手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「フランス革命 歴史における劇薬」遅塚忠躬

フランス革命 歴史における劇薬」遅塚忠躬 岩波ジュニア新書 1997

聞きしにまさる名著だった。感動した。こんなふうに深く分かりやすく面白く書かれた本はそうないと思う。しっかりとノートをまとめたいところだが、時間がない。ああ、時間がないとか忙しいとか言いたくないものだ。時間がないとか忙しいとか言わない生活がしたいものだ。どうしても週休三日が必要だ。ベーシックインカムもあったほうがよい。

私がこんなふうに自由に生きたいと思える、言える、こんな制度があったらいい、あんな制度がほしいと考えて、表明できる、そういう状況そのものが、人類史においてはけっこう最近のことで、まさに歴史における劇薬であるところのフランス革命のおかげなんだな。

基本的人権を守ろうという主張が「左翼のすること」みたいになってゐる現代日本は本当に狂ってゐると思う。自民党政治家は人権というものを自分たちの匙加減で与えたり与えなかったりするものだと考えてゐるらしい。世耕弘成がかつて言った「フルスペックの人権」という言葉づかいに象徴的にあらわれてゐる。

他方で、日本人が自由や平等よりも、深層心理では階級の固定化、階層社会みたいな状況を求めてゐるようにも思える。それはそれで理解できる。そのほうが楽だし、完全に透明でフラットな社会など存在するはずはないのだ。だから問題はその質であり程度だろう。現在の日本の問題はその質を担保する貴族主義やエリート主義が皆無であるなかで、程度が凄まじい速度で深刻化してゐることだ。

(・・・)新しい日本国憲法には、戦前の憲法にはなかった新しい条項がいくつも含まれております。その新しい条項の一つに、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という第二十五条があります。国民の生存権を明記したこの条項は、さきに見たフランス革命の理想を受け継いだものです。フランス革命のとき、人びとの生存権こそがあらゆる権利のなかで最も優先されるべきだと主張したのは、ロベスピエールでした。現代日本のみなさんが、憲法によって、貧困に由来する悲惨から守られているとすれば、それは、ロベスピエールサン・ジュストの掲げた理想と深い関係があるのです。 16-17頁

 そこで、日本人の立場から、もういちど劇薬フランス革命を顧みることにしましょう。九十三年にロベスピエールが提唱した「生存権の優位」という原理は、人間が、人間としての尊厳をもって、人間らしく生きることを求める声でした。彼の同士サン・ジュストは、その残した断片の中で、「人間はだれにも従属せずに生きるべきである」と書きました。この理念は、二〇世紀中葉になってから再びよみがえります。一九四八年一二月に国連総会が採択した「世界人権宣言」は、その第一条で、「あらゆる人間は、生まれながらにして、自由であり、尊厳と権利において平等である」と定め、さらに第三条で、「生存する権利 right to life」を人権の筆頭にあげました。この生存権日本国憲法にも継承されていることは、すでに記しておいたところです。(一六頁)

 こうして、現代日本のみなさんは、あの恐怖政治の血まみれの手からの贈り物を受けているのです。それゆえ、いま、われわれが、あの劇薬フランス革命を顧みることは、あながち無駄ではありますまい。そしてまた、われわれが敗戦の莫大な犠牲をはらって樹立した諸原理のなかで、後世の人類に手渡すことのできる贈り物が何であるかを考えることも、けっして無駄ではないでしょう。 168-169頁

最後の一文は重い。「われわれが敗戦の莫大な犠牲をはらって樹立した諸原理のなかで、後世の人類に手渡すことのできる贈り物」、あきらかに憲法九条のことを言ってゐる。

むづかしい問題だ。自衛隊憲法に位置づけるべきという意見、自衛権を明記すべきという意見は理解できるが、この本を読んだあとには、そのような矛盾を含めて引き受けることが大事なのではないかという気持ちなった。

なぜ九条が生まれたか、なぜ矛盾が生じたか、その経緯と意味を知ってゐて、それを自分に他者に国際社会に説明できる。それが大事なのではないか。それが歴史を生きるということではないか。わからないが。

たとえ憲法九条を変えるにしても、自民党がいうように「自衛隊違憲だという学者や政党がある(こちら)」「ある自衛官が、お父さん憲法違反なの?と子供に訊かれた。子供は眼をうるませてゐた(by 安倍晋三)」というような一部の人達への敵愾心を煽るような下劣なプロパガンダから為すべきではない。日本人の歴史に対して失礼である。

憲法を変えるならまづほとんどの国民が賛成できるような条項からでないとダメだ。首相の解散権に制限を設けること(七条)、臨時国会の召集に期限を設けること(五十三条)、この二つから始めるべきと思う。