手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」福岡伸一

新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか福岡伸一

新版を買ってよかった。追加された終章では動的平衡の数理的な概念モデル「ベルグソンの弧」が提出される。その記述が実に感動的だ。

福岡氏は生命を「動的平衡にあるもの」と定義する。

 生命、自然、環境ーーそこで生起する、すべての現象の核心を解くキーワード、それが《動的平衡》(dynamic equilibrium)だと私は思う。間断なく流れながら、精妙なバランスを保つもの。絶え間なく壊すこと以外に、そして常に作り直すこと以外に、損なわれないようにする方法はない。生命は、そのようなあり方とふるまい方を選びとった。それが動的平衡である。 315頁

 動的平衡とは、合成と分解、酸化と還元、切断と結合など相矛盾する逆反応が絶えず繰り返されることによって、秩序が維持され、更新されている状況を指す生物学用語で、私が生物学者として生命を捉えるとき、生命を生命たらしめる最も重要な特性だと考えるものである。 316頁

この生命の定義は、ぼくが一つ前に読んだ「リズムの本質について」でクラーゲスがリズムに与えてゐる定義と同じだ。

「相矛盾する逆反応が絶えず繰り返されることによって、秩序が維持され、更新されている状況」のことをクラーゲスは「分極した連続性=リズム」という。

それはいいとして、本書を読んでハっとさせられたのは、生命にとって作ることよりも壊すことのほうが重要だということだ。この点が終章で力説されるのだが、いやあ、なんかすごい感動した。

(インド舞踊を学んでゐるものとしては、破壊神シヴァのことを想起せざるをえない。シヴァはまた舞踊神ナタラージャでもあり、こいつが踊って世界がつくったというのだから実によくできてゐる)

生体を構成してゐる分子はすべて分解と置き換えの過程のなかにある。人間の身体はその過程がつくりだす「淀み」である。そこにあるのは「流れ」 だけであり、流れのなかで身体はかろうじて一定の状態を保ってゐる。これが生命現象であり、それは構造ではなく「効果」である。

秩序の維持とはエントロピー増大の法則に抗うことを意味する。生命はそのために、自らを壊し再構築するという自転車操業的なありかたを採用した。

 生命にとって重要なのは、作ることよりも、壊すことである。細胞はどんな環境でも、いかなる状況でも、壊すことをやめない、むしろ進んで、エネルギーを使って、積極的に、先回りして、細胞内の構造物をどんどん壊している。なぜか。生命の動的平衡を維持するためである。

 秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。この世界において、最も秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー増大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。これを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのだ。これが生きていること、つまり動的平衡である。 297頁

続編があるなら絶対に読みたい。きっとそこでは生命の有限性と時間との関係についての考察がなされるはず。楽しみ^^