手探り、手作り

樂しみ亦た其の中に在り

イチロー引退

イチローが引退を発表した。

自分が感じてゐる喪失感に、正直驚いてゐる。

小学生から中学生にかけてはけっこう野球を見てゐたけれど、そこから後は興味を失い、今では知ってゐる選手はほんのわづかの超有名選手だけだ。

大谷とか、筒香とか・・・。

イチローの熱心なファンであったわけでもないのに、なんだろうこの感じは。

あたりまえに、50歳まで現役でやるんだろうと思ってゐた。

出場機会はだいぶん減ってゐたけれど、続けるんだろうと思ってゐた。

引退表明の会見を全部見てしまった。

なんて凄い人なんだろう。

こんな人がゐるってことが信じられないよ。

そういうふうに言われると本人は不本意であることはよくわかってゐる。

けれど、そう感じてしまう。そういう境地まで行ったよ、この人は。

すんません。

ゆっくりと考えて、慎重にことばを選んで答える姿に、こちらも背筋がのびる。

すごい威厳だ。

誰も彼のようにはなれないだろうけれど、彼が自分の才能を存分に開花させるために行った努力の仕方は学ぶことができるように思う。

《自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくということを繰り返していく。そうすると、いつの日か「こんな自分になってゐるんだ」という状態になってゐる》

ほんとにそうなんだろうな。だから「同じ人間とは思えない」とかは言うべきではないんだよね。

グっときた部分をメモしておく。(こちらから)

「もちろん、もっとできたことはあると思いますけど、結果を残すために、自分なりに重ねてきたこと。人よりも頑張ったということはとても言えないですが、そんなことは全く無いですけども、自分なりに頑張ってきたということは、はっきり言えるので。

これを重ねてきて、重ねることでしか、後悔を生まないということはできないのではないかなというふうに思います。」

「今日のあの舞台に立てたことというのは、去年の5月以降、ゲームに出られない状況になって、その後チームと一緒になって練習を続けてきたんですけど、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね。

今まで残してきた記録は、いずれ誰かが抜いていくと思うんですけど。去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれないと、ささやかな誇りを生んだ日々であったんですね。

そのことが、去年の話ですから近いということもあるんですけど。どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたことかなと思います。」

「やっぱり、一本ヒットを打ちたかったし、応えたいって当然ですよねそれは。 僕にも、感情がないと思っている人いるみたいですけど、意外とあるんですよ(笑)

だから、結果残して、最後を迎えられたら一番良いなと思っていたんですけど、それは叶わずで。それでもあんなふうに、球場に(試合後もファンが)残ってくれて…。

まあ、そうしないですけど、「死んでもいい」という気持ちはこういうことなんだろうなというふうに思います。死なないですけど。そういう表現をするときって、こういうときなのかなと思います。」

「確かに、最低50までって本当に思っていたし、それは叶わずで。有言不実行の男になってしまったわけですけど、でもその表現をしてこなかったらここまでできなかったかもなという思いもあります。

言葉にすること。難しいかもしれないけど、言葉にして表現することというのは、目標に近づく一つの方法ではないかなというふうに思っています。」

「先程もお話しましたけれど、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも、秤(はかり)は自分のなかにある。それで自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくということを繰り返していく。

そうすると、いつの日か「こんな自分になっているんだ」という状態になって。だから、少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないというふうに思うんですよね。

一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それが続けられないと僕は考えているので。地道に進むしかない。進むだけではないですね。後退もしながら、ある時は後退しかしない時期もあると思うので。

でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らないですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でもそうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えないというか。そんな気がしているので。」

「それとは少し違うかもしれないですけど、アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと。アメリカでは僕は外国人ですから。

このことは、外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分があらわれたんですよね。

この体験というのは、本を読んだり情報をとることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。

孤独を感じて、苦しんだこと多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって、大きな支えになるんだろうと、今は思います。

だから、辛いこと、しんどいことから、逃げたいと思うのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気なときに、それに立ち向かっていく。そのことは、すごく、人として重要なことなんではないかなと感じています。」