手探り、手作り🐘

「ミッション・インポッシブル」新作の予告を見たのですが、かなりいいですね✨

too submissive

アカデミー賞のメイクアップ賞を受賞したカズ・ヒロさんのことば。

"Sorry to say but I left Japan, and I became American because I got tired of this culture, too submissive, and so hard to make a dream come true. So that's why I'm living here. Sorry".

と言ったのが、

「こう言うのは申し訳ないのだが、私は日本を去って、米国人になった。(日本の)文化が嫌になってしまい、夢をかなえるのが難しいからだ。それで(今は)ここに住んでいる。ごめんなさい」

と訳されて拡散したという。

I got tired of this culture が (日本の)文化が嫌になって となり、その後の

too submissive がまるっと抜け落ちてゐる。

すごい悪意を感じる。

だって、too submissive な culture に got tired だと言ってるのに、too submissive を抜かしたら意味がないぢゃん。

「日本」が嫌いになって「日本人」をやめた彼は「反日」なのだ、という印象を与えてやろうという極めて陰湿な底意を感じる。

記事に、submissive という語の説明がある。

「submissive」という言葉は日本語では「服従的」や「従順」と訳されることが多いが、英語の辞書で引くと、「always willing to obey someone and never disagreeing with them, even if they are unkind to you」(『ロングマン現代英英辞典』より)などと出てくる。直訳すると、「たとえその人(達)が自分に冷たくても、常に従い決して逆らうことのない状態」といった意味となり、かなり強く「従順」な状態を指している。 

自分が心地よくないと感じてゐる環境であってもだまって服従する心性ということだろう。

それに too がつくのだから、過度に、ということで、自分が服従してゐる権威に同じように服従してゐない人間がなんかむかつく、だからハブいちゃう、いぢめちゃう、陰口たたいて、なんかヤバイ人みたいよ、みたいな空気にしちゃう。

まことに、too submissive な culture に got tired だと言いたくなるよね。

自分が服従してゐる、そのことに我慢してゐる、苦しいのにがんばって耐えてゐる、という気持ちが強いほどに、服従しない人間への態度は冷徹になる。

自分はこんなに苦しい思いをして順応してゐるのに、submissiveでない人が楽しそうにやってる。けしからん。実に too submissive!

カズ・ヒロさんのコメントの中で、too submissive という語は、明らかに、もっとも核心的に、日本で生きるしんどさを突いたものだった。

そこを抜いて訳された日本語が拡散された。

というのは、まことに too submissive な事情であって、このような事態を生む culture に got tired したので、カズ・ヒロさんは国籍を変えたのだろうと思う。

しかし、英語から日本語へと翻訳され流通する過程で、文字通り too submissive なフィルタによって、「too submissive な culture に got tired した」という核心が消えてしまった。

こんなことをされたらカズ・ヒロさんはもうgot tiredどころではないだろう。

日本的 submissive とは too submissive である。

つまり、日本人が日本人らしく、和を大事に、従順であるようにふるまうと、submissive ですまずに、きっと too submissive になってしまう。

ついつい、ナチュラルに too submissive になっちゃう。

そういうことなんぢゃないだろうか。

ここで、日本人ダメだなあと腐ったりすると、反動で「いや、日本スゴイ!」みたいなのが出てきちゃうからNGだ。

だから、どうやって too を除くか、と発想をかえて考えてみたらどうかな。

どのように too submissive でない秩序を、組織を、人間関係を、和をつくっていくか。

いきなり個人の確立とかいっても無理なので、まづは、too をとること。

過剰さをなくすこと。

それを考えるべきではないかしら。

 

すごくちゃんとした行儀のいい結びになったことに、いささかの戸惑いを感じてゐる。