手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「東京裏返し 社会学的街歩きガイド」吉見俊哉

東京裏返し 社会学的街歩きガイド吉見俊哉 集英社新書 2020

先日、友人と上野でランチをし、帰りに少しだけアメ横と上野公園を歩いた。そのとき「上野ってかなり面白いところなのでは?」という感触があり、上野近辺のことを知りたくなった。そうして「平成時代」の吉見俊哉さんが街歩きの本を出してゐたのを思い出し、読んでみた。そしたらこれがメチャンコ面白かった。東京都民全員が読むべき本だと思う。この本でなされた提案が全部実現されるべきだ(都知事たのむで)。

ぼくは東京に出てきて品川区の中延という街に住み9年になる。その間一度も引っ越ししてゐない。9年と言ったら長い時間だけれど、近所の商店街を歩くばかりで、いわゆる東京観光みたいなことはほとんどしてゐない。渋谷も新宿も関心を持てない。大きいばかりでしんどくなる。

本書は、その渋谷や新宿といった都心南西部ではなく、秋葉原や上野や王子といった都心北東部にフォーカスした街歩き案内だ。誇張ではなく、この本を読んではじめて東京に興味がもてた気がする(この9年はいったい💦)。そろそろ関西に帰ろうかと考えてゐたのだけど、いや上野に近いどこかに引っ越すのもありかもしれない、なんて思い始めたくらいだ。

吉見さんは、東京は三回「占領」された都市である、という。

最初の占領は十六世紀末、徳川家康によってなされ、二回目の占領は一九世紀後半、明治維新のなかで薩長政権によってなされ、三回目の占領は一九四五年、米軍によってなされました。このそれぞれの占領後、東京都心は大規模に改造・改変されていきます。 21頁

この三度の「占領」による破壊の跡を巡りながら、そのたびに行われた記憶の再編について考えるというのが本書の結構だ。空間を移動しながら、時間をひっくり返し、価値観の転換を訴える。すなわち、「東京裏返し」だ。

 最後ですのでさらに大風呂敷を広げれば、本書が街歩きの先で構想しているのは、二一世紀の未来都市東京を江戸にすることです。「江戸」という言葉の「江」は入江や川を、「戸」は入口を意味します。つまり、かつて入江だった不忍池や後に神田川日本橋川となる平川、隅田川、石上井川などの入口が江戸=東京なのです。徳川幕府は、この「水辺の入口」であることがアイデンティティそのものだった江戸の治水に力を注ぎ、丘と谷、川や運河と坂が入り組んだ巨大都市を創り上げました。この江戸を一九世紀半ばになって占領した薩長政権は、徳川の記憶を徹底的に抹消していきましたが、微地形のなかでさまざまな記憶の痕跡は残りましたし、「川の東京」は昭和の初めまで生き続けました。

 しかし戦後、高度成長のなかでこの抹消プロセスが貫徹されると、その後に残ったのは江戸の根幹をなすトポグラフィーを全否定する、個性のない巨大都市東京でした。そのような高度成長型の都市が限界に達した現在、これからの可能性として浮上してくるのは、二一世紀の東京に、江戸のトポグラフィーをそれに根づいた文化とともに再生させることです。ある意味で、戊辰戦争のやり直しといってもいいかもしれません。 344-345頁

戊辰戦争のやり直し」 だって? 面白いな~

こんなにグっときてしまったのは、ぼくが国語改革に執着してゐる、その問題意識と完全に符合してゐたからだ。要するに、明治維新と敗戦によって日本が失ったものを取り戻さねばならないというのだ。というわけで、5月の連休はこの本で紹介された場所を可能な限り歩いてみようと思う。そして、いい感じの喫茶店幸田露伴樋口一葉の作品を読んでやろうぢゃないの。