手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「武器としての『資本論』」白井聡

武器としての『資本論』白井聡 東洋経済新報社 2020

面白かった。すごく勉強になった。何度も「マルクス天才やな」とつぶやいた。

白井聡さん、これくらい温厚な万人受けする文体で「永続敗戦論」「国体論」のような本を書いてほしいなと思ったりした(安倍政権の総括も含めて)。

日本人が敗戦を否認しつづけてをり、それがために属国マインドから抜け出せず、対米従属とアジア蔑視にしがみついてゐるという現実について、より広範なレベルでの啓蒙が必要であると考えるからだ。この認識が一般化しないかぎり、政治の機能不全は続き、日本国の没落も止まらないように思う。

それはさておき、「武器としての『資本論』」はいいぜ。めっちゃいいぜ。まだ読んでゐないけれど、斎藤幸平さんの「人新世の資本論」が話題になってゐる。こちらもマルクスの読み直しによって世の中を変える契機を見つけようぜという本のようだ。読むべし。

こういう動きが出てくるのは派遣社員として単調な労働に従事するプロレタリアートのぼくとしては嬉しいことだ。ぼくも自分の持ち場で踏ん張りたいと思う。一人一人が自分の持ち場で踏ん張ってゐれば、それを見た誰かが勇気づけられて、その人も踏ん張りはじめるだろう。それが大きなうねりとなることを願う。

「踏ん張る」というのを資本論的にいうと「階級闘争」ということになる。最終章で提示される階級闘争の方法は、「ブルジョワ階級を絶滅させよ」ではなく、「資本家から資本を収奪しかえせ」でもない。「感性の再建によって等価交換を攪乱せよ」という。

 資本制社会においては労働力商品も等価交換されている。それは言い換えれば、労働賃金は労働力の価値どおりに支払われるということです。この際の「価値どおり」とは必要労働時間に対する支払いと定義されます。

 労働力の価値は、労働力の再生産に必要な労働時間によって規定されている。労働力の所持者の維持のために必要な生活手段の価値である。 267頁

労働賃金=労働力の価値=労働力の所持者の維持のために必要な生活手段の価値

である。資本は膨らみつづけ、労働者は貧しくなりつづけてゐる。それは労働力の価値が切り詰められ、それによって発生した剰余価値が資本の側に吸収されるというかっこうで現在の資本制社会が動いてゐるからだ。

「労働力の所持者の維持のために必要な生活手段の価値」とは生きていくために必要な手段を意味する。これには相当の幅がある。ここに「等価交換を攪乱する契機」があると筆者はいう。生きていくために何を必要とみなし、何を不用とみなすかは文化的に決定される。つまりここに人間の主観性が入り込む余地があるのだ。

労働力の価値が低く見積もられるとは、人間が生きることそのものの価値が損なわれるということである。生活レベルの切り下げを迫られてゐる現在の状況に対抗できないのは、人間の価値を資本に奉仕する能力によって決めてしまう資本の論理に魂までもが包摂されてしまってゐるからだ。

 人間という存在にそもそもどのくらいの価値を認めているのか。そこが労働力の価値の最初のラインなのです。そのとき、「私はスキルがないから、価値が低いです」と自分から言ってしまったら、もうおしまいです。それはネオリベラリズムの価値観に侵され、魂までもが資本に包摂された状態です。そうではなく、「自分にはうまいものを食う権利があるんだ」と言わなければならない。人間としての権利を主張しなければならない。 279頁

人間存在の価値の切り下げに抗わなければならない。それはたとえば、「うまいものを食う」とか、「いい服を着る」とか、「きれいな家に住む」とか、そういうことをちゃんと欲望するということだ。でもそれをきちんと欲望できる主体であるためには人間の基礎的価値を信じてゐなくてはならない。それが人間の生きかたなんだ、それが幸福なんだという感性がなければならない。というわけで感性を磨くことが階級闘争なのである。

 新自由主義は単なる政治経済的なものなのではなく、文化になっているということを強調してきました。それは資本主義文化の最新段階なのです。その特徴は、人間の思考・感性に至るまでの全存在の資本のもとへの実質的包摂にあります。したがって、そこから我が身を引きはがすことが、資本主義に対する闘争の始まりであると見なされなければなりません。(・・・)

 それゆえ、意思よりもっと基礎的な感性に遡る必要がある。どうしたらもう一度、人間の尊厳を取り戻すための闘争ができる主体を再建できるのか。そのためには、ベーシックな感性の部分からもう一度始めなければならない。だから、食べ物の話は、代表的事例であると同時に比喩でもあります。私たちの生活の全領域で、どういう感性を持つのかが問われている。 280頁

階級闘争、してますか?