手探り、手作り🐘

「ミッション・インポッシブル」新作の予告を見たのですが、かなりいいですね✨

「ワナジャ」

ワナジャ」2006 インド 

監督:ラージュニシュ・デュマールパリ 主演:メーメサ・ブキャ

素晴らしい作品、感動しました。

インド的聖性について、これまでいま一歩つかみがたいものを感じてゐたのだけれど、この作品によってその壁を越えさせてもらったように思います。感謝。

インド人はなぜこんなに神様が好きなのか、なぜこんなにダンスを求めるのか、すこしわかったような気がしました。

まづ、こちらが予告編。

次に、監督自身による紹介。

主演の女性のインタビュー。

そして、こちらは、YouTubeにあがってゐる本編。監督自身が全編をアップロードしてゐます。また、現在、Amazon Prime でも見ることができます。

この映画の主人公が学ぶインド古典舞踊「クチプディ」はインド四大舞踊には入ってゐない、それらほどメジャーなものではないですけど、ぼくはこのクチプディのダンサーであるshantala shivalingappa という方のファンなので、なじみのあるものでした。

いくつか彼女のダンスを並べておきます。

「クチプディとは何か」

shantala shivalingappa さんは古典舞踊クチプディをベースにコンテンポラリーダンスもつくってゐる。ぼくはこの方の動きがほんとうに大好きで、↓の動画など、何回見たかしれません。

さて、映画「ワナジャ」について。

カースト最下層の少女が、その地で圧倒的な権勢を誇る女地主のもとで働くことになり、そこでクチプディを習う。そこで女であるがゆえに、また低カーストであるがゆえにたいへんな苦労をする。とてもつらい、かなしい物語です。

表層的には、「インドのカースト制度とはこんなふうに機能してゐるのだなあ」とか「インド舞踊ってこんなのかあ」とか「インドの風俗、意匠が見られて面白いなあ」とか、そういう面白さがあります。

もう少し深いレベルでは、「インド的聖性とは何か」ということについて理解の契機となりうる物語です。そしてもっとも根源的には、「人間はなぜ神を求めるのか、芸術を求めるのか」という問題について考えさせる、普遍的な視座をもつ映画だと思います。

「人間はなぜ神を求めるのか、芸術を求めるのか」

これについてはいろいろな角度からいろいろな回答を与えうるものと思いますけれど、ぼくは端的に、それは人間の生が哀れで惨めだからだと考えます。

主人公ワナジャにしてもその父にしても、まことに、哀れで惨めな境遇。彼らを苦しめる現実世界の様々な障壁は、多くの場合、まったく変化しないし、改善されない。しかしどのような境遇であっても人は生まれた以上生きていくほかないし、どこかに救いを求めずにはゐられない。

この映画の最重要シーンは言うまでもなくラストに近い5分ほどのソロダンス。「ボヘミアンラプソディー」が最後のライブシーンに向けて全ての映画的エネルギーを集中させるのに似て、「ワナジャ」もまた、このダンスシーンに映画全体が奉仕してゐるかっこうです。

このダンスはまことに見事で、涙なしには見られない、魂をゆさぶるものがあります。

女地主が「ドゥルガーが悪神マヒシャースラをどのように殺したかも覚えてゐるかい?来なさい」と言い、ワナジャのダンスがはじまる。そうして、ダンスが終わると、夕暮れの空が映し出され「ワナジャ、外を見てごらん、何が見える?」と父の声が聞こえる。ワナジャは眠りから目を覚ます。

つまり、このダンスは現実のものではないことが暗示されてゐる。いや、現実か夢であるか、はっきりさせない、意図的に曖昧にしてあります。

ほかのダンスシーンはすべて、ダンス中に別の人物が映ってゐるか、途中で誰かがやってきたりしますが、このシーンだけは、ワナジャだけ。現実世界の女地主の声からはじまり、踊り終わると、父の声、すなわち死者の声が聞こえる。きわめて象徴的です。

このダンスはまさに、生者の世界と死者の世界とのあいだ、現実と夢とのはざま、世俗界と霊界とのあわいにおいて踊られたもの、彼女が神話的存在として体験したものです。

舞踊芸術の本質を見事に描いた素晴らしい演出だと思います。

ドゥルガーが悪神マヒシャースラを殺す」

このインド神話について多少の前知識があるかないかで理解度に大きな差が出てくると思いますので「シーターラーマ」さんのHPから引用して、紹介しておきます。

ドゥルガー女神は、マヒシャースラという悪神を倒すために生まれました。さまざまに伝えられるドゥルガー女神とマヒシャースラの神話にはこんな言い伝えがあります。

マヒシャースラは大変な苦行を行い、男には殺されないという特別な力を与えられていました。マヒシャースラを倒すことができるのは女性のみでしたが、力の弱い女性には殺されることはないだろうと考え、マヒシャースラは自分自身の力に尊大になっていました。

そんなマヒシャースラによって世界は征服され、大変な混乱に陥ります。神々は、マヒーシャスラを倒すための女性が必要でした。そして、ブラフマー神、ヴィシュヌ神シヴァ神の3神が力を合わせ、ドゥルガー女神が生まれます。神々の力をすべて兼ね備えた悪を倒す最強の戦士として、ドゥルガー女神はこの世界にあらわれました。

9日間の戦いの後、ドゥルガー女神はついにマヒシャースラを倒します。

彼女が女であるがゆえに、また低カーストであるがゆえに受けた傷は世俗的世界では癒され得ない。そしてこれからも、現実世界においては多くの苦しみが待ちうけてゐるでしょう。

しかし、人間は世俗世界だけで生きるのではない。神話的位相での生があり、霊的位相での生がある。彼女はあのダンスによって、神話的存在として、まさにドゥルガーとなって悪神マヒシャースラ(男には殺されない、女性だけが倒すことができる)を殺した。

そうして、父の声を聞いた。

そしてラスト、象の背に乗り、父の示した遠い空に向かってすすんでゆく。

死者の声を聞き、死者の示した道を歩むことができる。

哀れで惨めな現実の生において、救いというのは、そういうものなのかもしれません。