「これだけは知っておきたい世界の民族舞踊」宮尾慈良 新書館 1998
世界各地の民族舞踊50種を紹介する。見開きにごとに一つの舞踊の説明なのでとても読みやすい。
冒頭の「世界の舞踊の旅へ」において著者の舞踊観が示される。
(・・・)舞踊の定義を見てみると、リズムにしたがった一連の動きを通して、感情表現をする方法であるとされている。だが、そのリズムは楽器が奏でる音だけではなく、むしろ自然から生まれ出てくるリズムに呼応した人間が、身体を通して、感情表現した動きが舞踊になったのである。したがって、舞踊を演じるには、古代の人間は身体だけがあれば十分であった。すなわち、音楽や衣裳などの他の道具を借りなくても表現できたのである。 15頁
このように、舞踊は音楽よりもはるか前に誕生し、自然界が作り出すリズムを身体で表現してきたといえる。それは自然界が生み出すリズムの海の音、風の音、木や葉の音などから、人間は身体がもつリズムを知るようになり、そのリズムが身体の動きを作り出してきたのである。こうして古代の舞踊は、おそらく足踏みや手や身体を叩いたりして、音を出したものから発達したことが知れる。
インド舞踊はバラタナーティヤム、カタック、オリッシー、カタカリ、マニプリの紹介がある。
インドの舞踊理論にはヌリッタ(純粋/抽象舞踊、Pure Dance)とヌリティヤ(感情/表現舞踊、Expressive Dance)という対立的な二概念があり、これが各舞踊さまざまな比重で交じり合ってゐる。これが面白い。
それについて書きたいものが頭にある。が、まだ書かない。今はネタ集めと熟成期間だ。
バラタナーティヤムを見る。これは南インドの踊りである。
基本姿勢は足を外輪に開き、膝を折って腰を下ろす菱形のアルダマンガリという形で、多くの寺院彫刻の踊り子像にも見られる。 56頁
よいですねえ🐶
カタックの項では「Jugalbandi」ジュガルバンディが紹介されてゐた。「二人の踊り手がお互いに、素早い回転をみせ、フットワークで競い合う」とある。
☝なるほど二人である。
☝しかしこれは一人だけれどジュガルバンディと書いてある。タブラのフセイン氏とダンサーのマハラジ氏とのデュエットという捉え方なのかな。とすると「二人がメインならジュガルバンディ」くらいの大きな概念ということになりそうだ。
次にオリッシー。これは東インド、オリッサ地方の踊り。
舞踊は寺院にある彫刻像の姿勢を模倣することから、彫刻的な動きが特徴となっている。 60頁
うん、彫刻のようだ。
続いてカタカリ。南インド、ケーララ州の舞踊劇。
カタとは物語、カリとは舞踊を意味している。呪術芸能やヒンドゥー寺院の儀式が舞踊劇クーティヤーッタムと結合して、ドラマ性をもつようになった。さらに身体による武術のカラリーパヤットが、俳優の肉体訓練に影響を与えている。 62頁
重そう・・・
そして、マニプリ。ミャンマーとの国境にあるマニプル州の踊り。
二十世紀に入って、インドでは舞踊が衰退していたが、一九一九年に詩人のタゴールがこの踊りの素晴らさを発見してから、世界に知られるようになった。 64頁
そうなんだ。知らなかった。
恥ずかしながら、ぼくはマニプリというダンスをはじめてみた。
バラタナーティヤムもオリッシーもカタカリも生で見たことがある。マニプリは名前は知ってゐたけれど、どういうわけか検索もしなかった。そして今はじめて見たのですが、素晴らしいですね⚡
なんとも可憐な踊りだ。ミャンマーとの国境との境だから、バングラディシュよりさらに東、東南アジアの匂いがする。そして、手の動きがカタックに似てゐる。似てゐるといってもそんなに似てゐないのだけれど、少なくともバラタナーティヤム・オリッシー・カタカリよりも距離は近いように感じる。
以下、インド舞踊以外で関心をもったものをメモしておく。
エジプトのタンヌーラというダンスもはじめて知った。
タンヌーラの踊りは、イスラームの深遠で哲学的、精神的な思想をもとにしたトルコの旋回舞踊をエジプトの民族音楽と舞踊におきかえて、芸術的に洗練させたものである。 36頁
なるほどお。メヴレヴィー教団の旋回舞踊はエジプトでこんな深化を遂げたんだなあ。面白いなあ。その旋回舞踊についての解説がいい。
舞踊者たちは長いスカートの裾を一杯に広げて、くるくると旋回しながら、大きく円軌道を描いて、場内を回る、それは惑星が自転しながら、太陽の周りを公転する、一つの宇宙図でもある。舞踊者たちが恍惚状態に入った段階で、次第を見守ってきた長老が、舞踊に加わり、祈りは最高潮に達する。
この舞踊は死の世界から神のもとに到達する過程を象徴している。墳墓を象徴する黒い外套を一斉に脱ぎ捨て、一瞬に白衣装となって静かに旋回する。この瞬間が死の世界から解き放たれ、神の懐へと旅立つときである。 38頁
それから新疆ウイグルの「クチャ舞」というのが紹介されてゐた。ところがこれを検索しても見つからない。紹介ページには踊り子達の写真があり「ウズベキスタンの舞踊」と書かれてゐる。似たようなものなのだろう、近いし(いいかげん)。
中央アジアのダンスはカタックをやってゐるものにはとても興味深いものである。
とてもカタックに似てゐる。かたちも動きも近いものがある。☝のサムネイルのポーズなんかカタックそのままだ。
ではその似てゐることをもってこれがカタックに影響を与えたんだとすぐには言えない。逆にカタックを真似したのかもしれない。この形を「伝統」と言うけれどそれがいつごろ整ったのかわからないし、だいたい影響というのは双方向的なものだ。
ただ、すごく似てゐるのは間違いない。うまく言えないけれど、カタックの全体的なルック、見た目の印象は、イスラームや中央アジアのダンスから受ける印象に極めて近い。直立姿勢からくる縦長のイメージがまづ大きい。それから線が流れてかたちが出来上がる感じ。他のインド舞踊は(カタックと比べると)彫刻っぽいんだな。
起源も伝統もみな好き勝手に言いいたがるし、舞踊は映像技術が出て来る以前のものはそもそも分からないので、本当のところは何もわからないわけだけれど、分からないなりに調べたいと思ってゐる。
あとこの本で面白いのは朝鮮舞踊を5つも紹介してゐるところ。ぼくは一つも知らなかった。「僧舞(スンム)」「ガンガンスウレ」「タルチゥム」「サルプリ」「鶴舞」の五つ。疲れたので貼りつけのみ。
☟「僧舞(スンム)」
☟「ガンガンスウレ」
☟「タルチゥム」
☟「サルプリ」
☟「鶴舞」
「鶴舞」の頁にこんな解説が。
宮中舞踊の動作では、静中動を表現しなくてはならないとされる。静とは神経を一つに集めて、気持ちを静止した状態で、崇高、悲壮などの要素が取り払われた動作である。中とは感情が律動化し、リズムを与えながら、次の心を解く動作へと調節する動きである。動とは心が解かれて変化した軽快な動きである。
このように韓国の舞踊では、心の内面にある陰性から陽性への変化が見事に表現されるところに、舞踊のモッ(美)というものがあるとしている。 116頁
これを読んで「ヨナさんだ!」と思った。これはまさにキム・ヨナさんのスケートの特徴そのものだ。民族の伝統というのはこんなふうに一人の人間の表現にあらわれてくるのだなあ。たいそうじーんときた。