを憎んだり軽蔑したりしても日本人の自尊心は回復しないだらう。

 「日本システム」が機能しなくなり、あらゆる領域にほころびが生じ、先行きが不安でどうしたらいいのかわからなくなってゐるといふのが、今の日本の実態だ。日本人はそれに対してイライラしてゐるのである。そのイライラの安易は捌け口が「朝鮮憎し」であって、恐ろしいことにその捌け口がまた安倍政権の求心力となってゐる。まことに暗澹たる気持ちになる。

 ムン大統領はオリンピック開幕の前に「風前のともし火を守るように、対話を守って発展させていくのに、力を添えてほしい」と語った。南北融和の実現、米朝対話の実現がいかに困難であるかが腹の底から分かってゐる人の言葉だ。絶対に戦争を起させてはいけないと心に誓った人の言葉だ。「平和ボケ」してゐない人の言葉だ。

 聖火台への点灯者を務めたキム・ヨナの引退前、最後のEXプログラムは「イマジン」だった。これを見て終はりにしよう。

 ぼくはヨナと共に平和への祈りを捧げたいと思ふ。

 風前のともし火を守るやうに、対話を守って発展させていくのに、力を添へたいと思ふ。

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文在寅さん、それはちょっと・・・。

 年末入ってきた重要ニュースを確認しておく。

 日本政府が敵基地攻撃が可能な巡航ミサイルの導入を決定したといふニュース。

https://mainichi.jp/articles/20171222/ddm/003/010/077000c

 政府は航空自衛隊の戦闘機に搭載する長射程巡航ミサイルを導入する方針を決め、22日に閣議決定する2018年度予算案に関連経費約22億円を計上した。新たなミサイルは日本から北朝鮮に届く性能を持ち、敵基地攻撃にも転用が可能。来年の通常国会で、国の基本政策である「専守防衛」との整合性を問われることとなる。

 安倍政権は「戦争できる国になるたい」といふ悲願のために北朝鮮危機を利用し、東アジアの危機を煽り、日本をどんどん戦時モードに改造しつつある。彼とその支持者達は日本人のアイデンティティ・クライシスを「軍事力を背景として他国に対して毅然とした態度で望むこと」により克服できる、又、したいと考へてゐるらしい。

 さういふ人たちにとっては北朝鮮危機は好都合であり、中朝露VS米韓日の溝が深まることが自身を高揚させる劇薬のやうな効果を発揮するのだらう。

 が、彼等の弱い自我とそのろくでもない世界認識は東アジアの平和には一切寄与しない。南北朝鮮は分断されたままであり、冷戦構造が存続する。

 日本は沖縄に基地を押し付け、軍事的な属国であることから目をそらしながら、米国との一体化(と称する自主的隷属)を深化させることになるのだらう。さうして国内の良識派に対して「反日」といふレッテルをはり多様性を圧殺しにかかる。それが現在進行中の安倍政治である。

 ぼくは彼等とはまったく別の考へを持ってゐる。

 日本は南北朝鮮の平和的統一に尽力すべきである。そしてその誠実と献身を通じて、かつて日本が犯した過ちへの償ひとすることができるはずだ。

 朝鮮統一への機運が高まれば、必ず在韓米軍撤退の話が出てくる。いや、そもそもそれが前提条件となる可能性が高いが、ぼくはその際、在日米軍も同時に撤退或いは縮小するといふ方向で交渉すべきだと思ふ。

 つまり朝鮮統一に尽力することで、日本と南北朝鮮が真の友好関係を樹立し、日韓協働で米国のアジアにおけるプレゼンスを低下させることを通じて、現在の隷属状態を終結させる。さうして日本と統一朝鮮が緊密に連携しながら米中両大国の間でうまくその身を御してゆく。

 長期的なスパンで見れば中国の勃興と米国の衰退は止められないやうに見える。そしてその過程はおそらく進んだり戻ったりが繰り返される、ジグザグの道となるだらう。とすれば、両大国に挟まれた中規模国家である日本と南北朝鮮は、米中の間にあって互ひに協力してバランスを取ってゆく必要があるぢゃないか。

 さうすべきだ。さうして東アジアの冷戦構造を終はらせて新秩序を構築するべきなんだ。日本人がアイデンティティ・クライシスを乗り越えられるのはその時だとぼくは思ってゐる。

 さて、米国のティラーソン国務長官から嬉しい発言があった。

japanese.yonhapnews.co.kr

 ティラーソン米国務長官は12日、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮との対話と関連し、「米国は前提条件なしで北朝鮮との最初の対話をする用意がある」と述べた。首都ワシントンの討論会で講演した後、北朝鮮との対話の条件を問われて答えた。

 トランプ米政権はこの間、米朝対話の条件として北朝鮮が非核化の意思を示すことや核実験・ミサイル発射を停止することを求めていたが、ティラーソン氏はこれらの条件をいったん引っ込め、交渉着手に向けた無条件の会合が可能だと「破格の提案」をした格好だ。

 ひとまず米朝が対話のテーブルに着き、それから「非核化ロードマップ」をつくって北朝鮮核問題の解決策を講じようというもので、この提案は北朝鮮の核戦力完成を目前にした危機状況の解決において重大な分水嶺(れい)になりそうだ。トランプ政権発足後、米国が公の場で前提条件なしの米朝対話に言及したのは今回が初めてとなる。

 この発言のあと、国務省の報道官が「長官は新たな政策を打ち出してはいない。われわれの政策は、これまでと完全に同じままだ」と述べて火消しを行った格好だが、ぼくは米国内部から「前提条件無しでの対話」を訴へる声があがったことを純粋に喜びたい。 

 次も喜ばしいニュース。

japan.hani.co.kr

 韓国が平昌(ピョンチャン)冬季五輪が終るまで韓米連合軍事演習を延期しようと米国に要請したと、ファイナンシャルタイムズが11日報道した。

 同紙はワシントンの消息筋4人の話を引用して、韓国が来年度の韓米合同演習であるキーリゾルブ演習・トクスリ(鷲)演習を、来年3月18日に終わる平昌パラリンピック以後に延期することを望むと明らかにしたと報道した。消息筋のうちの2人は、米国もこれを受け入れそうだと伝えた。

  続いて、米国が新安保戦略を策定といふ記事。

japan.hani.co.kr

 ドナルド・トランプ米国行政府が18日(現地時間)、発足11カ月ぶりに新しい国家安保戦略報告書を発表した。北朝鮮とイランを「ならず者政権」と規定しながらも、「先制攻撃」や「予防戦争」に関する明示的言及はしなかった。

 ホワイトハウスは同日発表した報告書で「我々は北朝鮮の侵略に対応して圧倒的な力で対応する準備ができている」としながらも、「朝鮮半島の非核化を導くための方策を発展させていく」と明らかにした。北朝鮮が先制的に米国や同盟国を攻撃する場合に限り、自衛権のレベルで武力を使用し、そうでない場合は制裁と対話など、様々なオプションの可能性を残していく方針を示したものと見られる。

 特に今回の報告書が、ホワイトハウスのハーバート・マクマスター国家安保補佐官が「外交が失敗すれば予防戦争または先制攻撃が必要かもしれない」と言及したにもかかわらず、「先制攻撃」と「予防戦争」という言葉を使用しなかった点にニューヨークタイムズは注目した。ブッシュ政権時代に発表された2002年の国家安全保障戦略報告書は、「予防戦争」を含め先制的な軍事行動を正当化する内容を盛り込んでおり、それから6カ月後のイラク侵攻の根拠となった。

 そして以下がそれに対する北朝鮮の反応。

http://www.naenara.com.kp/ja/news/?0+100689

 朝鮮外務省のスポークスマンが、米国が18日にいわゆる「国家安保戦略報告書」なるものを発表したことで22日、それを糾弾する談話を発表した。

 談話は、トランプ行政府が作成、発表した「国家安保戦略報告書」はそれこそ全世界を米国の利益に徹底的に服従させようとするヤンキー式ごう慢さの代表的所産であり、火の元をつついてそれから漁夫の利を得たりするトランプの強盗さながらの本性がありのまま盛り込まれた犯罪的な文書であると暴露した。

 また、これを通じてトランプ一味が唱える「米国第一主義」がすなわち、世界を自分の好みに合わせて意のままに治めるという侵略宣言であることが如実にさらけ出されたとし、次のように強調した。

 米国で行政府が交替され、それによって外交安保政策がいろいろと変化するが、力で世界制覇を実現し、特にわが国家を圧殺し、全朝鮮半島をそのための前哨基地につくろうとする米国の戦略的目標には少しも変わりがない。

 われわれは、朝鮮半島の平和と安定を守り、米国の核威嚇・恐喝と敵視政策に終止符を打とうとする意図から、過去の20余年間、米国と双務会談も行い、4者会談、6者会談など複数の形態の多者会談も行って幾つかの合意文も採択した。

 しかし、歴代米行政府はわれわれが「崩壊」するという愚かな想定の下に、われわれとの全ての合意を弊履のごとく捨て、はては「ならず者国家」「悪の枢軸」「暴政の前哨基地」「核先制攻撃対象」に仕立ててわれわれを圧殺するための全方位的な核威嚇・恐喝と制裁・圧迫策動に狂奔してきた。

 米国の増大する敵視策動と核威嚇・恐喝に立ち向かってわれわれは、自主権と生存権、発展権を守るために核を保有する道を選択するようになったし、朝鮮半島恒久平和保障のための唯一の方途は米国と実際の力のバランスを成す抑止力を備えることにあるということを確信している。

 国際社会は、朝鮮半島であくまでも核戦争の火の元をつつき、力でわれわれを併呑してみようとするトランプ一味の企図に警戒心を高めるべきであり、自分の腹黒い下心を覆い隠して世界を愚弄しようとする対話うんぬんの真意をはっきり見抜くべきであろう。

 トランプ一味が世界の超大国のように威張っているが、米国こそ墓に行く屍である。

 続いて、米国が対北朝鮮軍事作戦の策定を急いでゐるといふ記事。

www.jiji.com

 21日付の英紙デーリー・テレグラフは、トランプ米政権が核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対する限定的な軍事作戦計画の策定を急いでいると報じた。北朝鮮問題の解決に外交的手段は機能しないとの懸念が強まる中、米政権は一般的に考えられている以上に軍事行動の可能性に傾いており、そのための準備が過去数カ月間で「劇的」に進んだという。
 複数の元米当局者、現職の政権関係者らの話として伝えた。新型ミサイルの試射が行われる前に発射施設を破壊したり、武器の貯蔵施設を標的にしたりすることが想定されている。 
 軍事行動の狙いは、米国が北朝鮮による核開発の阻止に「本気」であることを示し、北朝鮮を交渉の場に引き出すことにあるとされる。

 一方、安倍首相は15日、防衛政策の基本方針を示す防衛計画の大綱について、「従来の延長線上ではなく、真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めていきたい」と述べ、年明けから見直しの議論を始めることを示した。以下はそれに対する北朝鮮の反応。

http://www.naenara.com.kp/ja/news/?19+4740

 日本当局が「周辺脅威」に取り上げて2018年の年明けから「防衛計画の大綱」見直しのための論議を本格化すると公言した。

 首相の安倍と防衛相の小野寺は、「北朝鮮が核・ミサイル開発を大きく進展させ、中国は軍事力を増強し、ロシアも北方での活動を活発化させている」とし、「真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めたい」と言った。

 言わば、われわれと中国、ロシアの「脅威」から「国民を守るために」防衛計画を全面見直し、修正すべきだということである。

 やはり、島国一族特有の意地悪な気質はどうしようもない。

 国際社会が罵倒するように、他人に食い下がって自分の利益をむさぼるのは日本の悪習である。

 人類に非難されている20世紀の血なまぐさい侵略蛮行についてまで西欧帝国主義からアジアを解放するためであったと強弁を張る破廉恥な日本であると思うと、どんなほらでも吹くであろう。

 日本が追求する究極の目的は、敗戦国、戦犯国として交戦権はもちろん、軍事力も持てないようになっている「特殊の国」から戦争を行える「普通国家」になってまたもや海外侵略に出ようということである。

 その実現のための「合法的名分」に「周辺脅威」云々を持ち出している。

 安倍一味はすでに、2013年末に日本を取り巻く安全保障環境の悪化を云々し、「安全保障」の重点を国内安全から「国際安全」に拡大した「防衛計画の大綱」を作成した。

 ここでわが国を「重大な不安定要因」に規定し、朝鮮の「弾道ミサイル」に対する「対処能力の総合的な向上」を図り、「自衛隊」武力に機動展開能力と共に海兵隊の機能を付与するということなどを明記した。

 これによって軍国化と再侵略の道に障害となる政策的、法律的障害物を一つ一つ除去して軍事費を大幅増強し、「自衛隊」の海外軍事作戦範囲を拡大した。

 朝鮮半島有事の際に介入する名分と軍事的条件も完備した。

 最近は、「敵基地攻撃能力」の保有と地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入に狂奔する一方、中国とロシアの縦深地域まで打撃圏内に入れた射程1000~5000キロの中距離弾道ミサイル保有について騒ぎ立てている。

 問題は、今後10年程度の防衛力整備指針になるとしていた「防衛計画の大綱」をなぜ繰り上げて修正する劇を演じるかということである。

集団的自衛権」行使の容認と米国産兵器購入の増加、日米協力などの問題が今回の見直しの焦点になるという事実が日本の下心を如実に見せている。

 これは今後、日本がわれわれと周辺諸国にかこつけて侵略準備をいっそう促すということを宣言したこと同様である。

 日本が折に触れて騒ぎ立てる「周辺脅威」云々は、軍事大国化へ突っ走る自分らの犯罪的正体に「合法」のベールをかぶせて海外膨張に公然と乗り出すということとして、再侵略の前奏曲に違いない。

 過ぎ去った歴史は、列島で「周辺脅威」云々が引き続き響き出るほど、それだけ日本の右傾化、軍国化が急速に進められ、再侵略熱気が高まるということを示している。

 国際社会は、他人にかこつけて侵略の刀を研ぐ日本の動きを警戒心を持って対すべきであろう。

 いつもながら見事な文章で唸ってしまふ。後半「侵略準備」のくだりは誤りだがあとはだいたい同意せざるを得ない。「やはり、島国一族特有の意地悪な気質はどうしようもない。」には笑ってしまった。なんといふか、その文才が別の方向に生かされればいいのに・・・と、思ふ。

  さて、ここから先は慰安婦問題・日韓合意に関して。

 27日、韓国外交部直属の「慰安婦合意検討タスクフォース」が、2015年に韓政府が結んだ慰安婦合意は被害者中心ではなかったという要旨の報告書を出した。

japanese.joins.com

 康京和(カン・ギョンファ)外交部長官直属の「韓日日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース(TF)」が27日、合意の過程に問題があると指摘したうえに、政府が将来「被害者の意見聴取」を重要な手続きとして提示することで12・28慰安婦合意の運命もめどが立たなくなった。 


  TFはこの日、報告書を通じて「協議の過程で被害者の意見を十分に聴かず、政府の立場を中心に合意を妥結させた」として「今回の場合のように被害者が受け入れない限り、政府の間で慰安婦問題の『最終的・不可逆的解決』を宣言したとしても問題は繰り返されるしかない」という結論を下した。 


  前日、康京和外交部長官は記者会見で「TF結果を十分に受け入れる一方で、この問題の直接的な当事者である被害者、支援団体との疎通を通じて(政策を)確立することになるだろう」としながら「すべてのオプションを開いておいて被害者の方々と疎通しなければならないと考える」と話した。康長官が言及した「すべてのオプション」には合意の補完や破棄も含まれるほかはない。被害者の意見が最も優先されなければならないという現政権の方針を考慮するなら、排除することはできない選択肢でもある。 

 翌28日、上記報告書を受けて文大統領は「この合意で慰安婦問題が解決されないという点を今一度明確にする」と述べた。

japanese.yonhapnews.co.kr

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は28日、旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年末の韓日合意について「政府間の公の約束という負担があっても、私は大統領として国民と共に、この合意で慰安婦問題が解決されないという点を今一度明確にする」と述べた。合意を検証してきた外交部長官直属のタスクフォース(TF、作業部会)による前日の検証結果発表後初めての立場表明を、青瓦台(大統領府)の朴洙賢(パク・スヒョン)報道官が会見で伝えた。合意で慰安婦問題は解決されないと明言したことで、合意の再交渉または破棄の可能性を示唆したといえそうだ。

 文大統領は「慰安婦問題に関する2015年の韓日政府間の交渉は、手続きとしても内容でも、重大な欠陥があることが確認された。遺憾ではあるが、避けて通ることはできない」と述べた。この合意を「歴史問題の解決において確立された国際社会の普遍的な原則に反するだけでなく、何より被害当事者と国民が排除された政治的な合意だった」とし、「現実であることが確認された『非公開合意』の存在は国民を大きく失望させた」と指摘した。

  ぼくは安倍政権を歴史改竄主義集団だと認識してをり、この問題に関しても誠実に向かひあってゐないと考へてゐる。

 2015年の日韓合意以降の経過において、韓国国民を最も傷つけたのは安倍首相の「毛頭ない」発言であらう。

 2016年、首相は衆議院予算委員会において慰安婦問題に関する日韓合意以降、韓国政府が安倍首相からのお詫びの手紙を求めてゐるやうだが、この件についてどう考へるか」との野党議員からの質問に対し、「我々は毛頭考へてゐない」と答へてゐる。

 この発言は韓国メディアで大きく報じられた。「毛頭」といふ語彙の選択から安倍が慰安婦問題に対して抱いてゐる嫌悪感を知ることができる。安倍は「ウルセエ」「いつまで文句つけんだよ」と思ってゐるのだ。

 本質的な問題はさうした態度にあるだらう。日韓合意には以下の文言がある。

 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。

 慰安婦は「心身にわたり癒しがたい傷」を負ったのである。その方々に手紙を書く気は「毛頭ない」と言ふ。心から反省してゐる人間の言葉ではない。

 結局のところ、日本に慰安婦問題を「ウルセエ」と思ってゐる人がたくさんをり、さういふ人が政権を握ってゐる以上、この問題は解決しないやうに思ふ。

 以上のとほりぼくは安倍政権に批判的なわけだが、今回の韓国政府の発表は頂けない。

 これは単に朴政権が慰安婦と意思疎通してゐなかったといふこと、そして外交交渉能力の欠如を示すだけではないだらうか。そして前政権の行った政府間合意の再交渉及び破棄を示唆することは、文政権の国際的な信頼を損ねることになるのではないだらうか。

 ぼくは中央日報の社説に同意するものである。

japanese.joins.com

 2015年締結された韓日両国の旧日本軍慰安婦合意を認めないという文在寅(ムン・ジェイン)大統領の昨日の発表に深い懸念を隠せない。廃棄、または再交渉を具体的に明らかにしたわけではないが、おそらく合意破棄の可能性を示唆したものだからだ。文大統領は「両国首脳の追認を経た政府間約束という負担にもかかわらず、この合意で慰安婦問題が解決されることができないという点を明らかにする」とした。これは前日、河野太郎外相が「民主的に選ばれた首脳の下ですべてのレベルの努力の末に実現した合意」だったことを強調した談話に対する回答で、今後国家間約束を破ったすべての責任を韓国が負うと自ら認めることに他ならない。 

  青瓦台(チョンワデ、大統領府)側が来年初めに発表すると話した追加措置が何かによって、ただでさえ冷え込んだ韓日関係はより一層厳しくなるだろう。河野外相はすでに数日前「合意を変更するなら、両国関係が管理不能になるだろう」と警告し、安倍晋三首相も「合意は1ミリも動かないだろう」と話した。外交街では「今後最低限2年間は韓日両国の間に何も実現されることがないだろう」という嘆きが聞こえる。 

  慰安婦問題は日本がいくら謝罪をして、いかなる代価を払っても国民的怒りがすべて消えることは難しい過去だ。そのため、朴槿恵(パク・クネ)政府もこの問題解決を韓日首脳会談に結びつけて4年近く会談ができないほど韓日関係は冷え込んでいる。そうするうちに、北朝鮮による核・ミサイル危機が深刻化し、両国の連携が切実だという判断の下で両国が一歩ずつ歩み寄って合意に至ったわけだ。日本が拒否してきた首相の公式謝罪と日本政府の予算としての慰安婦財団の設立も初めて実現された。「日本側に一方的に偏った合意」というのがTF(タスクフォース、作業部会)の判断だというが、手続き的欠陥を理由に合意を覆し、未公開文書を公開して世論を刺激する行動は相手国の不信を招くのに十分だ。その上に、TFが強調している「被害者中心主義」の基準が何か、TFはもちろん、政府をも明らかに答えていない。また、慰安婦合意は当時、韓日間対立が高まっていた状況を懸念した米国が斡旋した側面もあり、ややもすると米国と不快な関係につながる可能性もある。  

  合意そのものを再交渉したり破棄することは難しい。今年の5月に来日した韓国特使の文喜相氏は「第3の道が必要」と語ってゐた。

www.nikkei.com

 韓国大統領府は15日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が与党「共に民主党」の文喜相(ムン・ヒサン)議員を特使として日本に派遣すると発表した。文議員は当選6回の党の重鎮で2004~08年に韓日議員連盟の会長を務めた。日本政府と調整して日程を決める。

 KBSテレビによると、文議員は従軍慰安婦問題に関する15年の日韓合意について「破棄や再交渉ではない『第3の道』が必要だ」と述べた。具体例として、慰安婦問題への旧日本軍の関与と強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官談話を挙げ「韓日は『河野談話』のような大きな政治的合意で懸案を解決してきた」と指摘した。

 安倍政権が歴史と真摯に向き合ってゐないのは間違ひないにしても、再交渉も破棄もできないだらう。両国民が時間をかけて「第3の道」を模索するしか方法はないと、ぼくは思ふ。

トランプ乱心す。

 トランプ大統領はつひに乱心してしまったらしい。突如としてエルサレムイスラエルの首都に認定し、商都テルアビブにある在イスラエル米大使館を移転すると宣言したのだ。

エルサレムの帰属はイスラエルパレスチナの和平交渉で決める」としてきた歴代政権の方針を覆すものであり、アラブ諸国はもちろん世界中から反発・非難の声があがってゐる。

www.asahi.com

 米国のトランプ大統領が中東のエルサレムイスラエルの「首都」と宣言したことを受け、国連安全保障理事会は8日(日本時間9日未明)、緊急会合を開いた。普段は米国に歩調を合わせることの多い英仏など欧州の理事国も「一方的だ」などと批判に回り、米国の孤立ぶりが浮き彫りになった。

 英国のライクロフト国連大使は、エルサレムの帰属は「イスラエルパレスチナの交渉で決めるべきだ」とし、「最終合意の前にエルサレムイスラエルの首都と一方的に認める米国の決断に反対だ」と明言。これらの決定は中東和平の展望の「助けにならない」とも述べた。

 フランスのデラットル国連大使は、エルサレムの帰属は和平交渉で決定することが「全ての和平努力の土台だった」と指摘。今回の決断が、それらとどう整合性がとれるのか説明するのは「(米国の)責務だ」と述べた。

 ログイン前の続きスウェーデンのスコーグ国連大使も米国の決断に「明確に反対」と述べ、1980年の安保理決議エルサレムの帰属変更の試みは「無効」と宣言したことを指摘した。普段は北朝鮮など、他国の決議違反を痛烈に批判する米国を牽制(けんせい)した格好だ。常任理事国の中国とロシアも懸念を表明した。

  各国の非難も当然だ。現実的に、トランプの宣言によって人が死んでゐるのである。

www.afpbb.com

 イスラエル軍は8日夜、パレスチナ自治区ガザ地区Gaza Strip)から行われたロケット攻撃への報復として、同地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスHamas)の軍事施設に対する空爆を行った。同軍が発表した。

 ガザ地区の保健当局によると、この空爆により14人が軽度から中程度のけがをした。イスラエル軍によれば、同日夜にはガザからもロケット攻撃があり、イスラエル南部の町スデロット(Sderot)に着弾。同軍は、このロケット弾による死傷者の有無についてはコメントを拒んだ。 

  まったく驚かないが、日本政府はトランプの宣言に対してはっきりとしたコメントを出してゐない。

https://mainichi.jp/articles/20171209/k00/00m/030/125000c

 トランプ氏は日本時間7日未明に、エルサレムイスラエルの首都と認定する方針を発表した。これに対し、英独仏の首脳は直ちに反対を表明。国連欧州連合(EU)も米国を批判している。

 一方、河野太郎外相は7日午後、外務省で記者団に感想を求められ、「トランプ氏の中東和平促進への努力を評価する」などとまず前置きし、その上で「情勢悪化を懸念している」と述べた。記者に「米国の発表に対する賛否を日本政府として示す考えはあるか」と重ねて問われ、外相は「日本は大使館を移動するつもりはない」と語った。問答はかみ合っていないが、賛否表明は避けつつ、米国と異なる日本の立場を言外ににじませた。

 これに先立ち、菅義偉官房長官も同日午前の記者会見で「米国が発表したばかりで予断を持って発言することは差し控えたい」と賛否を避け、米国などと緊密に意思疎通を図るとの考えを示した。8日には、自民党二階俊博幹事長が国会内で記者団に「日本は日米同盟を結んでいる」と語り、事態を慎重に見守る姿勢を強調した。

  二階幹事長の「日本は日米同盟を結んでいる」といふコメントが現政権の同盟認識をよく表してゐる。彼らにとって日米同盟とは「ついていきます、捨てないで」といふことなのだらう。だから馬鹿にされるんだよ。

 トランプ大統領の乱心ぶりを見れば、対北朝鮮政策に関しても、平和的解決を探るための忍耐力に期待することは難しいやうに思ふ。その米国と100%一致することが安倍のいふ「国民を守り抜く」ことなのだから哀しくって涙が出るぢゃないか。

japan.hani.co.kr

 ドナルド・トランプ米行政府の事情に精通した消息筋は3日(現地時間)、「米行政府の中でも『先制攻撃』が絶えず議論されるほど」だとして、内部の雰囲気が悪化したと伝えた。北朝鮮の長距離ミサイルが、理論的にはワシントンに到達しうるという評価が出てきて緊張が高まっているということだ。

 ホワイトハウスのハーバート・マクマスター国家安保補佐官も2日、カリフォルニアで開かれた「レーガン国防フォーラム」で「北朝鮮との戦争の可能性が日増しに高まっている」として緊張水準を引き上げた。彼は「武力衝突によらずにこの問題を解決できる方法はあるが、あまり時間が残っていない」と付け加えた。ただし彼は、具体的な軍事オプションと関連してソウルを狙った北朝鮮の在来式ロケット砲やロケットを考慮すれば「リスクのない軍事行動の方法はない」と認めた。

 マクマスター補佐官は4日、フォックスニュースの「サンデー」プログラムに出演し、北朝鮮核問題は「(中国とロシアに対して)直接的な脅威であるだけでなく、日本や韓国、および他の国家が自主的に核武装する可能性という脅威をも提起する」と述べた。北朝鮮核問題を放置すれば、中国が最も敏感に考える韓国、日本、台湾の自主核武装を容認することになりかねないというメッセージを投げて、中国に対北朝鮮原油製品供給の縮小と海上遮断への参加を引き出す圧迫と見られる。

  トランプの乱心及び安倍の愚鈍と対照的なのが韓国・文在寅大統領の踏ん張りだ。彼は立派だ。パク・クネ後の最悪の政治状況で就任し、よくこれだけ建て直したものだ。

www.jiji.com

 韓国の文在寅大統領は6日、「北朝鮮の核問題は必ず解決しなければならず、圧力もかけなければならない」と述べる一方、「軍事的先制攻撃で戦争が起きることは断じて容認できない」と強調した。また、「『われわれの同意なくして朝鮮半島での軍事行動はあり得ない』と米国にはっきりと伝えている」と語り、平和的な解決策を模索する考えを改めて示した。
 大統領府が宗教界代表者との懇談での発言を公表した。文大統領は「今は緊張が高まっているが、この状態が続くことはあり得ない」と楽観。「結局、(対話は)時期の問題だとみられる。その過程に平昌冬季五輪がある」と述べ、五輪をきっかけとした対話局面への転換に期待感を表明した。 

  国連最高位の要人が訪朝したといふ。けっこうなことだが、ちょっと遅くないかい?

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 国連の最高位級要人の1人であるジェフリー・フェルトマン政務担当事務次長が4日間の日程で5日に北朝鮮を訪問した。フェルトマン事務次長の訪朝は6年ぶりの国連最高位級訪問で、先月29日の北朝鮮大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星-15」型発射以後に再燃した朝鮮半島「強対強構造」の緩和に大きく寄与するものと予想される。
(中略)
 国連の高位級要人の訪朝は、2010年2月の当時リーン・パスコ政務担当事務次長と、2011年10月の人道主義業務調整局(OHCA)バレリー・ エイモス局長の訪朝以後、6年ぶりだ。それだけに異例であり、金正恩(キム・ジョンウン)北朝鮮労働党委員長が政権を継承した後、国連高位級の初の訪朝だ。長官級要人である政務担当事務次長は、紛争地域の軋轢解決という国連本来の任務を総括するという点で、多くの事務次長の中でも核心要人だ。
 特に彼の訪朝は、北朝鮮との「公式議論」の性格を帯びているという点で重量感がある。ステファン・ドゥジャリク国連報道官は定例ブリーフィングで「フェルトマン事務次長がリ・ヨンホ北朝鮮外相とパク・ミョングク外務省副相などに会う予定」と明らかにした。米国の民間専門家と北朝鮮当局者が非公式に会う「半民半官対話」(1.5トラック)より公式性や格式の面ではるかに水準が高いと言える。
 フェルトマン事務次長の訪朝は、北朝鮮招請で始まったという点で、北朝鮮が探索的対話を模索し始めたのではないかという見方が出ている。ドゥジャリク報道官は、北朝鮮が9月の国連総会期間にフェルトマン事務次長を招請し、先月30日に訪朝が最終確定したと説明した。
 訪朝が最終確定した時点を見れば、北朝鮮が29日未明にICBMを発射し、正午に「政府声明」を通じて「国家核武力が完成された」と主張した時点に近接している。北朝鮮金正恩労働党委員長のいわゆる「核・経済並進路線」が完成されたとし、交渉局面への転換を試みているという分析の根拠だ。韓国政府当局者もこの日、北朝鮮の意図と関連して「初歩的な水準ではあるが、対外的にドアを開け始めている」と説明した。

 トランプの乱心が恐ろしい。痴呆の初期症状だとか、精神が崩壊し始めてゐるといった危なっかしい話も出てきてゐる。そしてティラーソンは辞めるのか?

 危機の2017年、混乱極まる師走、ぼくは来週、ダンスイベント出場のため台湾に行く。

金正恩委員長は、新型の大陸間弾道ロケット「火星15」型の成功裏の発射を見守りながら、今日ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと誇り高く宣布した。

今週の気になるニュース。

 まづ原発関連ニュース。ここではほとんど半島関連の報道を追ってきたが、これは大きなニュースだと思ったから例外的に載せておく。廃炉が決まってゐる高速増殖炉もんじゅ」だが、なんと「放射能を帯びたナトリウムの抜き取りができない設計」になってゐるといふのである。つまり「廃炉の仕方」がわからないらしいのだ。

https://mainichi.jp/articles/20171129/ddm/001/040/162000c

毎日新聞の記事を抄録する。

 廃炉が決まっている高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について、原子炉容器内を満たしている液体ナトリウムの抜き取りを想定していない設計になっていると、日本原子力研究開発機構が明らかにした。放射能を帯びたナトリウムの抜き取りは廃炉初期段階の重要課題だが、同機構が近く原子力規制委員会に申請する廃炉計画には具体的な抜き取り方法を記載できない見通しだ。

 通常の原発は核燃料の冷却に水を使うが、もんじゅは核燃料中のプルトニウムを増殖させるため液体ナトリウムで冷やす。ナトリウムは空気に触れれば発火し、水に触れると爆発的に化学反応を起こす。もんじゅでは1995年にナトリウムが漏れる事故が起き、長期停止の一因になった。

(中略)

 原子力機構幹部は取材に対し「設計当時は完成を急ぐのが最優先で、廃炉のことは念頭になかった」と、原子炉容器内の液体ナトリウム抜き取りを想定していないことを認めた。炉内のナトリウムは放射能を帯びているため、人が近づいて作業をすることは難しい。

 原子力機構は来年度にも設置する廃炉専門の部署で抜き取り方法を検討するとしているが、規制委側は「原子炉からナトリウムを抜き取る穴がなく、安全に抜き取る技術も確立していない」と懸念する。

 もんじゅに詳しい小林圭二・元京都大原子炉実験所講師は「設計レベルで欠陥があると言わざるを得ない。炉の構造を理解している職員も少なくなっていると思われ、取り扱いの難しいナトリウムの抜き取りでミスがあれば大事故に直結しかねない」と指摘する。【鈴木理之】

 「都合の悪いことは起こらない」ことにしてあらゆる問題を「先送り」にする、といふ原則が日本中枢を毒してゐる。最も愚鈍で倫理の欠如した人たちが、この国を動かしてゐる。ただ、辛い。

 続いて半島ニュース。

 北朝鮮は11月29日、大陸間弾道ミサイル「火星15号」を発射した。ミサイルは青森県西250キロの日本海上に落下した。北朝鮮の発表は以下のとほり。

Naenara-朝鮮民主主義人民共和国

朝鮮政府が新型の大陸間弾道ロケット試射の成功に関連する声明を発表

朝鮮民主主義人民共和国政府が新型の大陸間弾道ロケット試射の成功に関連して29日、次のような声明を発表した。

朝鮮労働党の政治的決断と戦略的決心に従って、新しく開発した大陸間弾道ロケット「ファソン15」型の試射が成功裏に行われた。

大陸間弾道ロケット「火星15」型の武器システムは、米本土全域を打撃できる超大型重量級核弾頭の装着が可能な大陸間弾道ロケットとして、去る7月に試射した「火星14」型より戦術的・技術的諸元と技術的特性がはるかに優れた武器システムであり、われわれが目標としたロケット武器システム開発の完結段階に到達した最も威力ある大陸間弾道ロケットである。

朝鮮労働党と共和国政府の委任に従ってキムジョンウン委員長が指導する中、大陸間弾道ロケット「火星15」型はチュチェ106(2017)年11月29日2時48分、首都ピョンヤンの郊外で発射された。

ロケットは予定された飛行軌道に沿って53分間飛行し、朝鮮東海の公海上の設定された目標水域に正確に着弾した。

試射は、最大高角発射システムで行われ、周辺国家の安全にいかなる否定的影響も与えなかった。

大陸間弾道ロケットは、頂点高度4475キロメートルまで上昇して950キロメートルの距離を飛行した。

金正恩委員長は、新型の大陸間弾道ロケット「火星15」型の成功裏の発射を見守りながら、今日ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと誇り高く宣布した。

大陸間弾道ロケット「火星15」型試射の大成功は、米帝とその追随勢力の悪らつな挑戦と折り重なる試練の中でもいささかの動揺もなく朝鮮労働党の並進路線を忠実に支えてきた偉大で英雄的な朝鮮人民が獲得した高価な勝利である。

朝鮮民主主義人民共和国の戦略武器の開発と発展は全的に、米帝の核恐喝政策と核威嚇から国の主権と領土保全を守り、人民の平和な生活を防衛するためのものとして、わが国家の利益を侵害しない限り、いかなる国や地域にも脅威にならないということを改めて厳かに声明する。

朝鮮民主主義人民共和国は責任ある核強国であり、平和愛好国家として、世界の平和と安定を守るための崇高な目的の実現のために自分の努力の限りを尽くすであろう。

「われわれが目標としたロケット武器システム開発の完結段階に到達した最も威力ある大陸間弾道ロケット」「今日ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと誇り高く宣布した。」と言ってゐる。

 ぼくはこれを読んで「ああ、完成したのか。ならもうミサイル発射実験はないのだな」と思った。が、よく読むと核弾頭の再突入技術に関しては言及されてゐない。だからまだ実験はするのかもしれない。

 北のミサイル発射を受けて米国が「さらなる制裁」を叫び、中露が「制裁ではどうにもならぬ」と自制を促すといふいつも通りの展開となってゐる。

www.afpbb.com

ロシアのセルゲイ・ラブロフSergei Lavrov)外相は24日、北朝鮮による大陸間弾道ミサイルICBM)発射を受けて同国との関係を断ち切るよう米国が求めたことについて、これを拒否する意向を表明した。

 複数のロシアメディアによると、ラブロフ氏はベラルーシの首都ミンスクで記者会見に臨み、「われわれはこれを否定的に見ている。繰り返し述べているが、制裁による圧力は使い果たされている」と述べた。

 ラブロフ氏はまた、米国が金正恩キム・ジョンウンKim Jong-Un)政権を刺激しようとしていると非難。「米国の最近の行動は意識的に北朝鮮政府を別の過激な行動へと仕向けているかのようだ」と述べ、「米国人は自分たちの狙いが何か説明する必要がある。もし北朝鮮を滅ぼす理由を探しているのであれば率直にそう言うべきであり、米国の指導者もそれを認めるべきだ」と語ったという。(c)AFP

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 中国官営環球時報はこの日、北朝鮮の核・ミサイル問題で中国はやるだけのことはやったから、これ以上(米国と国際社会が)中国に強要することをやめてほしいと促した。共産党機関紙人民日報の姉妹紙である環球時報のこのような論調は先月末、北朝鮮の「火星15」大陸間弾道ミサイルICBM)の発射にともなう米国の追加対北朝鮮制裁の動きに対する中国政府の拒否感を示したと分析できる。 

  環球時報はこの日の社評で「中国は北朝鮮に友好的な政策を展開してきた少ない国家の一つだが、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁に参加した」とし「中国は依然として北朝鮮の最大の貿易相手国であり、数回にわたって安保理から北朝鮮の立場を弁護し、対北朝鮮制裁が北朝鮮人民を狙ってはならないという点を指摘した」と明らかにした。また「米国に対しても中国はやるだけのことはやった」とし「中国は安保理決議の履行過程で中朝関係を傷つけるなど、すでに代価を払っている」と主張した。この新聞は、特に「北朝鮮が一層発展されたICBMを発射したとすれば、これに対する制裁を甘受するのは当然だ」としつつも北朝鮮がいかなる間違いをしようが、全面的な貿易運送禁止など北朝鮮を孤立させる行為も間違っており、中国は米国のこのような非現実的な構想に協力する義務がなく、米国が中国と安保理を統制する指揮権を持っているとも言えない」と批判した。 

 ハンギョレ社説の説くとほり、韓米は対北朝鮮政策の全面的見直しを行ふべきだと思ふ。日本もさうだが安倍政権に願ふことはただ退陣のみである。

[社説]北朝鮮「核武力完成」、韓米は対北朝鮮政策の全面再検討をすべき : 社説・コラム : ハンギョレ

冷静に見るならば、今回の発射を全く予想できなかったわけではない。ドナルド・トランプ米大統領のアジア歴訪と、習近平・中国国家主席の特使である宋濤・中国共産党対外連絡部長の訪北でも明確な突破口を用意できなかったうえに、トランプ米行政府は9年ぶりに北朝鮮をテロ支援国に再指定した。北朝鮮の今回のミサイル発射は、「核武力完成」に向けた自国の時刻表に従ったものと見られるが、「テロ支援国再指定」が北朝鮮に一定の名分を提供した側面もあるだろう。

 今後当分は、北朝鮮と米国は競走する汽車のように激しい“強対強”対決の様相を見せることが明らかだ。トランプ大統領はこの日、「制裁と圧迫」という米国の対北朝鮮アプローチ方式を変える意思はないと明らかにした。29日(現地時間)に緊急招集される国連安全保障理事会は、制裁の強度を一層高める方案を議論する予定だという。問題は、制裁水準をどのように高めるのか、また、制裁水準が高まれば北朝鮮がこれに屈服して対話に出てくるのかがきわめて不透明だという事実だ。トランプ行政府は、中国に向かって原油供給中断または大幅縮小を強く要求すると見られるが、中国がどこまで呼応するかは未知数だ。米国の武力示威回数が増え、その強度も高まると予想される。北朝鮮に対する強力な警告が目的だが、その過程で韓国が甘受しなければならない経済的・軍事的負担は侮れないだろう。

 米国は北朝鮮に対して、バラク・オバマ行政府では「戦略的忍耐」という名前で、トランプ行政府では「強力な制裁」で一貫してきた。北朝鮮がミサイル試験をするたびに強力な糾弾と制裁宣言が「機械的慣性」のように続いてきた。しかし、制裁局面でも北朝鮮は一貫して核・ミサイルを開発してきたし、今は「核武力完成」を主張するに至った。少なくとも現在のところ、「最大の関与」が抜け落ちた制裁一辺倒の対北朝鮮圧迫政策は事実上失敗したと言える。

 韓国の文在寅大統領は「火星15号は完成してゐない」との立場を明らかにした。

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 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が先月30日、ドナルド・トランプ米大統領との電話で北朝鮮の「火星-15」型ミサイルについて、「開発の完成段階ではない」という趣旨で説明した背景に注目が集まっている。基本的には大陸間弾道ミサイル(ICBM)の技術的完成度に疑問を示したものだが、米国と北朝鮮に状況判断を誤って極端な衝突に突き進んではならないというメッセージが含まれているものと見られる。

 文大統領は同日の電話会談で、火星-15型について「これまでのミサイルの中で最も進んだものであることは確かだが、再突入と終末段階の誘導分野の技術はまだ立証されておらず、核弾頭の小型化技術を確保したかどうかも定かではない」と述べた。文大統領は「北朝鮮のミサイルをどのように見ているか」というトランプ大統領の質問に答える過程で、このように説明した。「大陸間弾道ミサイル開発が完結の段階に到達し、核兵力の完成を実現した」という北朝鮮政府の声明を認めない立場を示したのだ。 

  北の立場は一貫してゐる。「核保有国として認めて欲しい。そこから交渉しませう」といふものである。

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 北朝鮮が、核保有国としての地位が認められれば米国と交渉する用意があるという立場を明らかにしたと、訪朝したロシア下院議員が伝えた。核保有国地位の認定は北朝鮮の一貫した立場だが、先月29日の「火星-15型」ミサイル発射を「核武力の完成」と宣言した状態で、対話の意思を伝えたものと見られる。

 同僚議員らと一緒に訪朝したビタリ・パシン議員は「キム・ヨンナム最高人民会議常任委員長(国会議長に当たる)が、北朝鮮は交渉テーブルにつく用意ができていると明らかにした」と伝えたと、「インタファクス通信」が1日付で報じた。パシン議員は、北朝鮮が今回の発射で目標を達成して米国と交渉する準備ができたとしたうえで、交渉に出る条件として核保有国としての認定を掲げたと話した。彼は、北朝鮮が今回のミサイル発射を米国に交渉しようというシグナルを送ったものとみなしていると付け加えた。ロシアの議員たちは発射翌日の30日、キム・ヨンナム常任委員長と面会した。

 12月4日、韓米軍事演習始まった。

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訓練には、韓国軍航空機約80機と米軍航空機約150機など合わせて230台機が参加する。米軍側から「ステルス機F-22」6機や「F-35A」6機、「F-35B」12機、電子戦機「EA-18Gグラウラー」6機、戦闘機「F-15C」約10機、「F-16」約10機、長距離爆撃機B-1B、早期警報機E-3などが参加し、韓国側側は戦闘機F-15KとKF-16、F-5、韓国製軽攻撃機FA-50、国産戦術統制機KA-1、空中管制機E 737などが参加する。


 北朝鮮は、前日の外務省報道官の声明に続き、「労働新聞」を通じて訓練を強く非難した。労働新聞は3日付で、「ただでさえ緊張した朝鮮半島情勢を、核戦争勃発の局面へとさらに深く追い込む危険な挑発妄動」とし、「合同空中訓練は我々に対する公然の全面挑戦であり、あっという間に核戦争の火種を爆発させる引き金となりかねない」と主張した。 

 米国には「在韓米軍家族の退避」を訴へる議員が出てきてゐる。

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共和党のグラム上院議員は3日、CBSテレビのインタビューで、北朝鮮との軍事衝突が近づいているとの認識を示し、「在韓米軍の家族を韓国国外に退避させるべき時が来た」と訴えた。グラム氏は「北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道ミサイルICBM)の技術と核兵器の融合を進める中、われわれは軍事衝突に近づいている」と発言。

「時間はあまり残されていない」と繰り返し、北朝鮮と戦争になれば大きな被害を受けるとされる韓国から米軍兵士の妻や子供を退避させるべきだと訴えた。韓国には米兵約2万8500人が駐留している。

 本当に戦争が始まるのだらうか。朝鮮半島で。あってはならないことだ。中露が提言してゐる「双中断」すなはち北も米韓も同時に挑発をやめて対話を始める。それでいきませうよ。