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「東京奇譚集」村上春樹

東京奇譚集」2005

著者:村上春樹 出版社:新潮社 新潮文庫

 

ときどき村上春樹が読みたくなる。

新作が出たら必ず読む唯一の小説家が村上春樹だ。長編は全部読んでゐる。短編はいくらか読んでないものがある。エッセイもいくらか読んでないものがある。

最近のものだと、「騎士団長殺し」はいまいちだった(覚えてないけど)。

その前の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はかなり好きだ(覚えてないけど)。

その前の「1Q84」も傑作だった(覚えてないけど)。

一番好きな長編は「国境の南、太陽の西」。短編だと「神の子どもたちはみな躍る」とか「東京奇譚集」が好きだ。

だいたい、読んで三日もすると忘れてしまうから、繰り返し読んで楽しむ。「東京奇譚集」はこれで通読するのが三度目なのだが、見事にすっかり忘れてゐて、大いに楽しめた。本当にいい短編集だと思う。

タイトルの通り、東京を舞台にした不思議な話が5編入ってゐる。

私見では、村上春樹の作品は、だいたい「きちんと向き合わずにすませてきた過去のモノやコト」が後になって「思いもよらぬ形」で襲ってくる、そして主人公は何かを失うことになるのだが、その喪失をこれまた「思いもよらぬ形」で回復する、あるいは回復する道を見出したところで物語が終わる。

東京奇譚集」もだいたいそんな話だ。みんな面白い。

 

「偶然の旅人」

冒頭、筆写である村上春樹が登場して「前口上」を述べる。これが実によく効いてゐる。この「春樹が経験した不思議な出来事(これも実話かどうかわからないが)」がとっても面白くて、これがエレベーターみたいな役割をはたして、一気にハルキ的世界にぐーんと降りていける感じがする。

村上春樹は作品のなかで登場人物にあからさまな「説明台詞」をしゃべらせることがある。この短編だと次のようなことばが、けっこうはっきりとこの作品の主題を示してゐるように思える。

「僕はそのときにふとこう考えました。偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。すまりそういう類のものごとは僕らのまわりで、しょっちゅう日常的に起こっているんです。でもその大半は僕らの目にとまることなく、そのまま見過ごされてしまいます。まるでまるで真っ昼間に打ち上げられた花火のように、かすかに音はするんだけれど、空を見上げても何も見えません。しかしもし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、それはたぶん僕らの視界の中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。」

そういう話。

 

「ハナレイ・ベイ」

これはたいへん哀しい話だ。なんか「もののあはれ~」って感じがする。主人公はピアノ・バーを営む女・サチ。息子がハワイでサーフィン中にサメに足を食われてそのショックで溺死してしまった。それから毎年、命日近くになると休みをとって息子が死んだハナレイ湾を訪ねて3週間ほど過ごす。ある年、ハナレイ湾にサーフィンをしにきた若い二人組の男と知り合いになる。彼らは「片脚の日本人のサーファー」を見たというのだが、サチにだけはどうしても見えない。

もちろん、なぜ彼女にだけ見えないのかは明示的には説明されないのだけれど、暗示はされてゐる。

「しかし正直なことを言えば、サチは自分の息子を、人間としてはあまり好きになれなかった」とある。「どうしても好意をもてなかった」、「もしあの子が血をわけた自分の息子でなかったら、まず近寄りもしないのではないかとサチは思った」と。

ここの模写はかなりえげつないものだが、でもそういうことってあると思う。親が子を、子が親を「人間として好きになれない」ことは珍しいことではないし、親子でなければ「近寄りもしないだろう」と思うことも、ままあることだ。でもそれは「言わない約束」になってゐる。

だからサチは息子の死体を見ても泣かない。けれど、無関係な若いサーファーには見えるのに「自分だけ見えない」という事実に涙を流す。

もののあはれ~」だ。

 

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」

これが一番謎めいた話で、ぼくが読んだ限りだと、どうにも解釈のしようがないところがある。だからつまらない、というのではなくて、この変テコな話が入ってゐることで全体のバランスはむしろよくなってゐる感じがする。

何かあるっぽいのはやはり階段で出会う人びととの会話なのだけれど、どうもつながらないなあという印象。

特に女の子との会話についてよくよく考えれば、何かしら輪郭みたいなものが見えてくるのかもしれないのだが・・・無理だった。

「ねえ、おじさん、このマンションの階段についてる鏡の中で、ここの鏡がいちばんきれいに映るんだよ。それにおうちの鏡とはぜんぜん違って映るんだ」とか、何か怖いんですよね。

そして「おじさんはそれを長いあいだ捜しているの?」「ずいぶん長く。君が生まれる前からずっと」とか、ちょっと気が狂ったということなのかな。読んでるときに、あ、変になりそう、みたいな感覚がある。そういう危うい感じが面白い。

 

「日々移動する腎臓のかたちをした石」

これは「どこであれそれが見つかりそうな場所で」とは対照的に実に「分かりやすい」というか、こんなに辻褄があっていいのかというくらいに「腑に落ちる」構成となってゐる。ちょっと親切すぎやしないかな、と思ったくらいだ。

とはいいながら、感動したけどね。

 

品川猿

この作品は他とくらべて質的に若干劣るかなあ、というのが個人的な感想。猿が出てきちゃうのはちょっとなあ。