手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り🌴

「対話でわかる 痛快明解 経済学史」松尾匡

対話でわかる 痛快明解 経済学史松尾匡 日経BP社 2009

面白かった。古典派⇒新古典派ケインジアンの時代⇒新しい古典派の時代⇒そして現在、という大きな流れが理解できた。といってもぼくにはむづかしい箇所がたくさんあったので、そこは流して読んだけれど。

どんな分野でもそうだけれど、専門知と一般知のあいだにはかなり大きな懸隔があるということを痛感した。いや、というよりも、学問が一般知にまで浸透して、それが政治に取り込まれると、最初のものとはぜんぜん別のものになってしまうということかな。

「新しい古典派の時代」のフリードマンなんか、新自由主義の親玉としてすごく悪者扱いされてゐて、ぼくも実際そういうなんとなくのイメージをもってゐたけれど、これを読むとぜんぜん違ってゐる。びっくりした。

松尾さんは「経済学的発想」と「反経済学的発想」の違いを強調する。両者の違いは端的に「競争」という概念の捉え方の違いとして理解できる。

 スミス以来、経済学は、各自が自己利益を追った結果が、調和のとれた世の中をもたらすと主張してきました。このことはしばしば、弱肉強食の競争が発展をもたらすというふうな意味に解釈されてきましたが、ミクちゃんはもうよくわかっている通り、それは全く違います。経済学で言う「競争」とは、一定のものをめぐって取り合いをすることを意味するのではなく、少しでも有利なところ、少しでも有利なやり方に向けて自由に移動することを意味しています。その結果は、負ける者が誰もいない、みんながトクをする状態に行き着くかもしれないのです。 309頁

これが「経済学的発想」である。反対に、「競争」を一定のものをめぐる取り合いとして理解し、結果として得をする勝者と損をする敗者が必ず生れるという考え方を「反経済学的発想」と呼ぶ。

二つの発想の峻別を頭に入れて現在の言論を見てみると、もうまったく「反経済学的発想」ばかりという気がする。自己責任論を奉じる勝ち組マインドの人達なんか完全にこれだし、自分が直接的に関係がない領域に税金が投入されたときにズルイと感じてしまうのもこれ、そこを逆手にとった「身を切る改革」が受けるのもこれではないかな。ムダがよくないのは当然として、政治家や公務員の給料が減っても国民が豊かになるわけではないのに。

論破が得意なマウント系言論人に喝采を送るのも「反経済学的発想」と言えるかもしれない。要するに既存の秩序のなかで優位に立つことを目的としてゐる。そこに公共性はない。共通善という発想がない。誰かが損をすることや誰かを引きずりおろすことを自分の利益と感じてしまう心性が社会に蔓延してゐるように感じる。

松尾さんによれば、フリードマンは「反経済学的発想」の新自由主義の政治家達によって歪曲されて理解されてきたそうだ。

「(・・・)『競争』という言葉の意味についても、一般には、食うか食われるかの『反経済学的』イメージで受け取られちゃうんだけど、正反対だって言ってるわね。張り合うとか出し抜くとか、そんなものじゃない。そんな人為なんて効かない匿名多数の合成結果に合わせるほかなくなるのがホントの『競争』ってもんだって言ってる。経済学者は当たり前と思っていてあまり意識しないんだけど、競争がいいってのは、『努力するから』って理屈じゃないのよ。『反経済学的』の人はすぐそんな解釈するけど」 259頁

「『経済学的発想』によれば、世の中全体で、いろいろな欲求の大小に合わせて各産業に労働がうまく配分されている状態が『効率的』と言われる。そして自由な労働移動を通じて、この状態をもたらすものこそが『競争』なのよ。

フリードマンの発想もそうね。彼は、自然失業率の失業は世の中に必要なものであって減らすわけにいかないと主張してるんだけれど、その理由として言ってるのが、世の中の人々の欲求がいろいろ変わるのに合わせて、世の中全体の労働の配分も変わっていかなければならないということなの。

そのかぎり、いつもどこか人々の欲求の減った部門で人手が余って、別の、人々の欲求が増えた部門で人手が足らなくなる。そうするとどうしたって、その両者の間の移動の途中で失業している状態というのができちゃうというわけよ。

決して、そんな人達のことを『脱落者』とか『負け犬』とかみなすような発想ではない。『石にかじりついてでもがんばれ』なんて絶対に言わないわよね」 260頁

経済学でいう「競争」がこういう意味であるということを知れたのが本書を読んだ最大の収穫だった。まったく蒙を啓かれた気がします。ぼく自身かなり「反経済学的発想」に毒されて、特に経済の議論など見てゐたように思う。

新自由主義を敵視するあまり、読みもせずに「フリードマンこんにゃろう」くらいに思ってゐた。フリードマンさん、誠に申し訳ございませんでした🙇