お気に召すまま

ー半島情勢を中心にー

現代中国を理解するのための翻訳二編

 中国理解の参考となる記事を二編翻訳いたしました。

 まづ、2017年5月14日のニューヨーク・タイムズの記事「習近平の“一帯一路”政策 中国を新経済秩序の中心に位置づける」

Xi Jinping Positions China at Center of New Economic Order - The New York Times

 そして、2013年4月13日、人民日報に掲載されたプロパガンダ記事「“中国の夢”とは何か、いかに“中国の夢”を理解するか」http://theory.people.com.cn/n/2013/0426/c40531-21285625-2.html

冷溶:什么是中国梦,怎样理解中国梦--理论--人民网

 訳文の前に少しぼくの感想を。

 アメリカと中国のあひだで生きていかなくてはいけない日本にとって、現代中国を理解することは極めて重要な課題だと思ひますが、どうもメディアにも国民にもさうした気運が乏しいやうに見受けられます。

 5月半ばに中国で開催された「一帯一路サミット」には日本からも自民党の二階幹事長が出席しましたが、この中国の世界戦略の中心プロジェクトに関する報道は少なかったように思ひます。

 安倍政権はTPPによる「中国包囲網」を狙ひ「地球儀を俯瞰する外交」を展開してきたやうですが、トランプ大統領が就任直後にTPPからの離脱を表明し安倍首相のもくろみはあっけなく挫折しました。

 現政権は今後の外交戦略に関して本当に困り果ててゐる印象を受けます。およそ今後の世界秩序がどのやうなものであるべきか、アジア諸国がどのやうに協調していくかといったビジョンはないやうです。「中国包囲網は無理かも」と考へたのでせうか。安部首相は先日「一帯一路」への参加をほのめかしました。

平成29年6月5日 第23回国際交流会議「アジアの未来」晩餐会 安倍内閣総理大臣スピーチ | 平成29年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

 一方で、日本はその「一帯一路」への対抗プロジェクトであるインドの「アジア・アフリカ成長回廊」構想への協力を表明してゐます。

東アジア~アフリカ、日印で成長回廊構想 中国の「一帯一路」に対抗も:朝日新聞デジタル

 あちこちへ「いい顔」することは悪いことではないしリスクヘッジとしては当然のことかと思ひますが、現政権の行動には背後に「ビジョン」や「筋」が何もないためどうしても「リスクヘッジ」には見えず、不安でたまらず「どないしよ」ときょろきょろあたふたしてゐるやうに見えてしまひます。さういふ政権にとっては北朝鮮の挑発は本当に有難い「脅威」であるでせう。

 「一帯一路」構想はすでに多くの国々、多くの識者から不安・懸念が提出されてゐますやうに、それが成功裡に進んでゆくかは不透明です。おそらく大成功することも大失敗することもないでせう。外からは失敗寄りに見えても中国はそれを認めないでせう。

 その行方は今後の展開を注視する必要がありますが、ぼくの感覚では中国は今後、現在指摘されてゐる様々な問題(経済格差・環境問題・高齢化の進展等)が益々深刻になり、国内統治は困難さを増し、明らかなほころびとほつれを露はにしながらもやはり拡大と膨張へ猛然と進んでゆくのではないかと思ひます。

 ぼくは「“中国の夢”とは何か、いかに“中国の夢”を理解するか」を翻訳しながらそのやうに感じました。これを読んだ多くの日本人はそのあまりの古臭さにギョっとするでせう。「同志」「中国特色社会主義」「共産主義」「民族大復興」といった前世紀的且つイデオロギー的な言葉にアレルギー反応を生じ嫌悪感をもよほす人もゐるでせう。

 しかしこの文章を書いてゐる冷溶氏もこれを読む中国人も、これを一つのプロパガンダとしてある程度距離をおいて理解してゐると思ひます。

 彼らは中国共産党プロパガンダを一つのフィクションとして理解してをり、結構醒めた目で見てゐると思ひます。それでゐてこのフィクションはとても大きな力を持ってゐるし、実際彼らの魂はこのフィクションに共鳴するのではないでせうか。

 1840年アヘン戦争以降中国人が経験した「屈辱の歴史」を、共感力をフル稼働させて思ひかへしてみれば、この古臭いプロパガンダを笑へないはずです。彼らの自尊心は西洋列強と日本に徹底的に踏みにじられ、21世紀に入りやうやくそれを取り戻しつつあるのです。「民族復興」への強烈なエネルギーは「屈辱の歴史」から来てゐる。このエネルギーを侮ってはならないとぼくは思ふ。中国がそこここに破綻を見せながらも勃興をやめないと考へる所以です。

 彼らが経験した「屈辱の歴史」に寄り添ふことができなければ中国を理解することはできないし、真の意味で日中両国が友好関係を築くこともできないとぼくは思ひます。そして日中両国が友好関係を築くことができないといふことは、日本の外交オプションを決定的に減らしてしまふことを意味します。

 要するに「戦後」は永遠に終はらず、沖縄に基地をおしつけ、うなされたやうに「日米同盟の強化」だけを言ひ続けることになる。

 昂ぶってきたところで前置きを終はりにいたします。それでは以下に、翻訳した記事を掲載いたします。例によって誤訳・悪文はぼくの浅学菲才のせゐです。ご容赦ください。

 なほ、仮名づかひは「現代仮名遣い」で書いています。では、どうぞ。

 

ニューヨーク・タイムズ

習近平の“一帯一路”政策 中国を新経済秩序の中心に位置づける

                             2017.5.14

  北京――中国の習近平国家主席は日曜、広域の新経済秩序を発表した。トランプ政権下のアメリカが内向き傾向にあるなかで、習近平は自らの国をその代替として位置づけようとしている。

 習氏は北京での会議において、ロシアや中央アジアの独裁的リーダー達に囲まれ、中国国家開発銀行に1000億ドル以上を拠出すると宣言した。アジア、欧州、アフリカのインフラ建設に対する大規模な援助の先鋒とするという。注目すべきは、主要な西側民主国のリーダー達が出席していないということである。

 習氏は何の留保もなく、この“一帯一路”として知られる企てを「世紀のプロジェクト」と呼ぶ。計画の基礎は橋梁、鉄道、港、エネルギー分野に対する60カ国以上への中国主導の投資であり、中国の経済的、地政学的戦略の支柱となっている。

 習氏によればこのプロジェクトは被援助国の貧困を解消するものであり、これまで世界銀行から社会問題への取り組みを懐疑的に見られていた中国にとっては新展開となる。彼は緊急食料援助を約束し、中国が“100の貧困プロジェクト”を開始することを表明したが、詳細は述べられていない。

 彼はこの計画を「オープンで、包括的で、バランスのとれた、誰にとっても利益のある経済のグローバリゼーション」と説明する。中国は世界銀行やその他の国際機関に対し参加を呼びかけ、発展途上国及び先進国の需要を満たすと彼は述べた。これは新市場の建設と中国的な国家主導拡大モデルの輸出を模索していることを意味している。 

 習氏はアメリカの同盟システムと中国主導の通商圏との違いを強調した。

「わたしたちには安定性を破壊するような小グループを形成しようという意図はありません。調和と共生にもとづく大家族をつくりたいのです」会場の最前列に座る彼は述べた。ロシアの大統領のウラジーミル・プーチンが同列に並んでいた。

 これまでに、中国が四年前に発表したこのプロジェクトに投資した金額はわずか500億ドルであり、国内の膨大な投資計画と比べれば小額である。

  しかし習氏は聴衆(20数ヶ国からの指導者、100以上の国からの使節、そして様々な金融機関と企業の代表者達)にこう語った。彼は今、中国の主要な政策銀行が融通できる資金を増加しているところであると。

 中国国家開発銀行と中国輸出入銀行はあわせて550億ドルの融資を行い、又シルクロード基金は追加として140億ドルを得る予定だと彼は述べた。500億ドル以上は、金融機関の海外での人民元基金の業務拡大のために使用されるとのことだ。 

 中国政府は今度の会議のために数ヶ月にわたる準備をおこなってきた。国営のニュースメディアにおいて広範囲にわたる宣伝活動を行い、批判的な学者や無駄遣いを憂慮する国営企業の幹部らの、別角度からの意見を排除してきた。

 中国はプロジェクトの公認を得るために西側諸国とアメリカの同盟国に対して指導者を派遣するよう要請してきたが、その多くは拒否し、下級官吏を送り込んだ。 

 参加者にはイギリスの財務大臣フィリップ・ハモンド氏、アメリカ国家安全保障会議のアジア上級部長マシュー・ポッティンジャー氏がいる。

  会議での発言においてポッティンジャー氏は、プロジェクトの始動にあたって中国政府がその斡旋における透明性を維持するよう訴えた。「透明性こそが、私企業の公正なプロセスにおける入札を保障します。そして入札参加者のコストが価値あるものとなるのです」 

 アメリカの企業はプロジェクトへの参加を熱望している、と彼は語った。 

 インドのナレンドラ・モディ首相は出席しなかった。敵対関係にあるパキスタンに中国から大量の資金が流入することを懸念したためだ。そのパキスタンのナワーズ・シャリーフ首相は(パキスタンは長期にわたって中国の同盟国である)“協力する(shoulder to shoulder)”ことを誇りに思うと北京で述べた。 

 インド政府は会議前夜、「受入国にとって維持不能の債務負担となる可能性がある」と表明した。プロジェクトを研究したある西側の経済学者もこうした憂慮を示している。すなわち中国は援助するつもりはなく、各国に中国の銀行から、インフラ建設のための借金をさせようとしているとの見方だ。

 アメリカと西欧の官吏達は、中国は海外に向けては支出し各国に対しては仲間に入るよういいながら、国内の最も巨大な市場をもつ領域から海外の投資者を締め出している、と主張する。

 「外国企業に対する中国の開放性はまだ僅かである」と中国の欧州商工会議所のイエルク・ブトケ前会頭は指摘する。

 習氏が演説を行う数時間前、北朝鮮が中距離弾道ミサイルを発射した。

 ある代表団はこの韓国新大統領誕生後初となる発射実験を、習氏を難渋させるため意図的に行われたものだと解釈した。

 中国の記者によれば、習氏が演説を始める一時間前、ミサイル発射に関するニュースを報道しないよう命令されたとのことだ。そしてある匿名希望の韓国外交官の語るところによると、習氏が話しはじめる30分前に、南北朝鮮の代表者は短い会合をもったということだ。

  それはごく当たり前の手続きだとその外交官はいった。そしてこの面会は、アメリカ含む関係諸国の北朝鮮をめぐる対話を設定したいという中国の意図を象徴しているようにみえる。

 韓国の聨合ニュースの報道によると、韓国民主党の幹部であるパク・ビョンソク氏は北朝鮮の代表団に対して、韓国政府がミサイル実験に「強く反対する」ことを伝えたとのことだ。

 出席していた対外経済相キム・ヨンジェ率いる北朝鮮代表団は、この念入りに作りこまれた会議の場において駐北京アメリカ大使からの批難を受けた。 

 トランプ政権は中国に対して北朝鮮への圧力を強めるよう要求しているが、今のところ中国が北朝鮮との経済的つながりをどの程度弱めたかについてははっきりしていない。

 ムン・ジェイン韓国大統領は習氏の招待に応じてパク氏を派遣した、と韓国大統領のスポークスマンは語った。

 ムン・ジェイン大統領当選数日後の木曜日、両国首脳は電話会談を行い、緊張関係を改善するための足場をつくった。

 韓国サイドは、パク氏が月曜日北京で唐家璇(せん)元中国外交部長と会談する予定であると発表した。 

 おそらくその会合は二つの話題に集中するだろう。一つは中国が強く反対する、韓国に配備されたアメリカのミサイル防衛システム(THAAD)。もう一つは、ムン氏が今後、その安全保障者であるアメリカと最大の貿易相手である中国との間で、どのようにふさわしい道を歩んでいくかということ。

 中国外交部は公式発表の中で、北朝鮮のミサイル実験に関して、国連安保理決議違反だと批難し自制を求めた。 

 

   “中国の夢”とは何か、いかに“中国の夢”を理解するか

                                  冷溶 

                          人民日報 2013.4.23 

 習近平同志は「復興の道」展を視察した際に(訳注:2012年11月29日),「中華民族の偉大な復興の実現」を提示した。そして彼は第12期全国人民代表大会第一回会議の演説(訳注:2013年3月17日)において体系的な思想を表明し,ロシア、アフリカ諸国歴訪時,又ボアオ・アジア・フォーラム出席時にも踏み込んだ解説を行った。今や中国のみならず世界中がこの“中国の夢”に関心を注ぎ,そこから利益を引き出そうとしている。習近平同志の言葉のとおり,われわれは“中国の夢”を実現しなくてはならない。それは中国人に幸福をもたらすだけでなく,世界の人たちに幸福をもたらすことなのだ。

 “中国の夢”は海外の同胞、世界の華人を含めた全中国人の共通のこころ、共通の願い、共通の意志を映し出す。それは全党・全人民の認識の粋であり,中国人の国家の発展・民族復興に対する情熱を強く鼓舞するものである。

 “中国の夢”はどこから来たか、そしてその意味するものとは?

 (一)

 “中華復興”という言葉は、早くは孫文先生が提唱したものである。彼は1894年の中興会設立時の綱領にこう書いている:“本会設立の目的は,中華復興を専とす”。われわれ共産党は設立後、人民を率い中華を復興させるという神聖な使命を引き継いだ。毛沢東、鄧小平、江沢民胡錦涛同志らはみな民族復興に関して大部の論述を残した。改革開放の初期,“共に立ち上がれ、中華を復興せよ”というスローガンは最も輝いた文句だった。周恩来氏の“中華の崛起のため、勉強しよう”は人口に膾炙し,学問に励む青年達にとって激励の言葉でありつづけている。

 “中国の夢”“民族復興”はなぜ中国人・中華民族を一つにできるのか。

 外国人は往々にして,なぜ中国の発展がこれほど速く、又なぜ発展に対するエネルギーがこれほど巨大なのかを理解できない。ここでまず,中国の歴史に目をむける必要がある。中国史はかつて光輝に満ちたものだった。しかし近代以降このかたは悲惨であり,屈辱を受け,その落差は極めて大きい。この歴史に思いをいたすとき,すべての中国人は心痛する,と習近平同志は述べている。だからこそ,中国人には民族復興に対する結束と力がある。それはある種の精神的なエネルギーである。“中国の夢”の実現のためには中国精神が必須であり,ここでとても重要な精神は愛国主義である。人の運命は国家・民族の強盛と離れることはできない。“中国の夢”で人々を一つにし、激励することは,まことに正しく,まことに有効である。

 中国史の輝かしい時代といえばまず、漢代・唐代が挙げられるだろう。漢代と現代は2000年の時を隔てているが,今でも中国語を表す文字を漢字と呼び、中国学のことを漢学と呼ぶことからもその影響がわかるだろう。唐代は最も発展した時代であり、強大で親しみやすいイメージがある。強大で親しみやすい,それは毛沢東同志が述べたことだが,治国の理想的境地である。当時の天下は太平,文明の光は遠方にまで及んだ。

 中国の凋落は明代中葉に始まる。鄧小平同志もかつてその歴史を語ったことがある。曰く“明代中葉から数えた場合,アヘン戦争まで300年以上にわたって国を閉ざしていたことになる。康熙帝から数えたとしても200年近くになる。この長期の閉鎖性が中国を落後させ,無知蒙昧にしたのだ”明代中葉はおよそ1500年前後である。1449年に土木の変が起こり明の英宗はオイラートの捕虜となった。これは明朝が繁栄から衰退へとむかう転換点とされている。歴史学者の黄仁宇もその著作「万暦十五年」の中で明朝没落の風景を描いている。彼は巨視的な歴史観から,それが明朝にとってのみならず中華民族の転換点であったとの認識を示している。当時西方ではすでに文芸復興をむかえ資本主義的な生産力と生産関係が発達しはじめていた。1492年にコロンブスは新大陸を発見し資本主義のグローバル化がはじまり、西方世界での発展は速度を増していたことに注意すべきだ。マルクスエンゲルスも「共産党宣言」の中でこの歴史に言及している。それはまさしく明代中葉のことだった。L・S・スタヴリアノスもまた、彼の著作「全球通史:先史時代から21世紀まで」の中で世界史を1500年以前の歴史と1500年以降の歴史にわけ,それが歴史的大転換の時期であったことを述べている。明朝初年、鄭和が西洋に下ったのはコロンブスより100年早かったが,二人の目的と理念はまったく別のものだった。こうして、中国の衰亡がはじまったのである。

 清朝康熙帝の時代は,国家としてはとても強大であったかに見えるが,実際のところは落日の光輝だった。当時、イギリスはすでに名誉革命を経験し先頭を走っていた。フランスは宗教革命を経て啓蒙運動を始めていた。当初遅れていたロシアは1698年に改革を開始して世界の潮流に追いついた。エンゲルスピョートル大帝のことを、時に応じて変化することができたとして“真の偉人”と称えている。しかし清朝はこの世界の変化を理解していなかった。自らの巨大さに恃み、思想は硬直し保守的だった。康熙帝は洋学を好んだが,しかし国を強くする法としてではなかった。彼はその中の新思想を理解せず、やはり自分たちの旧式の文物を墨守し、西方のものはただ奇天烈なだけだと考えた。中国の当時の落魄は,国力の欠如ではなく,理念の落魄であり,生産力の質の落魄だった。大清帝国と欧州先進国は認識・視野・勢いにおいて比較にならぬほどの差ができていた。清は巨大であったが世界の一隅に安住していた一方、その清が“取るに足らぬ小国”とみなしていた西方の国々は,早くも全世界に目を向けていたのである。

 1840年アヘン戦争以降,中国は少しずつ半植民地へと没落してゆき,屈辱の歴史が始まる。そしてそのとき同時に民族復興の歴史が,そして“中国の夢”の歴史が始まった。

 (二)

 とても長いあいだ,中国人は出口のない夢を見ていたのだ。毛沢東の詩に曰く「長夜難明赤県天,百年魔怪舞翩施」(訳注:1950年の作。赤県とは中国を指す。1840年アヘン戦争以降、西洋列強の魔物がうごめき、長い夜が明けないと歌っている)。170年以上に及ぶ闘争を経て今、もうすぐわれわれの夢が実現するというところまできている。習近平同志はこう語っている。“わたしたちは歴史上のどの時代と比べても,中華民族の大復興に最も近い場所に立っています。最も自信にあふれ、それを実現する能力をもっています。”

 それでは“長い夜”から“夢の実現”へは,いったいどのような道であったのだろうか。

 近代史を振り返るとき,はっきりとわかることがある。孫文は“中華復興”のスローガンを掲げ努力したが活路を開くことはできなかった。中国共産党が成立後,人民を率いて不断の奮闘を経たのち,ようやくその夢は現実の形を取り始めたのだ。この過程は“二つの100年”及び“二つの使命”に集約される。

 いわゆる“二つの100年”とは、“中国の夢”を実現する二つの歴史的段階を意味する。第一の100年は1840年アヘン戦争から1949年の新中国成立まで。この100年はまったくのゼロから復興への道を見つけ出し,独立を成し遂げ,民族解放を達成した歴史である。これが民族復興の第一段階だ。第二の100年は1949年の新中国誕生から今世紀の半ばまで。新中国成立から100年をむかえるときには鄧小平同志の提出した現代化第三ステップの戦略目標を達成し,強く豊かで文明的且つ民主的な社会主義国家を建設し、中華民族の大復興を成し遂げるのである。今、わたしたちはまさに第二の100年の完成期を生きているのである。

 この二つの100年は、最も早くは毛沢東同志が提出した。第一の100年に関して,彼は「新民主主義論」において言及があり,第二の百年については,1961年イギリスのモンゴメリ元帥に接見した際に述べている。曰く:“わたしたちの国に強大な社会主義経済をつくらなければならない。おそらくそのために100年以上を要するだろう。”またこうも言っている:“先進的な資本主義国に追いつき、追い越さねばならないが、100年もの時間はない。それではいけない”この思想に基づき、後に鄧小平同志は“3ステップ”の発展戦略を提出し,第二の100年の目標を具体化し明確化したのである。彼はこう述べている。第一ステップは20世紀80年代の「衣食足りた生活の実現」,第二ステップは20世紀90年代の「小康社会の実現」,第三ステップは50年の年月を費やし基礎的な現代化を達成すること。

 後に第一・第二ステップが達成されたことをうけて、中国共産党は目標をさらに具体化し、新たな“3ステップ”の発展戦略を打ち出した。まず、新世紀の始めの十年で国民総生産を倍にすること。そして次の10年でさらに倍にし、全方位的な“小康社会”を実現する。そして今世紀半ばの偉大な目標のために歩んでゆく、という計画である。

 “二つの100年”は“中国の夢”の実現が長期的且つ持続的な奮闘の歴史過程であることをあらわしている。我が党は一貫して粘り強くこの目標のために努力してきた。第十八回党大会において提出された小康社会建設という目標はこの“夢”にもとづいてデザインされたものである。

 第十八回党大会(訳注:2012年)でも“二つの百年”に関する言及があった。即ち、建党100年(訳注:中国共産党の設立は1921年)と新中国建設100年である。これと前述の“二つの100年”は矛盾するものではない。第二の100年は同じだが、第一の100年には重なりがある。第十八回党大会では建党100年の目標が述べられ、現段階でのわたしたちが目指すべきは2020年の小康社会実現であることが強調された。これは“中国の夢”実現の過程における、極めて意義深い段階的目標であって、まさに今わたしたちが為している事である。同時に、建党から始まる100年も重大な意味をもつ。なぜならまさに中国共産党の成立後,ようやく“中国の夢”の実現が可能となったからだ。建党と新中国建設,これは“中国の夢”実現へいたる歴史的な転換点だったのだ。

 それでは“二つの使命”は何を指すか。まず、民族復興が第一の使命だ。そして、我が党の観点からもう一つの使命がある。すなわち社会主義、それも“中国特色社会主義(訳注:一般的には中国式社会主義と訳されることが多い)”の実現である。

 この“二つの使命”は密接に関わりあっている。周知の通り、19世紀の半ばに二つの大事件がおこった。ひとつは1840年アヘン戦争,もう一つは1848年の「共産党宣言」発表、マルクス主義の誕生である。この二つの事件は当時

関連があるようには見られなかったが、後の中国の発展にっとては大いに関連する事件だった。アヘン戦争により中国は半植民地となり,またそこから民族復興の使命が生まれた。そしてそこへマルクス主義があらわれ、われわれに民族復興実現のための正しい道を示したのである。我が党はマルクス主義の指導のもと、まず新民主主義革命を経て独立と民族解放を成し遂げ,続けて社会主義革命による現代化の実現をおこなってきた。歴史は教えている。中国を救い、中国を発展させるためにはマルクス主義を、又中国化したマルクス主義を土台としなければならないのだ。よって、民族復興がわれわれの夢であるように社会主義建設ののち共産主義を実現することもまたわれわれの夢なのである。この二つは分かつことのできないもので、実際それは一つの夢なのである。ことに共産党員にとっては社会主義の実現は忘れてはならない使命であり、崇高な理想なのである。

 習近平同志は“中国の夢”について触れたとき強調した。“中国の夢”実現のためには中国の道を歩かなければならない。すなわち“中国特色社会主義”の道である。彼は言う。“中国特色社会主義”は近代以来中華民族の最大の夢である民族大復興の凝縮であると。つまりこういうことだ。“中国の夢”は中国の道の先にあり、この道を進んでいけば、われわれの夢が偉大で輝かしい現実となるのである。

 (三)

 “中国の夢”は国家と民族の夢であり、それぞれの中国人の夢でもあり、畢竟ずるに人民の夢である。中国の夢、中国の道は最終的には庶民の生活のうえに描かれるものである。習近平は強調してこう述べている。“中華民族の大復興という中国の夢を実現する。それは国家を強くし,民族を奮い立たせ,人々を幸福にすることである”

 “中国の夢”はただの理想ではなく目標であり,現実であり,一人ひとりの中国人の生活の中に宿るものである。そうであって初めて,大衆はこの夢の優れた点を理解できる。それは誠実で、実現可能で,自分たちと関係深いものだということが分かり,夢の実現のためにすすんで力を尽くし,奮闘するようになる。これによって,この夢が疑いもなく人民を一つにし、人民を激励する現実的奮闘目標となるのだ。鄧小平同志が当初“小康”という概念でわれわれの目標を表現し,第十八回党大会において全面的な小康社会の建設を唱え,すべての庶民がより豊かでより高いレベルの小康社会を生きられるようにしようといったのは,まさにこうした認識に基づいていたのである。

 誰もが胸に夢を抱いているものだ。幸せな生活を求め、幸福に生きる権利が欲しいと思う。庶民の夢とは何か?習近平同志は中央委員会総書記に選出された後、初めての演説でこの問題に触れこう述べた。“人々は生活を愛し,よりよい教育を、より安定した仕事を、より満足のいく収入を、より信頼できる社会保障を、より高いレベルの医療を、より快適な居住環境を望んでいる。そして彼らの子供達が健やかに成長し、気持ちよく働き、豊かな生活を享受することを望んでいる”彼の言葉のなんと誠実で具体的で心のこもっていることか。

 共に豊かになること、正義と平等、民主と法治、自由と平等、誠実と正直、友愛精神、発展と調和、美しい国土、世界平和・・・・第十八回党大会においてこうした新目標、新要求が提出されたが,これらはみな庶民の願いを反映したものである。

 “中国の夢”の実現は“庶民の夢”の実現である。“人々の豊かな生活への憧れ,それこそがわれわれが奮闘する目的である” 習近平同志はわれわれにはっきりとした要求をだしている:“人々の幸福のため弛まず働くべし”すべての人々に“輝く人生を手に入れるチャンスを”“夢を実現するチャンスを”“祖国と共に進歩・成長するチャンスを”。われわれは“中国の夢”を希求する気持ちを、一つ一つの仕事へのエネルギーに変えてゆかなくてはならない。謙虚に、倦まず弛まず,うぬぼれず、怠けることがあってはならない;現実にしっかり足をおろし、勇猛果敢に一歩一歩進んでゆくのである。中国特色社会主義という事業を前進させよう。中華民族の偉大な大復興という中国の夢のために努力奮闘しようではないか。

  “中国の夢”を実現することは,すべての人々の生活がより豊かになることである。その任は重く道は遠い。不屈の精神と一致団結のエネルギー,そして一人ひとりの艱難に挑む努力が必要だ。なべて人の世の幸福とは,懸命な頑張りによって生み出されるものである。われわれは心を一所に集め、焦点定めてやりぬくのである。13億人と知恵と力を集めて強盛なエネルギーを生み出すのである。これこそが中国の精神,これこそが中国の力,これが中国各民族の人民が団結したパワーだ。この精神と力があればいかなる困難にも打ち克つことができる。中華民族は中国の夢を希求する過程において,幾代もの努力を経て,百万千万の命をささげ,数え切れない栄光を築いてきた。われわれは確実に偉大な目標に近づいている。この歩みをとめず奮闘しよう。中国の夢はもはや夢ではない,今わたしたちが作りつつある幸福で豊かな生活なのだ。

 中国はすでに屈辱の歴史に別れを告げ,国際社会の中で自立し,世界からの尊敬を得ている。しかし,中国をより強く、より文化的にし,中国人がもっと敬意を受け,中華民族が世界の平和発展と人類の進歩に貢献したいと願うならば,われわれはこれまで以上の努力をする必要がある。中国の夢、二つの100年。第一の100年の使命はすでに達成し,第二の使命もその道半ばを超えた。「百里を行く者は九十を半ばとす」「九仞の功を一簣に虧く」われわれはその身に歴史的な責務を負っている。各々の党員が,各々の中国人が自身の責任を理解し,国家のため、家庭のため、子供達のために,着実に自らが為すべき貢献を行おうではないか。