生活の芸術

あるいは正しいことを可愛げにいう練習

「生活の芸術」について

はじめまして。

林広貴です。ご訪問いただきありがとうございます。

ここではブログの全体像、各カテゴリについて紹介します。準備中のものが多いですが、少しづつ充実させていきたいと思ってゐます。
 
なお、仮名づかいについては「正しい日本語の書き方ー表語仮名づかい宣言ー」をお読みください(まだ書けてない・・・)。
 
年表       第二次安倍政権年表」を作成中です。   
国政選挙まとめ  2012年11月の衆院選以降の国政選挙についてまとめてゐます。
首相動静+α    首相動静を読み、毎回+αとして何か調べてます。
 
大ネタ      拉致問題北朝鮮核問題等の大ネタを扱ってゐます。 
愛国コラム    権力の横暴に「ちょ、待てよ」という。愛国心発露コラムです。
回顧シリーズ   2017年以降、一年毎の回顧録です。
 
ことば       気になったことば、日本語や文学のこと。
 
本と映画     誰かに勧めたいぜ~」と感じた本と映画の紹介です。
 
踊り        踊りってほんとうにいいものですよね。
 
雑文        上記カテゴリにおさまらないものを。
 
 
 タイトルの「生活の芸術」は林語堂(1895-1976)という作家の英文著作「The Importance of Living」(1937)の中国語版タイトル「生活的芸術」からとりました。日本語では「人生をいかに生きるか」という題で出版されてゐます。ぼくはこの本を学生時代に古本屋で見つけて読みました。
 
 タイトルの通り、「人生をいかに楽しむか」という大問題について、古今東西の哲学文藝を自在に援用しながら、書、画、詩、食、茶などなど諸事万端を縦横に語った痛快な本です。作家の底知れぬ教養、批評精神、ユーモア、そしてそれらを統合する大きな人格に触れて、当時のぼくはヤタラに感激しました。彼のような自由闊達でおおらかな精神をもって生きたいナと思いました。
 
 彼は自身の人生態度について「Nonconformist」という言葉で語ったことがあります。日本語では不羈。「羈」とは馬のおもがい・たづなのことで、最近はあまり使われない言葉ですが「独立不羈」とか「不羈の精神」などの用法があります。漢語を使わずに言うと「とらわれない」「こだわらない」ぐらいの意味になるかと思います。
 
 もし「学問の目的」というものがあるとしたら、結局のところこの「とらわれない」「こだわらない」人格を作り上げることが一番になるのではないでしょうか。もちろんそれは「何でもどうでもいい」という放埓な態度とは違ってゐて、むしろ反対のものです。
 
 林語堂は自由闊達な精神を抑圧するものに対して抵抗した作家でした。生没年から明らかなように、彼の青年期から壮年期は日本の帝国主義時代と重なってゐます。彼はその時期、中国人の生き方・歴史・文化を紹介する評論(中国=文化と思想)や、義和団事件から日本軍による占領までの動乱を背景とした小説(北京好日)を英文で書き、いづれも世界的ベストセラーとなりました。執筆の背景には帝国主義の圧制に苦しむ中国人を鼓舞し、民族の自立を促すという意志がありました。
 
 ぼくは林語堂のように自由闊達な精神をもって人生を楽しみ、とらわれない人格をつくり、それらを抑圧するものに対しては抵抗したいと思ってゐます。そしてそのためには、やっぱり、学問をするしかないんぢゃないかと思ってゐます。
 
 「生活の芸術」はぼくの学問(読んだり書いたり、踊りや武術の稽古をしたり)の経過を示すものです。その経過をネット空間という公共の場に提示することで、こころざしを同じくする人々の役に立てたらと思ってゐます。