手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

「神話と芸能のインドー神々を演じる人々ー」鈴木正崇 編

神話と芸能のインドー神々を演じる人々ー」鈴木正崇 編 山川出版社 2008

拾い読み。カタックについての言及はほぼない。

以下、目にとまった箇所をメモ。

総論 神話と芸能のインド 鈴木正崇

(・・・)芸能にあたるサンスクリット語はサンギータであろうが、音・舞踊・演劇の総称で、相互は未分化であった。 5頁

 (・・・)インドを代表する踊りのバラタナーティヤムは、寺院奉仕の踊り子のデーヴァ・ダーシーの芸を、ルクミニー・デーヴィが再構成し、一九三六年に創設したカラークシェートラを根拠地に発展させてきた。オリッシィ、カタック、マニプリなどの舞踊も、近代の「創られた伝統」の側面が強い。 6頁

これは嬉しい。ぼくはかねがね、今のカタックは相当程度「創られた伝統」であり、またそれについて語るカタック言説もその「創られた伝統」に素朴によりかかりすぎてゐるように感じてゐた。やはりそうなんだ。どのように伝統が創られたか、その経緯を知りたい。

第五章 北インドの神話・伝説と宗教芸能 坂田貞二

クリシュナのラース・リーラーについて、1892年に刊行されたランギーラール師の台本「挿絵付(サチトラ)ラース・リーラー」に基づいて詳述。

「ラース」は情緒に満ちた踊り、「リーラー」は生涯のできごとの劇を意味する。

 先に台本の翻訳で示した「クリシュナの横笛を乙女らが盗るリーラー」は、多くの人に好まれている。これは、人を惹きつけるがなかなか近づくことができない、あるいはわが目で拝することができない神的な存在を人が希求して、最後にそれと合一できるというバクティの教義を象徴してゐる。クリシュナ信仰で信徒は、老若男女を問わず そのお姿や笛の調べに惹かれる乙女の気持ちになって、無心にクリシュナ様を求めるときに至福の境地にいたれるとされる。 101頁

分かりやすい説明だなあ。カタックで一番よく出て来るモチーフはクリシュナ。バクティ信仰=クリシュナ=カタックのつながりが理解できた。

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103頁の図。神話面白い。

 主要なリーラーを、ランギーラール師による台本によっていくつかを挙げてみよう。

 母(じつは養母)ヤショーダーに育まれる幼児クリシュナのさまを描いた「幼年のリーラー」、幼少年期のクリシュナが近所の家に忍びこんで好物のバターを盗む「バター盗りのリーラー」、幼いクリシュナがヤムナー川に潜む毒竜カーリヤを退治する「カーリヤのリーラー」、ヤムナー川で沐浴する女衆の衣をクリシュナが奪って困らせる「衣盗りのリーラー」、大雨で困るプラジュの民と牛を護るためにクリシュナがゴーヴァルダン山をもちあげてそれを傘にしたという「ゴーヴァルダン山のリーラー」、クリシュナがラーダーや乙女らと春祭りホーリーのときに色水・色粉をかけあって楽しんだという「ホーリーのリーラー」ーーこういうリーラーがランギーラール師の台本にある。 103-104頁

ラース・リーラーの原型は9世紀のサンスクリットによる「バーガヴァタ・プラーナ」(最高神ヴィシュヌに関する古譚)にある。15世紀から16世紀にかけて、クリシュナが生れ育った地とされるヴラジュ地方において盛んになったが、当時のテクストは残ってゐない。幾多の翻訳・翻案を経て現代にいたる。

第九章 インド舞踊と演劇の生成と伝承 河野亮

曼荼羅の意匠について言及する文脈で以下の記述。

 (・・・)密教の発達とともに、悪を調伏するという意味から忿怒像がさかんにつくられるようになる。弓や剣など武具をもつことが多くなり、足構えも武術的になる。それが舞踊に反映されたかたちがターンダヴァである。 185頁

ターンダヴァの意匠は武術からきたのだと。これは本当か。だとしたらかなり面白いぞ。覚えておこう✨