林広貴の「お気に召すまま」

ー半島情勢を中心にー

明日公示。

 第48回衆議院議員総選挙は明日10日公示日をむかへる。確認だが、これは安倍首相が国会における野党の追及から逃れるために衆議院を解散したことによる、大義のかけらもない選挙だ。

 政局を追ひかけて右往左往するのは純粋な徒労でしかなく、ほとんど中身のない、そして嘘だとわかってゐる政治家の言葉を理解しようと反芻してゐるとこちらの気がめいってくる。

 多くの国民はさうして政治への関心を失ひ投票率は下がる。低投票率の中で「大勝」を続けて政権を維持し、勝てば官軍とばかりに民主的なプロセスを踏みにじり、違憲立法を行ってきたのが安倍政権だ。

 トランプと金正恩が威嚇・挑発を続け、半島を巡る危機がエスカレートするなか、安倍はその危機が最高潮に達することを望んでゐるとしか考へられない言動をとってきた。

 彼は日本を戦争ができる「普通の国」にしたいといふ妄執につき動かされて、実際に日本が巻き込まれるやうな戦争を、あるいは参加せざるを得ないやうな戦争を切望してゐる。さうした本当の意味での国難になれば「こんな憲法では国を守れない」と言って彼の憎悪する平和憲法を捨て去ることができるからだ。

 森友・加計問題によって安倍への不信が高まる中、「安倍一強を倒す」といふ演出でメディアの話題をさらひ登場してきたのが小池百合子率いる希望の党だった。小池の起した「風」に乗りたいと思った日本維新の会希望の党にすりよった。

 メディアの提供する枠組みによれば「自民・公明」「希望・維新」「立憲民主・共産・社民」の三極構造といふことになってゐる。

 しかし事実は違ふ。「自民・公明」「希望・維新」は共に改憲勢力であり、日米同盟強化・及び重武装による抑止力強化といふ点で共通してゐる。彼らはそれが現実的な認識に基づくリアルな外交であると主張し、さうした立場を「保守」と言ってゐる。彼らは選挙後に協力して改憲発議をしたいんだらう。

 もうひとつ、極めて重要なことだが彼らは「民主的なプロセスは面倒だから独裁くらいが丁度よい」と考へてゐる点で共鳴してゐる。

 この5年の安倍自民党政治、そして小池が都民ファーストの会希望の党の運営で示したスタイルは明らかに独裁的である。

 さういふわけで、今回の選挙は実質三極ではなく次の二極の争ひと言っていいだらう:

安倍/小池的な国のあり方及び政治手法を信任する→自民・公明・希望・維新

それに反対し、民主的なプロセス・多様性を重んじる→立憲民主・共産・社民

 政治的立場を表明する際、あるいは相手のそれに標識をつける際に「保守・リベラル」「右翼・左翼」といふ言葉が慣用されてゐるが、現在の状況を鑑みるに、それらの言葉と現実とが完全に乖離してをり使用する者が任意の意味を与へることができ、正しい機能を果たしてゐないやうに思へる。

 安倍と小池は「保守」を自称しまた他称されてゐるが、戦後レジームからの脱却をかかげる安倍や、日本をリセットすると言ふ小池をどうして「保守」と呼べよう。ぼくの目には護憲を掲げる日本共産党のほうがうんと保守的に見える。

 現実を正しく表す言葉が出てきてほしいと思ふが、ぼくはさしあたって「良識派」と「アンチ良識派」といふ大分類を採用して整理の補助線にしてゐる。

 「良識派」とは理念・ビジョンをかかげ、その理念に基づいて現実を動かしていかうとする立場。理念と現実との二元論。

 「アンチ良識派」はその反対で現実に密着して、そこから離れずに発想する現実だけの一元論。

 この「保守・リベラル」「右翼・左翼」といふ枠組みが無効化してゐることは個人的にはけっかうな大問題だと思ってゐる。政治的立脚点を示すふさはしい言葉がなくては議論は空転するばかりではないだらうか。

 半島情勢についても書くつもりだったが時間がなくなったので次回。