手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「鹿鳴館」三島由紀夫

鹿鳴館三島由紀夫 新潮文庫 1984

鹿鳴館

面白い。各登場人物の性格と欲望、また人間関係が分かりやすく描かれてゐる。誤読の余地のないような書き方がされてゐると感じた。すごい親切設計だ。展開が大きく且つ速い。劇場で見たらさぞ楽しい芝居だろうと思った。三島戯曲の最高傑作と呼ばれることがあるそうだが、私は「近代能楽集」のほうが断然いいと思う。

朝子 するとあなたの壮士たちは、宅の夜会ではなく、私の夜会を荒らすことになりますのよ。あなたは宅の名誉をではなく、私の名誉をおけがしになるわけですわ。

清原 これは難題を持ち出しましたね。

朝子 (愛らしく)それとも私の洋装はおきらい。

清原 想像することもできませんね。よくお似合いかもしれんし、また・・・・

朝子 猿のようかもしれませんしね。

清原 美しい猿もいたものです。

朝子 滑稽だこと、伯爵夫人の猿なんて! でもよろしゅうございます。今夜私はあなたの仰言るその猿になります。 39頁

只ほど高いものはない

こちらも面白い。人間のいやらしい面を見事に描いてゐる。が、いささか露悪的に感じた。三島作品を読むといつも感じることだが、人間が作者の思うままに動かされてゐるようで気の毒に思った。「登場人物が勝手に動き出して」みたいなものを感じない。計画どおり、意図どおりという印象を受ける。「近代能楽集」は古典が原案であるせいか、その感じが薄くてよい。

  あら、あたくし、あなたにはいつも御機嫌がわるいのよ。

ひで はい、それに奥様からお叱言(こごと)をいただくとき、あたくしは奥様の御仁体を落すまいと一生けんめいなんですわ。あたくし昔からふしぎに思っていることがありますの。あたくしという人間は、相手の人にいつでも卑しい欲望を起させるんですの。相手の人を下賤な欲望でいっぱいにさせるらしいんですの。男でも、女でも。 134頁