手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」

失敗の本質 日本軍の組織論的研究」中公文庫 1991

著:戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎

聞きしに勝る名著だった。三月に(遠い昔のことのようだ!)「日本人の規律について」という文章を書いた。日本人は超越的次元を理解できない、抽象概念を用いて考えることが苦手である。だから目に見える、身近な現実に自己を固着させて安定させるのだというのが核心部分であった。

もちろん私の創意などではなく元ネタは福田恆存がいろいろな論文(「日本及び日本人」「絶対者の役割」「西欧精神について」など)で書いてきたことだ。山本七平の「空気の研究」も似たような議論が為されゐたと記憶してゐる。私が知らないだけで他にもあるだろう。福沢諭吉あたりがいちはやく指摘してゐるかもしれない。

「失敗の本質」でも同様の性質が論じられてゐた。原理ではなく現実から出発するからグランドデザインがなかった。概念を創造してそれを操作する力が欠けてゐるから新しい状況を正しく理解し別の戦略を立てることが出来なかった等。

福田や山本や本書が指摘してゐる「理念なき現実主義」によって日本的現象の多くを説明できるように思う。リベラルや左翼が「現実を見てゐない」と嘲笑されるのはまさにそれだ。ではそう言う保守派の見てゐる現実とはなにか。現実だけによりかかって現実が見えるか。

 戦略策定の方法論をやや単純化していえば、日本軍は帰納的、米軍は演繹的と特徴づけることができるだろう。演繹をある既知の一般的法則によって個別の問題を解くこと、帰納を経験した事実のなかからある一般的な法則性を見つけることと定義するならば、本来の戦略策定には両方の絶えざる循環が必要であることはいうまでもない。しかしながら、両軍の戦略策定の方法論の相違をあえて特色づけるならば、上記のような対比が可能であろう。さらに厳密にいうならば、日本軍は事実から法則を析出するという本来の意味での帰納法も持たなかったとさえいうべきかもしれない。 282-283頁

 日本軍は、初めにグランド・デザインや原理があったというよりは、現実から出発し状況ごとにときには場当り的に対応し、それらの結果を積み上げていく思考方法が得意であった。このような思考方法は、客観的事実の尊重とその行為の結果のフィードバックと一般化が頻繁に行われるかぎりにおいて、とりわけ不確実な状況下において、きわめて有効なはずであった。しかしながら、すでに指摘したような参謀本部作戦部における情報軽視や兵站軽視の傾向を見るにつけても、日本軍の平均的スタッフは科学的方法とは無縁の、独特の主観的なインクリメンタリズム(積み上げ方式)に基づく戦略策定をやってきたといわざるをえない。 285頁

 ガダルカナルでの実践経験をもとに、タラワ上陸作戦、硫黄島上陸作戦、沖縄作戦と太平洋における合計十八の上陸作戦を通じて、米海兵隊が水陸両用作戦のコンセプトを展開するプロセスは、演繹・帰納の反覆による愚直なまでの科学的方法の追求であった。

 他方、日本軍のエリートには、概念の創造とその操作化ができた者はほとんどいなかった。個々の戦闘における「戦機まさに熟せり」、「決死任務を遂行し、聖旨に添うべし」、「天祐神助」、「神明の加護」、「能否を超越し国運を賭して断行すべし」などの抽象的かつ空文虚字の作文には、それらの言葉を具体的方法にまで詰めるという方法論がまったく見られない。したがって、事実を正確かつ冷静に直視するしつけをもたないために、フィクションの世界に身を置いたり、本質にかかわりない細かな庶務的仕事に没頭するということが頻繁に起こった。 267-268頁

 さらに、近代戦に関する戦略論の概念も、ほとんど英・米・独からの輸入であった。もっとも、概念を外国から取り入れること自体に問題があるわけではない。問題は、そうした概念を十分に咀嚼し、自らのものとするように努めなかったことであり、さらにそのなかから新しい概念の創造へと向かう方向性が欠けていた点にある。したがって、日本軍エリートの学習は、現場体験による積み上げ以外になかったし、指揮官・参謀・兵ともに既存の戦略の枠組のなかでは力を発揮するが、その前提が崩れるとコンティンジェンシー・プランがないばかりか、まったく異なる戦略を策定する能力がなかったのである。 288頁

読んでゐて、これはアメリカに負けるわと何度も思った。日本軍との対比でときどき米軍について語られるのだが、素直に、敵ながらあっぱれと感じた。