手探り、手作り🐘

May happiness come your way😊

ブログの全体像&自己紹介

こんにちは。

林広貴です。ご訪問いただきありがとうございます。

ここではブログの全体像の説明と、簡単な自己紹介をいたします。

カテゴリー案内 

踊り        インドに舞踊修行に行きたいけれどコロナ禍で当分行けない😢
 
書いて考える
 ◇社会・政治   時事に応じて、ああだこうだ。
 ◇聖なるもの   聖性、神、絶対者などに関心があります。
 ◇資料・メモ   文字通り、資料とメモをば。
 
本と映画      本と映画の感想&ノート。
 
ことば       気になった言葉からあれこれ。
 
記録中
 ◇年表      菅政権年表第2次安倍政権年表」を作成中です   
 ◇国政選挙まとめ 2012年11月の衆院選以降の国政選挙についてまとめてゐます。
 
雑文        はい、雑文です。

おすすめ&評判のいい記事

キム・ヨナの芸術  ひどい文章だけれど、誰も書いてゐないことを書いたはず⛸

ワナジャ      この記事、とても評判がいい🐘

雲南省のおっちゃんのダンス 雲南省はいいところ。米線おいしい🤤

自己紹介

1986年生。生まれも育ちも奈良県奈良市です。

2012年1月から東京品川区の中延という町に住んでゐます。

中延商店街と戸越銀座商店街武蔵小山商店街の真ん中あたりで、とても住みよいところです。

仕事は、英文特許文書日本語訳の校閲をしてゐます(派遣)。 
 
趣味は舞踊と文学です。
2012年から大槻一博先生に師事してフォンジュン(fonjerng、 北タイの武術・舞踊)を学んでゐます。
また、2016年からカタック(kathak、北インドの伝統舞踊)を学んでゐます。当初は教室に通ってゐましたが、2018年秋から独習です。
 
☟はカタックの勉強ノートです。

資源はカタック探求に優先的に投入したいと思ってゐます。と書くのは関心のあることが多く、エネルギーが分散してしまって一番やりたいことに集中しきれてゐないという自戒のためです。集中、集中👹

 

伝統舞踊に限らず舞踊芸術全般が好きです。

好きな舞踊家・ダンサーは、
Nutan Patwardhan、Komal KhushwaniMadhuri Dixit、キム・ヨナマイケル・ジャクソン、アクラム・カーン、Shantala Shivalingappa など。
 
好きな作家は福田恆存夏目漱石井上ひさし斉藤茂吉中島敦 など。 
 
連絡先:duoxie.hengcun@gmail.com

本ブログの「仮名遣い」について

このブログでの日本語の書き方、ぼくの「仮名遣い」はヘンテコです(「第二次安倍政権年表」は公共性を意識して例外的にふつうに書いてゐます)。

「住んでゐます」とか「まづ、はじめに」とか、一般には見られない書き方をしてゐます。

ここでは、具体的に何がどう違うのか、また、なぜそのような普通とは異なる表記法で書いてゐるのかをご説明いたします。

敗戦後、占領期に実施された「国語改革」により、「漢字」と「仮名遣い」の簡易化が行われました。

「国語改革」とは1946年に公布された「当用漢字表」と「現代かなづかい」にもとづく「日本語の書き方」の変革のことをいいます。

当用漢字表」および「現代かなづかい」は、「漢字の全廃」を最終目標として作成されたもので、「当用」とあるとおり、「さしあたっての便宜」のために極めて拙速につくられたものであり、原則と呼ぶにはあまりに矛盾と例外が多いものです。

「漢字全廃」をあきらめた政府は1981年に「常用漢字表」を、1986年に「現代仮名遣い」を公布して方針転換しましたが、改革の非を認めたわけではなく、現状を追認しただけのことです。

実際、多くの人はそれと知らずに「常用漢字表」を無視して漢字を使い、「現代仮名遣い」を破って語を書いてゐます。

常用漢字表」の無視については分かりやすいことで、「改ざん」と書けば「常用漢字表」に従った書き方であり、「改竄」と書けば「常用漢字表」を無視した書き方です。

隠ぺい、ねつ造、払しょく、忖たく、信ぴょう性、けん制、けん引、へき地、抜てき、急きょ、安ど・・・

など枚挙にいとまがありませんが、このような「交ぜ書き」は「常用漢字表」を守ることから生じるものです。

漢字の音を仮名で書くというのは漢字の表意性をとりのぞくということですから、たいへん読みづらいし、意味を推測できないので不合理かつ不便です。

だから、「常用漢字表」を遵守して書いてゐるのは公文書や新聞社くらいのもので、多くの作家も、一般の人が気軽に書く場合も、それを無視して書きます。

ぼくも当然、気にせず使います。

では「現代仮名遣い」はどうでしょうか。

これについては、ほとんどの人が「守ってゐる」という意識だと思います。

が、実際にはそうではありません。

「一人づつ」とか「つまづく」とか「うなづく」とか書いてしまう。そういう書き方をしばしば見かけます。

これは、「現代仮名遣い」では

「一人ずつ」、「つまずく」、「うなずく」と書かねばなりません。

前者の書き方は「歴史的仮名遣い」の書き方です。

そして、「歴史的仮名遣い」のほうに正統性があり、「現代かなづかい」および「現代仮名遣い」は「歴史的仮名遣い」を表音化という方向で簡易化したものです。

国語教育において語の書き方、すなわち「仮名遣い」について習うのは、ほとんど助詞の「は」「へ」「を」の使いかたくらいのもので、「四つがな(「じ・ぢ」「ず・づ」)」の使い分けなどについてきちんと教わることはありません。

歴史的仮名遣い」とは何なのか、仮名の性質とはどのようなものか、助詞の「は」「へ」「を」は「ワ」「エ」「オ」と発音するのになぜ「わ」「え」「お」ではないのか、「じ・ぢ」「ず・づ」はなぜ同じ音なのか、これら日本語の歴史と性質について体系的な知識をあたえず、だいたい発音のとおりに書けばよい、ただし「は」「へ」「を」だけは例外である。そういうふうに教わります。

だから「一人ずつ」を「一人づつ」と書いてしまうし、それが「現代仮名遣い」としては間違いであることに気づかない。

歴史的仮名遣い」はむづかしいので簡易化が必要だというのはそのとおりですが、「国語改革」によって行われた簡易化はいきすぎであったとぼくは考えてゐます。したがって、「常用漢字表」を無視して漢字を使うように、「現代仮名遣い」にも従わずにことばを書きます。

けれど国語改革が実施されてから70年以上の年月が経ち、改革後の表記法が完全に定着したいまの時代に、敗戦前の表記法をそのまま実践するのは時代錯誤でしょう。

そういうわけで、小さな抵抗として、簡易化の度合いをよわめ、正統である「歴史的仮名遣い」にちかづけた書き方をすることにしました。

少しでも日本語の古層に通じた表記法を実践したいと思うのです。

具体的には、以下の語について「歴史的仮名遣い」で書きます。

・助詞の「さへ」「づつ」

・存在を意味する「ゐる」「をる」

・「ぢ」「づ」「じ」「ず」、いわゆる「四つがな」を使用した語

これで具体的にどこが違うのかがお分かりいただけたかと思います。

以下、「なぜこんな仮名遣いで書くのか」についてもう少し詳しく述べます。

上記のとおり、国語改革は敗戦後の占領期に実施されたものであり、いわゆる「戦後処理」の一環ということができます。

19世紀末に幕藩体制が終わり、大日本帝国ができ、日本は近代国家となりました。

それが1945年の敗戦によって崩壊し、連合国に占領され、日本国憲法ができ、サンフランシスコ平和条約日米安保条約によって日本は独立し、「戦後の日本国」ができました。

「戦後の日本国」をデザインしたのはアメリカです。それが言い過ぎであれば、少なくともアメリカの国家戦略に適合するようにつくられたとは言えるでしょう。

大日本帝国の失敗の上に新しい国家をつくるという「戦後処理」が冷戦構造のなか、朝鮮戦争のさなかに、アメリカの国家戦略に都合のいいように行われた。

そのために「戦後処理」は様々な問題をあいまいにしたまま決着されました。

天皇制。慰霊。アジア諸国との関係。日米安保。沖縄の米軍基地。

このままではいけないのは明らかですし、このままでよいかのようにふるまうことも、もう限界だと思います。

ぼくには「戦後の日本国」はもう終わりなのだという感覚があります。

日本国の新しいビジョン、国家像を考える必要がある。

思想家の内田樹氏は「街場の戦争論」(2014)で次のように述べてゐます。

日本は戦争に負けることで多くのものを失いました。それはどのようなものか。「そんな話はもう止めよう」と言って済まされるものではありません。僕たちの国は敗戦であまりに多くのものを失った。それを回復しなければ、この国は蘇生しない。そして、僕たちが敗戦で失った最大のものは「私たちは何を失ったか?」を正面から問うだけの知力です。あまりにひどい負け方をしてしまったので、そのような問いを立てる気力さえ敗戦国民にはなかった。その気力の欠如が戦後七十年間続いた結果、この国の知性は土台から腐食してきている。僕にはそのように思えるのです。ですから、僕たちはあらためて、あの戦争で日本人は何を失ったのかという痛々しい問いを自分に向けなければならないと思います。 27項

「僕たちの国は敗戦であまりに多くのものを失った。それを回復しなければ、この国は蘇生しない。」

ぼくはこの言葉を深刻に受け止めました。

「国語改革以前の文字表記を回復させなければ、この国は蘇生しない」などと言いたいわけではありませんし、実際そうはしてゐません。

そうではなくて、あのようにひどい負け方をしなかった場合に、どのような国語改革が行われ、どのような漢字の字体、仮名遣いがあり得たかを考えたいのです。

それを通じて、あの戦後処理に向き合いたいのです。

もし大日本帝国がもう少し早い段階で戦争を終わらせることができ、占領がなかったとすれば、漢字の字体はいまと違うものになってゐたでしょう。字数制限もなかったかもしれない。

そして仮名遣いは、もっと歴史的仮名遣いに近いものであったはずです。

ぼくは、それを考えたいのです。

その実践が、このブログでのぼくの「仮名遣い」です。

・助詞の「さへ」「づつ」

・存在を意味する「ゐる」「をる」

・「ぢ」「づ」「じ」「ず」、いわゆる「四つがな」を使用した語

を「歴史的仮名遣い」で書く。

このあたりが現代仮名遣いで育った現代の日本人が受け入れ得るぎりぎりの落としどころかなと考えて決めました。

漢字の字体についてはあまりに膨大で、いまだ自分なりの基準をつくる段階にいたってをりません。従って基本的には常用漢字表の字体で書いてゐます。

このブログを開いてヘンテコな仮名遣いを見た人は、あるいはぼくのことをひょいと「変な人リスト」に入れるかもしれません。

「うわ~スベってるなあ、イタイなあ」と感じるかもしれない。

それならそれでしかたない。そんなものだと思います。

勉強不足は明らかで、自分でもスベってると感じることがあるし、普通に書けばいいのにとも思います。

これは痩せ我慢です。

国語改革に反対して戦った人達への思いが断ち切れず、執着してゐるのです。

しかし、こういう妙なことを考える人間がゐたほうが世の中面白いとも思いますから、痩せ我慢を続けるつもりです🐘

菅政権年表

随時、加筆・修正します。

「この出来事も追加したら?」「追報が出てるよ!」などアドバイス、ご意見ありましたら、お気軽にコメント欄、ツイッター、または duoxie.hengcun@gmail.com にご連絡ください🐢

☟もどうぞ。

菅政権年表

2020年

8月28日

安倍首相、健康状態の悪化を理由に辞意表明。8月17日と24日、二週続けて検査のために慶応病院を訪れた様はメディアでショウアップされ健康不安説が喧伝された。また24日には連続在任日数が歴代最長となった。

「政治においては、最も重要なことは結果を出すことである。私は、政権発足以来、そう申し上げ、この7年8か月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。病気と治療を抱え、体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。
総理大臣の職を辞することといたします。」(全文はこちら

9月14日

自民党総裁選、菅義偉官房長官(71)が新総裁に。総裁選には菅の他に岸田文雄石破茂が出馬した。有効票534票のうち、菅が377票、岸田が89票、石破が68票だった。

「政治の空白をもたらしてはならない」との理由により党員投票は行われず、投票は国会議員と党都道府県連の代表のみだった。菅新総裁は決意表明において次のように述べた。

「私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」、そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、地域や家庭でお互いに助け合う。その上に、政府がセーフティネットでお守りする。そうした、国民の皆様から信頼される政府を目指します。よろしくお願い申し上げます。」

9月15日

立憲民主党と国民民主党などの合流新党「立憲民主党」が発足。衆参両院の150人の国会議員を擁する野党第一党に。

枝野幸男代表は、「自助と自己責任を求める新自由主義か、支え合いの社会か。国民に選択肢を示す時だ」「この7年8か月、残念ながら政治に対する諦めが広がり、政権の選択肢を明確に示すことができなかった野党の責任を痛感している。今こそ、選択肢を示すときで、そのために真正面から前に進んでいく」と述べた。

9月16日

臨時国会招集(会期はわずか3日間)。自民党菅義偉総裁が第99代首相に指名され、菅内閣発足。副総理兼財務大臣麻生太郎官房長官加藤勝信

安倍首相の辞任表明から菅新政権の誕生までの世論の推移は興味深いものがある。8月に行われたNHK世論調査では内閣支持34%、不支持47%という割合だった。不支持が支持を上回る傾向は5月から連続しており、それが安倍の持病悪化の一因であったことは疑いを容れない。

8月28日に辞意表明があり、9月2日に菅官房長官は「安倍路線の継承」を掲げて総裁選への立候補を表明した。

朝日新聞社が9月2、3日に実施した世論調査では第2次安倍政権の7年8カ月の実績について71%が「評価する」と答えた。また次期首相ふさわしい人物は菅38%、石破25%、岸田5%。6月の調査では石破31%、菅3%だった。

また就任翌日の17日に毎日新聞が行った世論調査での内閣支持率は64%。日経新聞が16、17日に行ったものでは74%であり、支持する理由は『人柄が信頼できる』が最も多く46%だった。

政府のメディア戦略とメディアの批判精神の欠如と国民の現状追認マインドが、安倍長期政権の不の遺産をことごとく水に流してしまったのかもしれない。

8月28日

安倍首相、健康状態の悪化を理由に辞意表明。8月17日と24日、二週続けて検査のために慶応病院を訪れた様はメディアでショウアップされ健康不安説が喧伝された。また24日には連続在任日数が歴代最長となった。

「政治においては、最も重要なことは結果を出すことである。私は、政権発足以来、そう申し上げ、この7年8か月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。病気と治療を抱え、体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。
総理大臣の職を辞することといたします。」(全文はこちら

9月14日

自民党総裁選、菅義偉官房長官(71)が新総裁に。総裁選には菅の他に岸田文雄石破茂が出馬した。有効票534票のうち、菅が377票、岸田が89票、石破が68票だった。

「政治の空白をもたらしてはならない」との理由により党員投票は行われず、投票は国会議員と党都道府県連の代表のみだった。菅新総裁は決意表明において次のように述べた。

「私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」、そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、地域や家庭でお互いに助け合う。その上に、政府がセーフティネットでお守りする。そうした、国民の皆様から信頼される政府を目指します。よろしくお願い申し上げます。」

9月15日

立憲民主党と国民民主党などの合流新党「立憲民主党」が発足。衆参両院の150人の国会議員を擁する野党第一党に。

枝野幸男代表は、「自助と自己責任を求める新自由主義か、支え合いの社会か。国民に選択肢を示す時だ」「この7年8か月、残念ながら政治に対する諦めが広がり、政権の選択肢を明確に示すことができなかった野党の責任を痛感している。今こそ、選択肢を示すときで、そのために真正面から前に進んでいく」と述べた。

9月16日

臨時国会招集(会期はわずか3日間)。自民党菅義偉総裁が第99代首相に指名され、菅内閣発足。副総理兼財務大臣麻生太郎官房長官加藤勝信

安倍首相の辞任表明から菅新政権の誕生までの世論の推移は興味深いものがある。8月に行われたNHK世論調査では内閣支持34%、不支持47%という割合だった。不支持が支持を上回る傾向は5月から連続しており、それが安倍の持病悪化の一因であったことは疑いを容れない。

8月28日に辞意表明があり、9月2日に菅官房長官は「安倍路線の継承」を掲げて総裁選への立候補を表明した。

朝日新聞社が9月2、3日に実施した世論調査では第2次安倍政権の7年8カ月の実績について71%が「評価する」と答えた。また次期首相ふさわしい人物は菅38%、石破25%、岸田5%。6月の調査では石破31%、菅3%だった。

また就任翌日の17日に毎日新聞が行った世論調査での内閣支持率は64%。日経新聞が16、17日に行ったものでは74%であり、支持する理由は『人柄が信頼できる』の6%

政府のメディア戦略とメディアの批判精神の欠如と国民の現状追認マインドが、安倍長期政権の不の遺産をことごとく水に流してしまったのかもしれない。