手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「かたちのオディッセイ」中村雄二郎

かたちのオディッセイ中村雄二郎 1991 岩波書店

たいへん面白かった。

本書で中村は「汎リズム論」を展開する。

次のようなものだ。

 『かたちのオディッセイ』の全体、とくに第Ⅱ章と第Ⅷ章でも書いたように、私のリズムや振動への関心は、〈かたち〉の問題をいろいろな角度から追及していった過程で出てきたものであった。〈かたち〉を視覚的なものに限らず、聴覚的なものについても考えるべきだという立場を押しすすめていったところ、振動や響き合いや引き込み現象に出会い、すべての形態生成に、とくに生命体の形態生成にリズム振動が中心的な役割を果していることに気がつくようになったのである。

 その考え方の要点を述べておけば、次のようになる。自然界のなかに自然発生的に生じた簡単なリズム振動同士が引き込みによって共振し合うとき、リズム振動体は次第に複雑化し、物質代謝の機能を獲得しつつ、自立化していく。こうして、物質界から有機体、そして生物が生まれていく。非生命体と生命体とがこれまで考えられてきたように断絶していないことを示唆する重要でわかりやすい実例は、大気現象である台風が、一種の振動現象にもとづく渦巻きによって、まわりのエネルギーを吸収して成長し(つまりエントロピーを減少し)、生命体のようなライフ・サイクルをもつということである。 282頁

「引き込み現象」というのがすこぶる面白い。

これはかたちの自律あるいは自己組織化の力が働き、形態同士つまりはリズム同士が互いに引き合って共鳴しだすことをいう。

異なる振動あるいはリズムが互いに引き合ってやがて共振する現象だ。

☟はメトロノームの共振。

それから、宇宙は沈黙してゐるのではなく実に多様な音とリズムに満ちてをり、それが胎児が母胎内で聞いてゐる音とよく似てゐるという話。

壮大だ。

こういう大きな話が好きだ。

天球の音楽(宇宙)と太古の海のリズム(母胎)が共振し、結びつくのだ。

☟は宇宙の音。

「ヤントラ」についての記述も面白い。

中村はアジット・ムケルジーの「タントラ 東洋の知恵」を引く(つまり☟は孫引き)。

『われわれがこの宇宙で見たり感じたりする物体はすべて、振動をそれぞれ凝縮した音なのである。』

『タントラによれば、生物であれ無生物であれ、すべてのものはある特定の周波数をもった振動音だということができる。音と形は、たがいに関連していて、すべての形はある強さをもった振動音であって、すべての音には、それぞれ目に見える形が対応している。つまり音というのは形の反映であり、形は音から生まれたものである。音を根源として、音によってあらわれる動的な力を図形化したのが〈ヤントラ〉である。』

そして中村は空海の「五大にみな響きあり」という句を引いて次のように言う。

 すなわち、地・水・火・風・空の五大エレメントは顕教(一般仏教)では単なる物質元素であるにとどまるが、それに対して密教では、それらは絶対者である大日如来が顕現しそのことばが語られている、ということになる。さらにいえば、地・水・火・風・空の五大は、響くものとして、リズムをもって振動するものとして捉えられるとき、単なる物質元素であることを超えてすぐれて生命的なものを顕現することになるわけである。そういう意味で、空海が《五大にみな響きあり》と書いたとき、響ということばで宇宙リズムあるいはリズムの根源性をよく捉えていたのである。 54頁

宇宙は振動と音で満たされてをり、かたち・物体はリズムと音が凝縮して出来たものである。物質元素がリズムをもって響き合うとき、そこに生命的なものが現れる。

これは、かなり面白い。

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「ヤントラ」音の振動を図形化したもの。

次、「螺旋、渦巻き」についての考察も興味深い。

(・・・)予想をはるかに超えてはっきりしたのは、螺旋あるいは渦巻きという現象の偏在性である。星雲をはじめとする大宇宙の旋回運動から、地球物理的規模の台風や海流の生み出す渦巻き、人体的規模での旋回する舞踏や迷宮、植物の蔦の螺旋成長や巻き貝のかたち、そして電子の螺旋軌道やDNAの二重螺旋など、極大から極小に至るまで、また無生物から生物に至るまで、ほとんどあらゆるところに見出されるのだから、おどろかされる。

 次に注目されるのは、螺旋あるいは渦巻きという現象が、ただ単に偏在しているだけではなく、藤原咲平の〈渦動論〉が示すように、そこで生物と無生物、生命と非生命の区別が根本的に問われる、ということである。したがって、螺旋あるいは渦巻き運動の解明によって、一方では自己秩序形成という永らく生物特有の現象だと見られたものが物理・化学的に説明されうるようになった。(DNAの場合には、逆に、遺伝子の物理化学的解明によって二重螺旋というかたちが明らかになったのだが。)と同時に、他方では、いわゆる非生命体のうちにも生命的なものを、単なる比喩以上に認めうるようになった。

(・・・)

 私たち人間が、旋回する舞踏やめまい遊びや迷宮めぐりなどにつよく惹かれ、エクスタシーさえ感じるのはそこにおのずと宇宙の原初的な渦動と同調し共振するところがあるからだろう。きわどく死に接したところで強く生を感じさせる仕組がそこに成り立っている、といってもいい。 140-141頁

とてもいい。

アンモナイト、好き。

ファイル:Ammonoidea fossil - inside and outside.jpg - Wikipedia

イスラーム神秘主義スーフィーの旋回ダンスは、まことに「宇宙の原初的な渦動と同調し共振する」という感じだ。

次、ルネ・ユイグ「かたちと力」の紹介がいい。

核心的だ。

 こうしてユイグは、イェンニとともに言う。《自然のなかには「どんなものにでも波動、振動、脈動の状態で存在を許している、或る周期的なリズム」が、そのリズムだけが存在している。このように最初には、エネルギーとそれから波の姿で振動しているその実体だけが存在している。しかもそれらは、「多様性のなかで、統一を維持している(・・・)基底的な振動現象」なのである。その振動現象がかたちの根源であって、振動がかたちのなかにいわば具体化されるとともに、物質の状態変化と結びつくのである。》 189頁

究極の実在としてのエネルギーはリズムだというのだ。

☟はハンス・イェンニのサイマティクスの動画。

次、第Ⅷ章「場所とリズム振動」が本書の一番の肝である。

中村によれば、宇宙のもっとも基本的な形態あるいは運動は〈フィードバックの働く非線形の系〉に特有な現象である。

非線形の系に実現されるエネルギーの恒常的な流れがリズム振動を生み出す。しかしリズム振動が孤立してゐては共振もハーモニーも生まれない。そこでもう一つの重要な原理として「非線形振動同士の引き込み」が働く。

 このリズム振動および引き込みによる共振という働きは、この宇宙や自然のなかの至るところに見出される驚くほど偏在的な現象である。それは、ノーバート・ウィーナーが着目したダイナモ同士の共振や脳神経細胞の働きである脳波同士の共振からはじまって、動物個体の心筋細胞の拍動同士の引き込み、さらには月の引力にもとづく潮の干満のリズムによる女性の生理的リズムの引き込み、等々に及んでいる。

 もっとも、この共振あるいは振動は、互いによく似た、つまり振幅と波長が近い、リズムや振動がただ相互に近づけば生じる、というものはない。ちょうどラジオのチューニングのように、両者が或る程度まで近づいてくると、干渉し合って唸りが高く生じ、逆にちがいが強調される。それを通り抜けるとき、引き込み作用が働き、そこではじめて共振が起こる。つまり、一種の異化を通った上で同化が行われるわけである。

 このような引き込みによって、自然のなか、宇宙のなかで、空間的に相隔たった場所にあるさまざまな非線形振動同士が共振し、それらが互いにひびき合うようになるのである。このような無数の引き込みが、宇宙のなかに見られる、あるいはむしろ宇宙を構成している。そのなかの基本的な一つが、太陽の日周リズムによる、生物の体内時計の刻むサーカディアン・リズムの引き込みである。すなわち、約二十四時間を周期とする体内時計のサーカディアン・リズムは、日出・日没などの太陽の運行にもとづく地球上の日周リズムに同調し、それと共振することによって、宇宙リズムの一部と化するのである。

 したがって、〈天球のハーモニー〉の形成過程は次のようなかたちを取る。すなわち、はじめは、いくつかの単純で孤立した非線形のリズム振動が自然界に生まれ、それらが自律性を獲得していく。次いで、それらのリズム振動同士が引き込みによって共振するようになる。そしてさらに、共振するリズム振動同士が次第に重なり合いいっそう複雑化することで、やがて多声的な〈天球のハーモニー〉が形づくられるのである。(生命体の発生や有機体としての複雑化も、そのようなリズム振動の経過のうちで行われる。) 212-213頁

「かたちのオディッセイ」は中村雄二郎のいろんな着想がいっぱいに詰め込まれてゐて、一読ではなかなか理解が及ばないところがある。時間をおいてまた読み返そう。