4月30日、金曜日、午前中に仕事を終え、日暮里に向った。目的は谷中を歩き、そこで幸田露伴の「五重塔」を読むことである。山手線日暮里駅に降りるのは初めてのことだ。改札を出て案内に沿って歩くと、すぐに谷中霊園に出た。墓地だけに静かで落ち着いた時間が流れてゐる。この瞬間にもう、ああ来てよかったと思った。
霊園内をさくら通りという道が貫いてゐる。少し歩くと天王寺に着いた。参拝客は数人ゐるばかりだ。その数人ことごとく、日陰の椅子に腰かけてどこやら宙を眺めてゐる。みなこの静かな時間を求めて来てゐるのだろう。初夏のような気候、上着を脱いで半袖一枚になる。長椅子に寝ころがってしばし昼寝をし、目を醒ますと半時間ほど頁をめくった。
寺を出たところに、鼻に点滴の管を入れた爺さんが座ってゐる。谷中はいいところですね、始めて来たのですが、あんまり気持よくて感動してゐます、五重塔の跡地はどちらですか、と聞くと、爺さんは、谷中は名物がたくさんあるから、おいしいものをたんと食べるといいですよ、五重塔の跡地はさくら通りをまっすぐ歩けば左手にあります、ただの跡地だからなんにも面白くありません、わたしが子供のころにはまだありました、それは立派なものでした、この桜並木もそれはそれは、わたしが子供のころにはもっともっと綺麗だったんです。
果して跡地はただの跡地だった。そしてここにも茫然と宙を眺めるだけの人がちらほら。ぼくもその一人となり、しばし頁をめくった。時間の流れはなぜ場所によってこれほど異なるのだろうか。おまけにぼくは露伴の古臭い文章を読んでゐる。露伴の文章はネット記事やツイッターのような短文を読む速さではとうてい読むことのできないものだ。とにかく、ゆっくりと、その文体に憑依して読むのである。すると、ぐんぐん時間の流れが遅くなってくる。どこか遠いところに来てしまったみたいだ。
さくら通りを右に折れると、細い道が駅に向って延びてゐる。まっすぐ進むと露伴旧宅跡がある。こちらもただ「露伴旧宅跡」と札が立ててあるだけで、何も残ってゐない、普通に今風の一軒家が建ってゐる。道なりに進むと御殿坂に出た。香ばしい醤油の香りがする。谷中せんべいだ。せんべいを三枚買い、向いへ渡って経王寺に入った。
経王寺の境内には誰もゐない。腰かけてせんべいを食べ、またしばらく本を読む。芯から弛緩する。すべてがどうでもよいという投げやりな気分になる。これは自棄ではない。もうどうにでもして、というやつ。あらゆることがどうでもええわ、と笑いだす始末。幸せな気分につつまれる。
どこからか上品なおばさんが出て来て掃き掃除を始めた。谷中はよいところですね、それはもう、もう少し早く来てゐたら、たくさん花が咲いてゐて綺麗でしたよ、そうですか、この辺を歩くつもりで来たんですが一日ぢゃ到底まわれませんね、とてもとても、谷中根津と言いましてね、それはいいところがたくさんありますから、何日かかけて歩いてくださいよ、そうですね、この辺に住んでみたいなんて思ったのですが、家賃はどんな具合でしょうか、ええ、南のほうは大学街ですからちょっと高いと思いますよ、たぶん北の方、駅の向こう側なんかのほうが安いのぢゃないかしら、ちょっと調べてごらんなさいよ。
寺を出て右手を望むと、谷中銀座の店々が下の方に見える。西へ低く伸びてゆくこの坂を夕焼けだんだんという。西日はまだ差さないが、想像するに、夕暮れ時の景色はさぞ風情があるだろう。坂の手前にあるどら焼き屋の看板が目に留った。入ると電子鈴が鳴った。婆さんが陳列棚の下からあらわれた。どら焼きを一つください。
うちは小豆からつくってますからおいしいですよ、小豆からつくってるところは少ないからね、そうですか、それは楽しみですよ、甘いものが好きなので、ところで素敵なお店ですね、何代目でしょうか、なになに一代目で、娘が三人をりますが、みな別々に好きなことをやってゐますよ、一人は心理学の博士号なんか取って、むづかしいことを言ってなんだかよくわかりません、そうですか、博士まで行くと言うことも複雑になりますね、とすると後継ぎはゐないのですか、はいこれで終いです、ただ爺さんが元気ですからまだやりますよ、外から人を入れてはどうでしょうか、いやもう、それは気を使いますからもうええんです、ときにお兄さんは嫁をもらわんといかんでしょう、まあそうですね、ただどうも不振続きでして、なあに兄さんなら大丈夫ですよ、優しそうだから、そら心強い、いいことあるかもしれんですね。
世の中よい人ばかりである。どら焼きを食べながら夕焼けだんだんを下り、谷中銀座商店街を抜けるとよみせ通りに突き当たる。甘いものを食べたらコーヒーを飲みたくなってきた。路地裏に小さな喫茶店がある。暖かいから外に座ることにしようか。アイスコーヒーを注文する。ブラック。
「五重塔」はなんとしても自分の手で塔を建てたい二人の大工の話である。主要登場人物は、大工二人とそれぞれの妻と寺の上人の五人。物語のほとんどは大工と妻が、おれにやらせてくれ、お前に譲る、いやお前がやってくれ、あなたがやりなさい、あの人の提案をお聞き、あんなのにやらせてはいけない、と男が男を、また妻が夫を説得する台詞で構成されてゐる。最終的に片方がその仕事を請け負い、塔を完成させるのだが、最後に上人が出て来て、これは二人の仕事だ、二人とも立派である、みたいなことを言い、これでいいのだという大きな空気感に包まれて終る。これでいいのか分らないが、少なくとも小説内世界ではこれでよいのである。
「これでよい」を成立させてゐる背景にあるのは、儒教倫理、職人道徳、仏教信仰である。この作品で女は夫を励ます妻としての役割しか与えられてゐない。職人は、これでは男になれない、俺を男にしてくれ、うむいい男ぢゃ、を繰返す。上人の言葉を皆がいいように解釈するのは、この世界線に生きる全員が上人を「偉い人」として無暗に尊敬してゐるからである。いづれも現代では失われた前提だ。男尊女卑は克服すべきものであり、男達の世界はガハハ的いちゃつきであり、仏教は世俗化した。
では、この世界にあった善きものとはなんだろうか。それは本作の大部を占める、登場人物達のあまりに懇篤な説得ぶりから感じられるもの、惻隠の情、恥の観念、志の尊さ、自己犠牲、真率な思いやり、などである。いづれもどこか小恥づかしい響を帯びてゐるのは、ぼくたちがそれを善きものとして成立させてゐた前提が崩れ去った時代に生きてゐるからだ。
たとえ恥づかしく感じても、それが善きものであるという認識は生きてゐる。なぜなら人間社会にはどうしても倫理が必要で、この倫理に基づいて他者と関係を結ぶからである。ただ「人に迷惑をかけてはいけない」だけでは生きていけない。教育勅語の復活を叫び、選択的夫婦別姓に反対する、あまりに時代錯誤な「保守」勢力がいまだに支配層に居座ってゐられるのは、それに代る道徳律をぼくたちが血肉化できてゐないからではあるまいか。普遍的人権、と言ったときに、引いてしまう、この感じ。
読み終る頃、日は暮れかかり、風も冷たくなってきた。五反田に帰ることにする。