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「朝鮮半島と日本の未来」姜尚中

朝鮮半島と日本の未来姜尚中 集英社新書 2020

半島両国への差別的かつ攻撃的な物言いがあふれかえる現在の日本の言説空間において、姜尚中氏の語り口の穏和と誠実は稀有のものだ。この稀有はどこからくるのか。

氏は「はじめに」において、朝鮮戦争の勃発した1950年に生れた氏にとって70年間の休戦状態は「呪い」のようなものであり、その克服が「人生最大の主題」であったと述べたうえで、次のように書く。

 ある時期まで、私は、戦争の終わりを見届ける一冊を書き上げることを夢想していた。二〇〇三年に上梓した『日韓関係の克服』(集英社新書)は、日朝平壌宣言に触発されて書き下ろした、五〇代前半における勝負作であった。本書もまた、私にとっての勝負作である。だが、前回とは違い、今回は、ある種の諦念と折り合いをつけながらの作業であったように思う。ーーー私はもう南北朝鮮の統一を見届けることはないのだ。 3頁

氏の無念を思うと胸が締め付けられる。そうかもしれない。みなそう思ってゐる。多くの人が北朝鮮の非核化と半島の分断について、あきらめ、考えることを放棄してゐるように思える。理想と希望を語ることがどこか痛々しい、フェイクと憎悪と分断の時代だ。

だから「私はもう南北朝鮮の統一を見届けることはない」という。そのような諦念のうえで希望を語るとすれば、やはり自分が死んだあと、未来のために種をまく、ということになるんだと思う。こういうのを愛というのではないかしら。

文体はすごく穏やかだけれど、強い力でもってこちらに迫ってくる。これを通読したぼくにはやはり種がまかれたんだと思う。どうしようか。苦しい気持ちだ。

「おわりに」によれば、本書は金大中の「太陽政策」を自分なりに語り直す試みであるとのことだ。具体的にどのようなものか、終章「朝鮮半島と日本の未来」から日本への提言をメモしておく。

 日本は、韓国との軋轢を抱え、北朝鮮と関係が途絶しているとしても、米国の最も親密な同盟国であり、中国とも、ロシアとも良好な関係を維持している。六者協議の舞台を北京だけでなく、東京に設定し、その議長国として米朝交渉を後押しするとともに、懸案の拉致問題解決に向けて日朝二国間交渉を打診するチャンスを摑むことも不可能ではないはずだ。それは間接的に、日本が朝鮮半島の分断体制克服に向けた触媒の役割を果たすことにもつながり、その結果、北朝鮮の脅威が減少すれば、日本の安全保障のコストは格段に削減されることになるのは間違いない。

 さらに、六者協議に基づく多国間安全保障の枠組みが恒常的に制度化されていけば、北東アジア版のCSCE(全欧安全保障協力会議)へと発展していくことも夢ではないだろう。そうなれば北東アジアにおける中国の覇権的な拡大を多国間安全保障の枠組みの中に封じ込めることができるとともに、米中間の不毛の対立を抑制することも可能となるはずだ。それは、日本が国の安全保障を日米安保だけに委ねる「現状維持」型の「一本足打法」から、北東アジアの多国間安全保障の枠組みにも軸足を置く「二本足打法」へと移行する決定的なブレイクスルーになるのではないだろうか。安全保障では米国と、貿易や経済では中国とバランスを取りながら国益の確保・維持を図らざるをえない点で韓国と日本は共通した課題を抱えており、両国の協力関係の強化は、相互の利益に適っているだけでなく、両国の未来にとっても必須であるに違いない。 200-201頁