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「9条の挑戦」伊藤真・神原元・布施祐仁

「9条の挑戦」2018

著者:伊藤真・神原元・布施祐仁 出版社:大月書店

 

安倍政権が進める「9条改憲」への対案として、三者が異なる観点から「非軍事中立」の安全保障政策を提案してゐる。

日米同盟を深めて=アメリカへの一体化を進めて抑止力を高め、日本の安全を守る。これが安倍政権の進めてゐる安全保障政策である。そのために憲法違反の安保法を成立させ、これから9条改憲を行おうとしてゐる。

日本を取り巻く安全保障環境が刻々と変化してゐるのは事実である。そこを認めたうえで、果たして安倍政権のすすめる日米同盟の深化というものが本当に最上の選択肢であるのか、それが日本の安全確保に寄与するのか。さらには、そもそも抑止力なるもので国を守ることができるのか。それを問うてゐる。

そうして三者は「非軍事中立戦略こそが、安全保障環境の変化に対応した最も現実的な道である」と主張する。

とても説得力がある。

安全保障=抑止力を高めること、という発想は根本的におかしいとぼくは思ってゐる。これはどこかの国に対して「あなたをこれからも敵とみなしますよ」と言うに等しいことではないか。これが安全確保につながるとは思えない。マッチョイズムの軍拡競争になだれこむだけだ。

そんな財政的余裕がどこにある。日本の借金は1000兆円を超えてゐる、人口減少社会に突入し、労働人口は減る、社会保障費は増える、かつてのような経済成長は見込めない。

どこにそんな財政的余裕がある。

「抑止力を高める」という「敵」を前提とした発想を安全保障の第一に位置づけてしまうと、紛争・戦争にならないような関係を作るという外交的施策がなおざりにされてしまう。それどころかむしろマイナスに働く。

日本の「現実的な安全保障」を言う人たちは、決まって日米同盟の深化による抑止力を説き、場合によっては先制攻撃能力の保持や核保有の必要性を訴えるが、果たしてそれが安全を向上させるだろうか。

少なくとも「敵をつくらないための外交」を邪魔することだけは間違いないだろう。

例えば中国は、軍事的にはベトナムラオスやタイやミャンマーやモンゴルを「侵略」できるわけだ。でも現実にはそうなってゐない。そうなる可能性もほとんどゼロである。それはベトナムラオスやタイやミャンマーやモンゴルが核武装をして十分な抑止力を備えてゐるから、ではない。

インドとパキスタンは両方とも核を保有して「抑止力」を保持してゐるが、ときどき軍事衝突が起ってゐる。

核戦争は起ってゐないが、人は死んでゐる。

こういう事実についてよくよく考えてみる必要があると思う。

冷戦構造のなかで生まれた日米安保条約というものが、なぜ今だにほとんど唯一の「現実的な安全保障政策」であるかのような状況となってゐるのか。

端的に言って、それはアジアの国とどうやって友好関係をつくったらいいのか分からないからだろう。

中国や韓国や北朝鮮と、「東アジア共同体」への道筋をつくれるような多国間の集団安全保障をつくる気なんてさらさらない。そういう人が多数派だろうと思う。

なぜならその実現のためには、日本は東アジアの国々と深い信頼関係をつくらなくてはいけない。けれどそれがどうしてもできない。

歴史認識が邪魔をするからだ。

「また文句言ってんのかよ。また謝罪しなくちゃいけないのかよ。」と多くの日本人が思ってゐるから。

だから結果として「日米同盟死守」ということになる(沖縄に負担を押し付けて)。

日米同盟以外の「国のかたち」を構築する能力がないから、それが必要となるような冷戦構造の維持にやっきになってゐるというのが今の日本の姿ではないだろうか。

朝鮮戦争終結に一番邪魔をしてゐるのが日本ぢゃないか。