手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

タール(Taal / ताल)

タール(Taal / ताल)はインド音楽におけるもっと基礎的な概念のひとつであり、カタックダンスにおいても対概念であるラヤ(Laya /लय)とあわせて必ずいちばんはじめに教わるものである。ここではタール(Taal / ताल)についてまとめておく。

(なぜいまこのノートを書いてゐるかというと、最近タールのうちのひとつであるジャプ・タールの曲を習ってゐて、ちょうどよいと思ったのである)

ビルジュ・マハラジの「ang kavya」の附録によればタール(Taal / ताल)とは Timecycle (Cyclic arrangement of beats to measure time)である。つまりは複数拍のまとまりがぐるぐる周って時間の流れをつくる、その周期のことをいう。

ポイントは Cycle, Cyclic ということであろう。周回、円環、螺旋。過去から未来へ流れてゆく直線的な時間とは異なる、永遠という相を感じさせる。不思議なことである。永遠というからにはなにもない状態なわけで、それを感じるというのも妙な話だ。けれども周期するリズムに体を浸してゐるといかにも永遠という時のなかにゐる気がする。

世界の初源において無から有が生まれるとき、振動・リズムによって無が分割されて時間と空間が出来たと假定すると、思うに、人間の意識は果てしなく繰り返されるリズムの円環を頼りにして、遡るように「永遠」を感じ取るのではあるまいか。

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最も頻繁につかわれタールの王と呼ばれるのが16拍で構成されるティーン・タール(Teentaal / तीन ताल)である(☝)。ティーン・タールにおける16拍はそれぞれが4拍からなる4つの部分に分かれてをり、朗誦する際の音節(Theka)が決まってゐる。

  1.  Dha dhin dhin dha   
  2.  Dha dhin dhin dha
  3.  Dha Tin    Tin   Ta
  4.  Ta    dhin  dhin dha

こうして4拍づつ縦に並べてみると、第1に音節パターンに Dha dhin dhin dha と Ta Tin Tin Ta の2種があり、第2にこの2種のパターンの配置が4×4の分割と一致してゐないことに気づく。

まづ Dha dhin dhin dha と Ta Tin Tin Ta の違いについて。これは母音が同じで子音が異なる。前者は有声有気であるのに対して後者は無声無気。有声と無声の違いは声帯の振動があるかないか、有気と無気の違いは息の発出があるかないかである。比べてみると有声有気の Dha dhin dhin dha は力強く意気軒高な感じ、Ta Tin Tin Ta はしなやかで柔和な感じがする。

次に4×4分割とのずれについて。青色で塗りつぶした箇所が無声無気の4音節だが、これが第3セクションの2拍目から始まってゐる。そのため Ta Tin Tin Ta のまとまりが第3セクションの Tin Tin Ta +第4セクションの Ta であり、無声無気の最後の一音節が第4セクションの1拍目にまたがるかっこうである。

音節と配置の巧妙な差異がいつ固定化したのかさだかではないが、絶大な効果をあげてゐると感じる。これらふたつのずれがあることで、16拍全体のなかに強弱硬軟の別が生じ、山と谷が出きる。何度も朗誦してみるとわかるが、無声無気のなめらかな4音節の箇所で、つるっとすべる感じがして、流れがすごくいいので、次の周期に突入するためのいきおいがつく。

また無声無気のブロックが4×4からずれてゐることによって、周期全体に通底するリズム構造がより多層的になることも指摘できるだろう。16拍のおおきな周期があり、その中に4×4という分割があり、さらに有声有気9+無声無気4+有声有気3という分割がある。ひとつの周期のなかに異なる周期が埋め込まれてゐる。

タール(Taal / ताल)を聴き、歌い、踊るとき、われわれは多層的な時空を生きることになるのだ。

以下、ラチナ・ラムヤ氏の「カタックー語り部たちのダンスー」から翻訳する。なお原文が Tala となってゐるのでここではターラと訳してゐる。Taal と Tala は文脈によってつづりが変わるだけで同じ概念である。

ターラは音楽およびダンスを認識し享受するための根本的な構成原理である。ターラはリズムパターンの構造化を促すものであり、これによって観客とダンサーはリズムを認識し、変化させ、そして理解することが容易になる。ターラはまた強調、形式、規則性、アクセント、抑揚、間隔、長さ、そしてリズムパターンの持続といったインド音楽の様式を提供する。

音楽において、ターラは時間を測るものであり、本性として周期性をもつ。ターラはリズム周期という名のキャンバスであり、ここに音楽とダンスが描かれる。それは何度も反復される定められた拍のまとまりである。ターラというシステムは宇宙が破壊と生成を繰り返してきたというインドの宇宙観から甚大な影響を受けてゐる(創造ー保持ー破壊の自律的周期)。

ターラの各周期は分割されて下位区画をつくり、それは数え方によって変化したりしなかったりする。ターラの拍は指を用いて数え、アクセントは手を叩くかまたは手をすかすことによって表現される。 160-161頁