手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「身ぶりと言葉」アンドレ ルロワ=グーラン

身ぶりと言葉アンドレ ルロワ=グーラン ちくま学芸文庫 2012

600頁を超える大著であり、またかなり読みにくい文体なので、読了に相当な時間がかかった。こんなに難儀して読んだ本は久しぶりだ。ぼくの学力不足が一番だろうけれど、どうも原文そのものがけっこうな難物のようだ。

本書はまた決して読みやすい書物といえないかもしれない。私の責任であることはもちろんだが、ルロワ=グーランの原文がまま冗長でもあり、いいたいことが次々と分岐して混乱しているところもある。意を汲んで文章を書き直さなければ読めないところが多かったことも付記したい。 670頁「訳者あとがき」

訳者がこう言ってゐるくらいだから、まあそうなんだろう。難儀してなんとか最後までページをめくったけれど、正直、訳者である荒木亨さんの「まえがき」および「あとがき」と、松岡正剛さんの解説に書かれてある以上の内容はほとんど頭に残らなかった。残念だが、そういうこともある。

本書の基本的なアイディアは極めてシンプルだ。すなわち、人類は二足歩行によって脳と手が解放され、脳の開放によって言語(思考・知性)が、手の開放によって身ぶり(道具・技術)が発達し、「人間」となったというのである。グーランはこの発想を軸にして人間文化の全領域を論じていく。それを魚類の解剖から初めて、文字の発明、民族の形成、都市の発達などを経て、人類の未来までやるのある。

手の開放と頭蓋穹窿の拘束の減少とは同じ力学方程式の両項に他ならないのである。各種について技術の手段である体と組織手段である脳とのあいだに一つの因果関係が結ばれ、その因果関係のなかで、行動の有効性を通じて、いよいよ時宜にかなった選択的適応への道が開かれる。それゆえ、体のメカニズムが、ますます発達した脳の働きによる行動の練り直しに応じれば応じるほど、進化のチャンスは大きくなる。この意味では、脳が進化を支配しているわけである。 110頁

「身ぶり=技術」と「言葉=思考」は二足歩行という「同じ力学方程式」の両項であり、二つは因果関係で結ばれてゐる。言葉で考えることと、それを技術によって実現すること(外部化)、この二つが循環して人間は進化してきた。

技術というのは、一連の動作に安定と柔軟さとを同時に与える文字どおりの統辞法(シンタクス)によって、連鎖的に組織された身ぶりと道具のことである。動作の統辞法というのは、記憶によって提示され、脳と物質環境のあいだで生みだされたものである。言語活動との比較を推し進めてみても、それと同じ手続きがつねに存在している。 196頁

ぼくが一番ぐっときたのは上の箇所だった。というのは、ぼくは外国語を勉強してゐて、また伝統舞踊を学んでゐて、かねがねこの二つは同じことをしてゐるような気がしてゐた。そのことがこの「動作の統辞法」という一語によってきれいに腑に落ちたからだ。