「すずめの戸締まり」2022 日本
監督:新海誠 声:原菜乃華、松村北斗、深津絵里、神木隆之介 ほか
こまった。どうしよう。素晴らしいなあという気持ちと、期待ほどではなかったという気持ちと両方があって整理がつかない。絵はとてもつもなく綺麗なんだけれど、後半に入ると物語に乗れなくなる。
正直にいうと、アマゾンプライムで配信されてゐる冒頭12分が特別によくて、ほんとに素晴らしくて最高なんだけれど、そこがピークだった。
なんというか演歌歌手がJポップを歌うのを聞いたときのような感じだ。声もピッチもリズムも完璧で、その歌唱力に圧倒されるのだけれど、その歌唱力は演歌のためにあるのではという冷めたツッコミが浮かんでしまう。「こぶし」を聞かせてよ!っていう。
国民的映画作家になってしまったためか、「すずめの戸締まり」には新海的「こぶし」がほとんど完全に消えてゐるように感じた。新海的「こぶし」とは「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」に最もよく表現されてゐたような感傷、心の叫び、音楽ドーン! というあれ。
この新海的「こぶし」はあるひとには「キモチワルイ」ものであるが、また別のあるひとには「最高!」なものである。「すずめの戸締まり」は全体的に本当にきれいに整ってゐる。けれども「こぶし」がないので正直いってものたりない気がした。
いつもの「こぶし」が聞きたいということではない。ただ新海監督的にはこれでよいのだろうか。国民のほうを向きすぎて抑えつけてゐるものはないのだろうか。もうちょっと「キモチワル」くても大丈夫だと思うんですよね。
ところで「要石(かなめいし)」って東西(東京と宮崎)に置かれてゐることで列島全体を呪鎮してゐるような設定だと思ったんですけど、どちらも抜けてしまい、最後にふたつとも東北に刺したように見えたんですけどそれでいいのでしょうか。常世の世界なので時間も場所も超越してゐるのかな。
あとほかの閉ぢ師のひとは現代にはゐないのでしょうか、イケメンの兄さんだけなのかしら。お爺さんは過去の戦いで(?)寝込んで動けなくなってゐたし。「閉ぢ師たち」という言いかたをしてゐたから江戸時代にはたくさんゐたわけですよね。イケメン君だけなんだとしたら途絶える寸前ということになる(というか劇中でいちど途絶えちゃう)。
どうも引っかかる。なんか結局のところ戦ってゐるのは主人公のふたりだけなんですよね。ほかのひとは宿を貸したり車で送ったりするだけで、ふたりの旅の意味については理解してゐないでしょう。
そのへんはセカイ系だから仕方ないのかしら。でも「君の名は。」「天気の子」のほうがまだ協力者がふたりがなにに必死になってゐるかを理解してゐたような気がする。違うかもしれない。
どうしても最後のほうになると結局ふたりだけの世界なんだなあと思えてちょっと冷めてしまった。ミミズが見えるのはふたりだけで、ミミズと戦うのもふたりだけですもの。でもダイジンはみんな見えるのか・・・
深津絵里さん(タマキ)と神木隆之介さん(セリザワ)の声がとてもよかった。直接的でなくてもいいから、あのふたりくらい戦いに参加してもよかったのではないだろうか。ダイジンに一度憑依されるとミミズが見えるようになるみたいな設定を加えて。
もっと長くてもいいから、このふたりと、あと閉ぢ師の背景を掘り下げてほしかった。