生活の芸術

ぼくはここで踏ん張る

ザギトワの新作

 
 ザギトワの新作について書く。
  
 その前に、フィギュアスケートのルール変更についておおまかな理解をしておかなくてはいけない。
 
 ぼくは元来競技としてのフィギュアスケートの熱心なファンではない。競技会に出た選手の演技を網羅的に見て採点を仔細に分析したりしないし、そもそも採点の項目全てについて把握してもゐない。「キム・ヨナの芸術」に詳しく書いたことだが、ぼくはフィギュアを舞踊芸術の一つとして見てゐる。だからメダルの色とか得点とか何連覇したとかいうことにはほとんど興味がない。ある選手(ダンサー)がある曲に合わせて滑る(踊る)ことを3分なり4分なりの作品として見て、どれだけ舞踊的感動を与えてくれるか。ぼくにとってはそれが全てだ。
 
 これがフィギュア鑑賞としていびつなものであることは重々承知してゐるが、ぼくはフィギュアを見る喜びのうち舞踊的側面だけを増幅させて楽しみたいから、点取り競争としての楽しみを意識的に完全にとっぱらって見ることにしてゐるのである。
 
 そういうわけだから、ぼくにとってはショートプログラムもフリースケイティングもエキシビションも同じであって、ジャンプの種類や回転数などをとりあげてああだこうだ言う趣味もない。
 
 舞踊的感動とは全体としてみたときの美しさ、肉体がいかにのびのびと動いてゐるか、動きのしなやかさ、優雅さ、そういうものの総体をいう。あるプログラム、ある演技を見て「ああ。なんて気持ちがいいんだろう。なんて美しいんだろう」と思えなければ難しいジャンプを飛んだとしてもぼくにとってはつまらないのである。
 
 だから採点ルールにはほとんど頓着しないなのだが、ちょっと調べてみたところ、今回のルール変更はけっこう大きいもので、しかも上に書いたような舞踊的観点からフィギュアを楽しむものにとって歓迎すべきものであるようなので触れておきたい。時事通信の記事から引用する。(こちら
 
 フィギュアスケートのルールが2018~19年シーズンから大幅に改正された。ジャンプの基礎点は軒並み下がり、4回転は0.8点から2.5点の範囲で6種類とも全て下がった。ジャッジがジャンプ、スピン、ステップの技を評価する出来栄え点(GOE)は最高5点から最低でマイナス5点までの11段階になり、従来の7段階から拡大。特にジャンプに関しては、質の高いものを跳べば昨季までとほぼ同水準の高得点を得られるが、一方で失敗によるリスクはより高まった。
 
 スケーティング技術、技のつなぎ、演技力、構成、音楽の解釈の5項目を評価する演技構成点の割合が相対的に上がり、表現力や芸術性をこれまでより問われることになる。
 
 男子の4回転争いの過熱化にかねがね疑問を感じてゐたぼくにとっては嬉しいルール変更だ。フィギュアスケート技術委員の岡部由起子氏は同記事の中で次のように述べてゐる。
 
 見て素晴らしいとみんなが思うような質の良いジャンプを跳んで、完成度の高いプログラムを演じた選手が勝つ競技にしたい。失敗の仕方によっては点数が大きく減ってしまうが、きれいに成功させればより点数がもらえる。(新しいルールは)そういう考え。
 
 きれいに着氷できなかったり転倒したりしても、回転さえしていればその方が点数をもらえるから(難しいジャンプを)組み込むという声も聞いたことがある。トリプルアクセル(3回転半)に関して、最近の女子ではエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)がなんとか降りたが、転ぶのを前提に跳んでいる選手がいると聞いた。(技術委員会で)それは違うという話になった。どんなに難しいことをやっていても失敗したらだめ。成功しないと点数がもらえないというルールでなくてはいけない。見ている人が納得できるスポーツでなくてはいけないという思いは強くある。
 
 ぼくは氏の考えに完全に同意する。2回転より3回転が偉い、3回転より4回転が偉いという発想がそもそもおかしい。少なくとも舞踊的観点からはおかしい。大切なことは美しいかどうか、そのジャンプが全体の振り付けのなかできちんと位置づけられてゐるか、それがいかに音楽と一つになってゐるか、そういうことをもっと大事にしてほしい。ずっとそう思ってゐた。
 
 ことに浅田真央キム・ヨナがライバルとてしのぎをけづってゐた頃、フィギュアを巡る言説は「とべるの、とべないの、どっち~!」みたいなものばかりだった。シニア以降はキム・ヨナのほうが勝ち越してゐたわけだが、それに不満を感じる人の口からは「どうして難しいトリプルアクセルに挑戦してゐる真央のほうが点数が低いんだよ!」みたいなトンチンカンな意見が多く聞かれた。これはナンセンスだ。
 
 挑戦することは立派だしその姿が多くの感動を与えたくれたのは事実だとしても、それがきれいに成功したものでないならば点数は低くて当然だろう。
 
 また、浅田がトリプルアクセル固執することで失ったものも大きかったということは是非とも指摘しておきたい。トリプルアクセルの成功率はもの凄く調子がいいときを除いてかなり低かった。だから浅田は演技のあいだ始終ジャンプのことを気にしてゐた。まったく音楽を聞いてゐない、振り付けがただの動きになってゐてそこに舞踊が宿ってゐないことが多かった。それが彼女の演技を芸術性の乏しいものにしてゐた。ぼくはこのことを彼女の偉大な才能ゆえに惜しむものである。
 
 男子のジャンプ競争について小塚崇彦氏が面白いことを言ってゐる。(こちら
 

 男子に関しては、4回転アクセルの可能性などが取りざたされています。ただ、今の男子はすごく技術の方に走っている印象も受けるので、そこは少し規制をかけてもいいかなと思っています。人間の限界に近づいています。

 平昌五輪ではネイサン・チェン選手(米国)が、フリースケーティングで4回転を6回入れていました。6回も入れるとやはりケガのリスクも高まりますし、体の心配も出てくる。せっかくここまで積み重ねてきた体をダメにしてしまうことはなんとか避けたい。確かに4回転をたくさん跳ぶと、迫力があって見ていて楽しいとは思うのですが、フィギュアスケートはそれだけではない。やはり上からルールで規制をかけて、選手を守ってあげるということも大事なのではないかなと個人的には思っています。

 
 氏の言うとおり4回転は迫力があるのだが、「おー!」となるばかりでその「おー!」というのはサーカスを見てゐるときのそれに近く、芸術表現にはなじまないものである。それにジャンプすることそのものに意識がいきすぎてしまって、助走も長くなり、音楽との乖離が生じてしまう。そこで芸術性が大きく損なわれる。ジャンプのたびに作品が分断されるから、結果としてジャンプしか記憶に残らないような演技になってしまう。だったら「ジャンプ」という競技をつくって別にやったらどうかと言いたくなる。
 
 個人的には4回転はなくても全然かまわないのだが、それは極端だと思うから、小塚氏の言うとおり、ケガしない程度に規制をかけてやってもらえればと思う。
 
 また女子に関しては、浅田ほどの大才が選手生活の全てを捧げてトリプルアクセルの習得に励んだ結果、膝を痛めて引退ということになったのだから、もうトリプルアクセルが女子の限界ということにして、「無理して挑戦しなくていいジャンプ」くらいの扱いにしていいのではないか(乱暴ですみません)。トリプルアクセルが他のジャンプに比べて美しいということは全然ないのだから。
 
 さて、ザギトワである。
 
 アリーナ・ザギトワは昨シーズン(2017-2018)シニアにあがり、今年2月のピョンチャン五輪でいきなり金メダルを取ってしまったのだった。その技術の成熟度にぼくは仰天した。15歳にして、技術的にはキム・ヨナのピークと遜色ないところに達してゐた(それは言いすぎだぞ)。
 
 2017-2018のSP「ブラック・スワン」、FS「ドン・キホーテ」、EX「アフロ・ブルー」。
 いやあ素晴らしい。
 どれもこれもいい曲を選んだものだ。しかし「アフロ・ブルー」はたいへんセクシーだが、ちょっとエロすぎませんかね。15歳にここまで性的な演技をさせるのはちょっとなあと思うぼくはカタブツなのでしょうか・・・
 
 それはいいとして今シーズン。なんと五輪から半年で身長が7センチも伸びたらしい。
 SP「オペラ座の怪人」、FS「カルメン」、EX「サバイバー」。

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 くどいようだが性的すぎないかね(汗)。「サバイバー」だよ。
 確かに凄く色気があるし魅力的なお尻ではあるけれど、16歳の少女にこういうクネクネ系のエロスを表現させるのはちょっとよくないと思うな。いや、もちろん興奮しますよ。すごく興奮しますよ。けどね。
 
 SP「オペラ座の怪人」、FS「カルメン」について。
 
 身長が伸びて体重が増えるとジャンプに影響が出るというのはよく聞く話だが、彼女に関してそれはないようだ。五輪で金メダルをとってマスコミ対応などで忙殺されてゐただろうに、調子を落とさずに新作を見せてくれたことについてまづ感謝したい。とても素晴らしい。それを前提として、いくつか不満があるから書いておきたい。
 
 まづ、曲がダメだ。「オペラ座の怪人」はとくに酷いと思う。これは曲の編集の問題だと思うのだが、いくらなんでも曲想をころころと唐突に変えすぎではないだろうか。まったくまとまりを欠いてゐる。これでは振り付けも統一感を欠いたものになるし、スケーターも音楽と一体になることはできないと思う。残念だ。
 
 ジャンプについてだが、両手もしくは片手を頭上にあげて跳ぶジャンプがある。これはタノジャンプと呼ばれてゐて、スケートファンの間でも賛否が分かれてゐるようだが、ぼくは基本的に非の立場に立つ。端的に言ってきれいぢゃない。これは軸がぶれるために難しいそうで、だから点数が高く設定されてゐて点数を稼げるから多用してゐるのだろうけれど、美しくない。両手をあげたものがとくに。
 
 あくまでぼくの好みではあるけれど、このタノジャンプはちょっとしたスパイスとして使う場合には、ハンバーグの横のパセリみたいに映えることがある。例えば三連続ジャンプの三回目にちょこっといれるとか。
 
 けれどタノジャンプが主役になると、たぶん難しいからだと思うのだが、ジャンプの魅力である気持ちよさが一気に減退してしまう。ジャンプで何が大切かというと「大柄であること」だ。のびのびと大きいということだ。タノジャンプは小さく見える。
 
 あと振り付けについて、これは昨シーズンのプログラムについても言えることだが、ちょっと慌しすぎるようだ。いろんなものを詰め込みすぎてやかましい印象を与える。大きなメロディーのときにも細かな動きが多くて緩急がつかず単調になってゐる。大きくなったザギトワの体格を活かせてゐない。はい次、はい次、という具合に振り付けに急かされてゐるように見える。
 
 このザギトワの慌しさについては、ちょっとまだ判断できかねてゐるというのがぼくの正直な感想だ。振りが詰め込みすぎなだけではなく、ザギトワの振り付け消化能力と音楽を感じる力が不十分であるというのもあるかもしれない。そこは今後じっくり考えたいと思う。シーズンは始まったばかりだ。後半に入るとこなれてきてまた印象が変わるかもしれないから。
 
 楽しみだ。 
 
 エロはもう少しおさえてほしいけどね。