手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「人間の解剖はサルの解剖のための鍵である」吉川浩満

人間の解剖はサルの解剖のための鍵である吉川浩満 河出書房新社 2018

前世紀後半から急速に発展してきた進化と認知に関する諸科学、すなわち認知心理学行動経済学人工知能研究の成果を紹介し、現在生じてゐる人間観の変容に関する調査報告を行う。

 結果として、本書は人間にかかわる新しい科学と技術についての要約と評論を集めた一冊になった。私は、芸術や政治についてだけでなく、科学や技術についても評論が必要だと考えている。人間本性の解明にかんして大きな成功を収めている認知と進化にかんする諸科学も、それ自体では一般的・抽象的なモデルにすぎないし、途方もない潜在能力をもつゲノム編集や人工知能のテクノロジーも、実際に人間社会にどのような影響を及ぼすのかは必ずしも明らかではない。科学や技術の内容を理解するだけでなく、それらが我々の社会や生活においてもちうる意義を考えたいのである。ところで、評論を行うためには、評者が評者なりの仕方で評論の対象を要約しなければならない。この要約には、認知的資源の節約と大局的状況の把握という点で、あなどれない有用性があると思う。もちろん、それが適切な要約であればの話だが。 8-9頁

ぼくはここに書かれてゐるような「理系の知」に対する理解がすごく浅いので、本書の明解な要約をとてもありがたく感じた。同時に、改めて自分の知的世界の欠損を痛感した。サイエンスに関する基本的な知識というか、それを受け入れるための土台がない。ここを埋めていかないと、現代世界と人間について考えることはできないと思う。本書で紹介されてゐる本をいろいろと読んでいきたい。

(しかし、今の世の中、読むべき本、見るべきコンテンツが多すぎやしないか)

吉川さんの文章は本当にきれいだ。論理的で構造がすっきりしてゐて読みやすい。丸谷才一がしばしば「文明はそれにふさわしい文体を必要とする」みたいなことを言ってゐた。おそらく吉川さんの文体はそれだと思う。こういう文体が公共のものになれば、ぼくたち日本語使用者の知的世界がガラリと変るのではないか。