手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「草薙の剣」橋本治

草薙の剣橋本治 新潮社 2018

62歳から12歳まで、10歳ずつ年の違う6人の男たちを主人公に、その父母や祖父母まで遡るそれぞれの人生を描いて、敗戦、高度経済成長、オイルショック、昭和の終焉、バブル崩壊、二つの大震災を生きた日本人の軌跡を辿る。

新潮社による紹介

ふつうの男達のドラマ。6人の男以外には名前がなく、他はみんな「~の父/母/兄/妻」と書かれる。これがけっこう読みづらく感じるのだけれど、途中で、なるほど固有名なんか必要なくて、みんな「ふつうの人」に置き換えて読んでいけばよいのだ、と気づく。

個性のない無機質なふつうの男を無作為に選んで並べてみました、という。女はみんな男の相手役でしかないのだが、それは作者のジェンダー意識が旧弊なのではなく、そういう時代だったいうことだし、いまもそんな社会であるということでしかないだろう。

時代の変化が速すぎて、親と子は分り合えず、男と女も離れてゆく。

 自分の過去の記憶はもう役に立たない。それはもう、終わってしまった過去なのだ。息子が就職を考えるべき大学四年になっていたその年、父親は五十五歳の定年退職を控えていた。「固苦しい就職なんかしなくてもいいじゃないか」という息子の言葉が、じわっじわっと父親の中に入り込んで来た。 208頁

 春になって夫の社内異動が決まったことを聞かされた妻は、「いいの?」と真顔で言った。「いいよ」と言った凡生の父は、「なぜ?」と言った夫の顔を見ている。凡生の父には妻の言いたがっていることが分かった。

「俺は別に出世なんか望んでないよ」と言って、その後の「誰かと違ってな」という言葉を吞み込んだ。

 凡生の母は驚いた。彼女の中には「出世をしたい」という願望などなかった。ただ、「なにかを成し遂げたい」という達成願望だけがあったーーそれがなんなのかは分からなかったが。 316頁

親と子も、男と女も、噛み合わない。それでみんな孤独になる。ひとりの内に閉ぢこもる。小説はその状況を男達が暗い夜道でポケモンGOで遊んでゐる様子に象徴させて描いて終わる。

「自分はなぜこんなところにいるのだろう? 自分のいる、この暗い所はなんなんだろう?」と、改めて思った。 347頁

まことに暗い小説である。

みんな必死に生きてきて、誰も悪くない、結果として「自分のいる、この暗い所はなんなんだろう?」というような国/社会に、日本はなってしまった。そういう状況であなたはどう生きるかと、この小説は問うてゐる。

日本はいろいろ悲惨であるが、その悲惨さは、とにかくいろいろ噛み合ってゐないことが問題なので、部品を入れ換えたり、油を差したりすることでもっとマシになるんぢゃないかと、個人的には思ってゐる。

この小説が描いてゐるように、時代の変化が物凄くて、にもかかわらずシステムは硬直的で、ひとりひとりは無力であり、個人がその時代や社会や自分の欲望をきちんと把握することが出来ない。だからいろんなところでボタンの掛け違えが起ってゐる。いちど外して付け直せば、いま見えてゐるほどひどいものではなくなるんぢゃないかしら。

ぼくは最近そういうことをよく考える。手元にあるものはパっとしなくても、配置や組合せを変えることで全然ちがうものになることがある。ボタンを外して、鏡を見て、付け直すだけで、ずいぶんマシになる。

でも、鏡を見るのって怖いんだよね。