手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

カタック資料集

基礎知識は「コトバンクのインド舞踊」「コトバンクのカタック」「Wikipedia のカタック項」をば。レパートリーと用語集は「「ang kavya」の附録 」に。

f:id:hiroki_hayashi:20210110105212p:plain

自己の義務(ダルマ)の遂行は、不完全でも、よく遂行された他者の義務に勝る。自己の義務に死ぬことは幸せである。他者の義務を行うことは危険である。《バガヴァッド・ギーター 第3章35節》
動機

カタックはムガル帝国時代に原型が形成されたヒンドゥーイスラームの習合藝術である。それが大英帝国支配時代の低迷を経て、19世紀後半の民族的自覚の高まりとともに再興し、洗練の度を深め、20世紀に至り藝術的完成をみた。

その歴史的経緯から、カタックの「リズム」と「かたち」には、ヒンドゥー霊性イスラーム霊性が顕現してゐると言い得る。具体的にどこにどうあらわれてゐるか、どのように混じり合ってゐるかに関心がある。

舞踊の「リズム」と「かたち」が意味なくそのまま提示されればヌリッタ(抽象舞踊)となり、だれかを演じたりなにかを示したりするとヌリティヤ(物語舞踊)となる。霊性にいたるふたつの回路である。

カタックはイスラームの影響(偶像崇拝の禁止)を強く受けた北インドの舞踊であるゆえに、ヌリッタ(抽象舞踊)が、他のインド舞踊と比べて突出して発達した。ムガル美術で有名な線の美しさ、そして複雑極まるリズム構築は荘厳である。

また、ヴェーダの時代以来の神話及び伝説を主題にしたヌリティヤ(物語舞踊)も魅力的だ。神々の性質は情念の象徴であり、神々の行為は徳の象徴である。ひとは神を模倣することで力を得る。では、クリシュナや、ヴィシュヌや、シヴァや、ガネーシャの物語は何を教えてゐるか。

ヌリッタもヌリティヤも掘り下げれば際限がない。わたしが望むのは全体を知ることである。だから全体を知り得るようなやりかたで、双方の探求を進めたい。そのための資料集である。積み重ね、どこかの段階でまとまった文章を書く。

f:id:hiroki_hayashi:20210120154300j:plain

七つの天も大地も、またそこに在る一切のものも、ひたすらに讃美の声を揚げている。いかなるものといえども、その栄光を讃美せぬはない。ただお前たちにはそういう讃美の意味がわからないだけのこと。《コーラン 17章46節》
ノート

調べながら考え、考えながら書いてゐる。以下のノート、おそらくこうではあるまいかという暫定的な考えを記録したものであり、間違ってゐるかもしれない。後からどんどん訂正していくものであること、読むひとがあるかもしれないから、断っておく。

霊性・リズム・かたち

歴史